010.双子
別に隠してきたわけではないけれど、あらためて聞かれてミナトは一瞬我に返った。
「……は……?」
なに? と問い返す。でもその声の大半はかすれた吐息に占められていて、ただ、タカシの行為に喘いだだけにも聞こえた。
横になるタカシを跨いで座り、深く、繋がったところだった。ミナトはタカシの両脇に手を付いてなんとか自分の体を支える。その姿勢が精一杯のミナトが無抵抗なのがおもしろそうに、タカシは暇な両手でミナトの胸を弄ぶ。
「……っあ、は……っ」
タカシが腰を突き上げる。
「ぁあ! んぁ……タ、カシ……」
「おまえも動けよ」
「ま、だ……無理……っぅ」
ミナトはタカシの胸元に片手を付いた。繋がった場所から滲んでくる快楽に、無意識に爪を立てた。少し伸びた爪が、タカシの肌に食い込む。
「まだって、なにが、まだ、だよ」
爪の痛みは特に気にせず、タカシはミナトを笑う。自分の体重で深く繋がったそこは、タカシをじらすように締め付けている。そのたびに、ぬめりが溢れ出てくるのに。
ミナトは逸らした視線で部屋の隅を見ていた。
夕暮れに日の光が連れて行かれるところで、部屋の隅にはもう、夕闇が訪れている。
「おまえ、わざわざそんなとこ見んな」
「……タ、カシが、変な話、するから……だろ」
「そりゃ、おまえが、相変わらずこーすんのはキライじゃなさそーだから、どんなもんなんだよ、と思って」
タカシはミナトの腕の付け根から胸を撫でた。相変わらず小ぶりな胸を、持ち上げるように撫で上げる。
その仕草はいつもより静かで、ミナトは静かに細く、息を漏らした。
「夢の中でアイツに、いっつも犯られてんじゃねーの?」
「……タカシとは違う」
「やってることは同じじゃねーか」
「……違う。全然、違う」
ミナトはタカシの手の動きに身をゆだねる。
「っ……ん……」
ミナトの爪が、タカシに食い込む。
タカシはやっとその痛みに気が付いたように少し眉をひそめて、ミナトの頭を引き寄せて唇を重ねた。ただ、重ねただけ。より深く重ねたのはミナトだった。重力に落ちたように、タカシの中に舌を落とす。
絡んだ舌の熱さに、安堵する。
自分の中に入り込んでいるタカシ自身の熱さに、タカシを感じながら。
「……夢の中は、冷たくてぞっとする」
毎晩、毎晩。
無理矢理にねじ込まれた冷たさが冷たい熱を吐き出した。
どんなに泣いて喚いても、ねとりとした冷たさが体の奥に注ぎ込まれる。その冷たさに……それ自体の冷たさと、強引で非情な冷たさに……ぞっとする。
ミナトはタカシを飲み込んでいるその部分を、内部を、意識して、つ、と動かした。
不意の締め付けにタカシは表情を歪める。その顔を、ミナトが撫でた。
「……わたしの内は、熱い?」
もしかして、冷たい?
だって。
……だって。
「……熱い」
タカシの吐息が返ってくる。
タカシはその吐息のついでに、
「あいつ、そんなに冷たいのか?」
「……冷たい。だから、もしかしたらわたしもあんなふうに、死人のように、冷たいんじゃないかと、思うことがある」
だって……。
と、
ミナトが続けようとした言葉を、タカシが否定した。
「おまえらは同じ人間じゃないだろ」
「でも」
でも。
「同じ人間で、生まれてくるはずだった」
ミナトは自分が付けたタカシの胸の爪跡に唇を落とした。タカシはそれをくすぐったそうにしながら、
「バーカ」
実際、笑いながら、
「男と女の双子は一卵性じゃないんだろ?」
「……そういう問題じゃない」
ミナトは落としていた唇でタカシの乳首に歯を立てた。
「痛っ……ギブ、わかった、俺が負けた。わかったわかった、そーゆう問題じゃない」
タカシは片手を上げて降参する。ミナトは、わかればいい、と言いたげに。
「……イクミはひとつで生まれてきたかったんだ。男でも、女でも、どちらでも、ただ普通に生まれてきたかった。イクミのように弱くなく、わたしのように、強くなく」
「強いおまえが姉貴だろ」
タカシの質問が、初めに戻った。
ミナトとイクミと、どちらが先に生まれてきたのか。
別に、ミナトはそれを隠してきたわけでは、ないけれど……。
ミナトはゆっくり体を起こした。タカシに、座り直す。ほんの少しの擦れ合う感覚に小さく喘ぎながら。もう、思い切り動いてしまいたい、動かされてしまいたい衝動を感じながら、
「知らない……」
タカシの質問に応える。
この状況で嘘は、つけない。
「どっちが先だったかどうかなんて、知らない」
体が正直に快楽を求める。それに支配されて、嘘なんて、言えない。
「わたしとイクミは……ひとつではなくて、一緒に、生まれた。それだけ。わたしが女で、イクミが、男だっただけ。あの家にとっては、男か……女か、それだけ。姉も、兄も、ない」
ミナトは、ぐ、と膝に力を込めた。体が少し浮く。
「……ん……っう……っ」
少し、浮いた体を落す。その衝撃に喘ぐ。
「『源』……と書いて『ミナト』。全ての源……女、というだけの、わたしの名前は、それだけの意味。イクミは『生』と書いて『イクミ』。生きる……女よりも動のある者……男、というだけの、意味。それだけ、でしかない。わたしとイクミにあるのは、それだけ、だ……」
ミナトは喘ぐ声で細く喋った。
もうタカシに身を委ねてしまいたい。そう思いながら会話をするのは思った以上に簡単ではなかった。それでも、言いたい言葉が思うように出てくるのは、いつも、いつも、そう思っているから。
「っぅあ! ん……っ」
自分で腰を揺らす。
それ以上に出てこようとする言葉を飲み込む。
「あ……タカ、シ……っ」
「なんだよ」
タカシは涼しい顔を装ってミナトを見上げる。ミナトがなぜタカシを呼んだのかわかっていて、わからない振りをする。
……タカシも動いて、と。
知らん振りをするタカシを睨んで、ミナトは手元の肌をつねる。
タカシは特に痛くもかゆくもない顔で、
「イけよ」
声と一緒に出てくる息は、タカシも熱いのに。
「余計なこと考えずに、イっとけ。そんで頭ん中真っ白になったら抱いてやる」
ぱし、とミナトに胸を叩かれて小さく笑った。
「他の男のこと考えてるやつとヤってもおもしろくねぇ」
「……お、まえ……だろ」
そもそも、イクミの名前を出してこんな話を振ったのはタカシだ。
タカシは知らん振りをする。
「タカシ、……だ、って、限界だろ」
「おまえほどじゃない。いいから、イけよ」
ミナトほど、ではない。
でもミナトの中でタカシは、タカシも確かに悪くないことを張り詰めて主張していた。
ミナトはタカシをいっぱいいっぱいに感じて上り詰めていく。もうそうするしかないようにタカシを感じる。
「……っあ、ん、んんっ……ぁふ……っ」
時折りタカシも我慢ができずに腰を揺らした。ミナトはいっそう喘いで……悲鳴のように喘いで、そこに達した。
「っあ、は……」
タカシの脇へ着こうとした腕に力が入らずに倒れこむ。荒い呼吸を繰り返して、何かに憑かれたように空気を求めるミナトを、タカシは抱きしめた。
「……いー顔。おまえほんと、ぞくぞくする」
タカシからキスをする。差し込んだ舌に反応するように、ミナトは下半身に咥えたままのタカシを締め付けた。
「…………っ」
ミナトの反応に、タカシはいっそうミナトを抱き締める。
ふたり、繋がったまま、タカシはミナトを押し倒した。ミナトの呼吸はまだ整わなくて、焦点の合わない目でタカシを見上げる。
「……ミナト」
「……ん……」
それは、タカシへの返事だったのか、どうなのか。ゆるゆるとタカシが動き出すと、少し、ミナトが我に返った。
「タ、カ……待って、まだ……」
「いいから、そのまま、何も考えるな」
「……でも、んっ!」
その、ミナトの反応に、
「体はイヤがってねーじゃん。俺もイかせろよ」
タカシは組み敷いた体を乱暴に揺らした。
「あ、ぁあ! ……ん、あ、あっ!」
「もっとナけよ」
今度は自分の意思とは関係なく追い立てられて、ミナトは喉の奥から悲鳴を上げた。タカシの首にしがみついて、大きく開いた足をタカシに絡ませる。ミナトはより奥へとタカシを誘って、タカシは内を締め付けてくるミナトに抵抗するように、より奥へねじり込んだ。
どれくらい、そうしていたのか、
「……っ、ぁあっ」
ミナトの背が弓なりにしなって、ミナトが、タカシの首筋に爪跡をつけた。
それは極まったタカシがミナトを掻き抱いたのと、ほぼ、同時だった。
◇
何かの気配に、ふと、目を覚ました。
エプロン姿のタカシが、覗き込んでいる。
「……朝?」
ぼうっとしたまま聞くと、アホか、とげんこつで頭をぐりぐりやられた。
「晩メシだ」
と言われてミナトは小首を傾げる。
どうも、時間の感覚がおかしい。
確か、学校から帰ってきてそのままタカシと……。
「おまえ、三十分くらい寝てただけだぞ」
「……そう?」
「そうなんだ」
タカシはエプロンを外しながら、
「メシの前に、風呂、入れてやろうか?」
ミナトが頷くより早くタカシは裸のままのミナトを抱き上げた。通り過ぎるフミオに、メシ、あと十五分待て、と言い置く。フミオがちょこんと頷いたのを確認してバスルームの扉を蹴飛ばして開ける。
ミナトはバスタブに掛けて、シャワーの温度調節をしているタカシを見ていた。見てたら、無意識に言っていた。
「あいつさあ」
唐突な言葉は、タカシにもミナトにも唐突だった。
「あいつ?」
タカシが顔を上げる。ミナトは慌てて付け足すように言った。
「……イクミ」
タカシはミナトを見たまま仕方なさそうに吐息した。
「イクミがどーした」
「やっぱりタカシとは違う」
「はいはい、俺は熱いんだろ。んな冷静にセックスできるかっつーの」
「あいつ、生で入れてくるんだ」
「は?」
タカシは予想外のセリフに、間の抜けた返事をして、
「……ナマ、っすか」
「イクミは、イクミとわたしとをひとつにしたいんだ。なんの隔たりもなく」
「ひとつ?」
タカシの手元で、シャワーは派手な音を立てて水を吐き出す。
「子供が、欲しいんだろ」
避妊もせずに、抱くのは……。
「子供……イクミでもわたしでもない、けれど、イクミかわたしが本来そうあるべきだった、ひとつの、ひとりの、子供が」
たとえそれが夢の中であっても。
「ほら、タカシとは違う」
ミナトは、違うだろ? と真っ直ぐにタカシを見上げる。
違う、と答えるの望んでいるのか、いないのか。
タカシは目をそらさない。肯定も否定もしない。ミナトの髪に指を絡めて、引き寄せて、そのまま髪を洗い始める。
ミナトは髪を洗われながら、自分の下腹を撫でた。
「そのうちに、妊娠しそうだ」
「夢だろ?」
「夢……だけど」
「そんなに気になんならピルでも飲んどくか? 保健医に口利いといてやるよ」
タカシの提案は真面目なものだったから、
「そうしたら、おまえもゴムいらないな」
ミナトもふざけて言ったつもりはなかったのだけれど。
「アホ。メシ前にえげつねぇ話ばっかすんな」
さらに至極真面目に返されてミナトは笑った。こっそり笑ったつもりだったけれど、肩が揺れて見つかってしまう。見つかったついでに、タカシを引き寄せてキスをした。
結局ふたりして頭からシャワーを浴びて一緒に濡れた。
……この世界には、一緒に生まれてきたもうひとりの自分がいる。
同じ顔。
同じ声。
同じ、血。
でも。
それは。
一緒に生まれてきた、という、ただ、それだけ。
……それだけだ。
おわり
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