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声と手のひらそれから笑顔


   
04.何故?(6月中旬)



「なぜ?」
 と、最近常々思っていた疑問を賢治が口にした。
 賢治と雅巳にはすっかり通い慣れているファーストフード店の窓際の席で。
 横に並んで座る雅巳と佳乃子を、賢治は正面から覗き込む。
 一面ガラス張りの窓の外は雨模様。最近雨が多いな、と思っていたら先日やっと梅雨入り宣言が出た。
「なぜ、きみとあなたがお付き合いを? きっかけは? 関係はどこまで進んでるの?」
「いえ、あの……」
 佳乃子は賢治の言い様に顔を赤くして、どうしたらいいのか分からないように目の前のアイスティーに手を伸ばして、けれど口を付けずに、またその手を引っ込めた。細かく編んであるカーディガンが、かわいらしいフレアースカートによく似あっている。
 雅巳は身を乗り出す賢治の顔を、近寄るな、と手で押しながら、
「まだ、付き合ってない」
 なので関係もなにもない。
「え、でも今日はデートでしょ?」
「わかってんなら邪魔すんな。声かけるな」
「えー、だってー」
「おまえは最愛のカメラとデートでもなんでもして来い」
「だって雨なんだもん」
 賢治はつまらない、と窓の外を見る。
「だめ、ですか?」
 と佳乃子が控えめに尋ねた。
「雨は、お嫌いですか?」
「あなたはは好きですか?」
 賢治はまだ佳乃子の名前を知らない。山口佳乃子です、と佳乃子が名乗ると、賢治も、宮部賢治です、と名乗った。
「佳乃子さんは、雨、好きですか?」
「はい」
 理屈もなにもない。ただ素直に答える佳乃子を見る雅巳の目は優しい。
 賢治も優しい目をした。
「そ、っか。そうだね、雨が好きなのも悪くない。でもカメラは雨に強くないから」
「あ……」
「あ?」
 聞き返す賢治に、
「いえ、あの、そう、ですよね。わたしは雨にぬれても壊れたりしないので、つい、同じに考えてしまいました」
 つい、で済ませてもいい問題なのかどうかというところを賢治は突っ込みたかったのだけれど。素早く会話を雅巳に取られてしまった。
「壊れませんけど、佳乃子さんは風邪をひきますよ」
「あ、はい、そうなんです。小さい頃はそれでよく母に叱られて」
「……ほんとにひいてたんですか? 雨にぬれて?」
「ええと、わたし、兄が、いるんですが」
「ええ、聞いたことがあります」
「庭でわたしが傘を差さずにいると、傘を持って追いかけてくるんです」
「心配して、ですね」
「はい、きっと。でもわたしは鬼ごっことか、そんなふうに遊んでくれているのと勘違いをしてずっと逃げていて」
「雨の中を、風邪をひくまで?」
「……はい。しかも、兄も一緒に風邪をひきました」
「それは、叱られるかも、ですね」
「です、よね」
「それでも、楽しかったんですね」
「ええ、とても」
 佳乃子はなんだか恥ずかしそうに小さく笑う。
 賢治は、なんて突っ込みどころ満載の会話なんだろう、と思ったのだけれど、雅巳と佳乃子は静かに、楽しそうに会話を続けるから、なんとなく、これがこのふたりのペースなんだろうな、と勝手にまとめた。ふたりがそれでいいなら、それでいい。
 しかし、ところで。
「で、だからなぜ? ふたりの出会いは? きっかけは?」
 窓の外はしとしとじめじめの雨。でも。
「はい、あの、初めてお会いした雅巳さん、とてもおきれいで、わたし、びっくりしました」
「……は?」
 いつかこのお嬢さんに突っ込んでみたい、と思っていたせいなのかどうなのか、賢治は、は? とつい遠慮なく突っ込んでいた。
 けれど佳乃子はかまわずに、
「お友達に素敵なお姉さんがいるんです。だからわたしにも、こんな姉がいたらな、って思ったんです」
「………………姉?」
「はい」
「……はあ」
 賢治には、なんだかさっぱり意味が分からないが。
 佳乃子の言いたいことが分かっている雅巳は、コーヒーを飲みながらおかしそうに笑っている。なんだよ、笑ってばっかじゃなくってフォローしろよ、と言うと、
「俺、春に受けたオーディション、正式に受かったんだよ。夏休み入ったらすぐ放送されるから見てみれば分かる」
「え、マジ? 撮り、もう終わってんの?」
「この間終わった」
「うわー」
「なんだよ」
「いや、知らないうちに雅巳クンの周りではいろいろことが進んでいるなあ、と思って。せっかくの機会だから、とことん聞かせてもらおーかな」
「……せっかくのデートなんだから邪魔すんな、さっさと帰れ」
「えー」
「えー、じゃない……」
 ふたりのやり取りを、佳乃子はデートが邪魔されいるのもかまわずに楽しそうに見ていた。
 賢治は「なぜ?」と繰り返す。
 天気は最悪だけれど、こんなふうに過ごすなら悪くない、と賢治は思った。



04.何故? おわり


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