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声と手のひらそれから笑顔


   
11.だいすき。(12月中旬)



「だいすき」
 笑顔と共に大きな声で答える少女を、佳乃子はテレビで見ていた。
 佳乃子は雅巳の部屋にひとりで、大きなクッションを抱えて座り込んでいた。
 テレビの中で、こどもたちは寒さに負けず楽しそうに笑っている。
 テレビの中で、雅巳も、笑っていた。
 マイクを向けられ、質問の答えを求められる。
 雅巳は、「監督」とこどもたちにもわかりやすいように大きな名札をつけた人物をチラリと見た後、インタビュー、というものに慣れていないように照れて笑いながら、
「続編で俺の正体はバレてしまったので、もしかしたら春からの放送には出番がないのかと思ってたんですが、どうも、あるみたいです。でもどんな役になるのかは、ええ、うちの監督、変わってるので、まだ教えてもらってないんです」
 余計なことを言うな、とまだ若い監督に肘で突付かれて雅巳はさらに笑った。
 雅巳が笑うから、佳乃子も、少し、笑った。
 テレビの画面が切り替わって、番組のダイジェストが始まる。
 今年の夏に放送された、雅巳が出演した番組はこども向けのヒーロー戦隊アクションモノだった。
 佳乃子は放送を雅巳の部屋で、雅巳と一緒に見ていた。
『佳乃子さん、話、わかりますか? そういうのって、見慣れていないでしょう? 展開についていけますか?』
『大丈夫です』
 物語は、とある平和な星が、悪の組織に侵略されている場面から始まった。
 その星から地球へ、こどもたちが逃げてくる。こどもたちが青年へと成長した頃、故郷の星を滅ぼした悪の組織は地球にやってきた。彼らは第二の故郷となった地球のために戦う。
 悪の組織を一応退けたところで夏の番組は終了した。
 これがなかなか好評だったので秋の第二弾が決定した、わけなのだけれど。
『おもしろかったですか?』
 見終わった後に雅巳に聞かれて、佳乃子は、はい、と答えた。それは正直な感想だったし、続きがあるのなら見てみたいと、思った。が。
『……あの、今、雅巳さん……』
『はい?』
 なんでしょう? と聞かれて、佳乃子は困った。
 もしも佳乃子がテレビに出る、なんていう事になったら、きっと恥ずかしくて自分の出ている場面を直視できない。けれど雅巳は最初から最後まで、テレビに映る自分の姿を、他人を見るように冷静に見ていた。ので、気付くのが遅れた。
『雅巳さん……お綺麗、でしたね』
 とりあえず正直に観想を言うと、
『そうですか? よかった。ありがとうございます』
 素直な返事が返ってきた。それからやっと安心したような顔をした。どうやら冷静、だったわけではなくて、緊張、していたらしい。
『佳乃子さんに「どこに出てましたか?」なんて聞かれたらショックを受けるところでした。ちゃんとわかってくれましたね』
『はい、もちろん、もちろんです。……でも』
『でも?』
『はい、駅で……あのときに駅であの雅巳さんに逢っていなければ、わからなかったと思います』
『それでいいんですよ』
『そう、なんですか?』
『ええ、だって、あんな美女が実は男だなんて、夢が壊れるでしょう?』
 美女、と雅巳は自分で言ってひとりで赤面した。
『……と、自分くらいは、自分を誉めてもいいですよね?』
 と佳乃子に聞いたりする。
『なんて役をくれるんだよ、と思ったものですが……役は役、仕事は仕事、ですから』
 雅巳の役どころは、悪の組織の幹部のひとりで、妖艶な美女、だった。
 それはもう立派な完璧な美女だった。
『あそこまで化粧を厚くされるとね、親でも正体を見抜けないと思いますよ』
 雅巳は冗談のように言ったが、実際、その後すぐに雅巳の母親から電話がかかってきて「あなた、今の番組のどこに出てたの?」と聞かれていた。
 セリフや出番が多ければ、親や友人にはバレたかもしれない。が、雅巳はちょい役だった。監督が作家と一緒になって面白半分で作り上げた役だった。
 その美女が、秋の続編では、
『ちょっとなによ、これ。あんたおいしすぎない!?』
 と、一緒に見ていたサチがペットボトルを振り回したくなるくらいには都合のいい役回りになっていた。
 美女は実は、男だった。
 悪の組織の中でもその悪の行いに批判的だった青年が、悪の組織によって心身ともに悪に染められ、その結果できたのが妖艶な美女だった。だが彼は、ヒーロー達に挑み、敗れたことで本当の姿を取り戻した。
 それもまたセリフの少ないちょい役だったにもかかわらず、放送終了後から、あの美女と青年は同一人物だったのかそうでなかったのか、という問い合わせが殺到したらしい。関係者はおもしろがってノーコメントを決め込んだという。
 そうして、あらためて、春から一年間の放送が決まったという発表の席で、あの美女の正体が明かされた。
 雅巳は隅のほうではあったけれど、きちんと出演者の列に並び、テレビに映っている。
 雅巳にこっそり聞いた話によると、春からの放送では雅巳は悪の組織の一員からヒーロー側の人間になるようだった。実は侵略された星から、地球に逃げる間際に悪の組織に掴まったしまったこどもで、ヒーロー側にはイトコもいる。これからはときには悪の組織のスパイだと疑われたりしながら、仲間と共に戦っていく、らしい。サチいわく「大出世ねえ」で、出番もセリフも増える。
 佳乃子は抱えていた大きなクッションを乗り越えて、テレビの前に座った。雅巳が映るテレビ画面に触った。
 会見に招待されたこどもたちがインタビューに、この番組や出演しているヒーローたちが「だいすき」だと元気いっぱいに答えている。
「……わたしも大好きです」
 なんとなく、こどもたちに負けない気持ちで言ってみた。
 物音に振り向くと、帰宅したばかりの雅巳が佳乃子を見下ろして笑っていた。
「そういう嬉しい言葉は、きちんと本人に言ってください」
 佳乃子は真っ赤になって、
「言いたいときには、いなかったんです」
「いますよ」
「気が、付きませんでしたっ」
「テレビの中の俺に夢中で、ですか?」
「そうです……っ」
 佳乃子はクッションを雅巳に投げ付ける。雅巳は身軽にクッションをよけて、温風のヒーターを跨ぐと、すぐに、佳乃子の目の前で、
「俺に、テレビの中の俺に嫉妬させるつもりですか?」
 意外な言葉に佳乃子は驚きながら、
「……そう、です」
「じゃあもう降参です。許してください」
 雅巳はわかりやすく両手を上げる。
 佳乃子は微笑むと、雅巳の胸元に顔を寄せた。
「雅巳さんが、だいすき、です」



11.だいすき。おわり


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