別窓で開いています
こちらのお話は、他のおはなしと毛色が違います。
てん・し (前編) 祐基(ゆうき)の部屋に戻ってきた依子(よりこ)は、制服のスカートの短さが今はなんとなく気になる様子で、どうしよう、と祐基を見上げた。 「どう、したの?」 ベッドにかけて、祐基は制服の、ネクタイを締め直したところだった。 また制服を着たの? という依子の表情に、 「まだ、依子ちゃんに手を出すなって言われてたから、ね。なんとなく、この方がごまかせそう、かなと思って」 「おばさんに?」 依子は、祐基の母親のことを言う。祐基は、自分の母親も含めて、 「親戚の、年上のひとたちみんなに、だよ。だって僕たち、まだ高校生になったばっかりだし」 そんなことより、どうしたの、と祐基は依子に手を伸ばす。おいで、と言うと、依子は小さく首を振って、自分のつま先を見下ろした。 祐基は伸ばした手を、握りしめた。 「僕を、嫌いになった? 今、したこと。もう後悔してる?」 「そうじゃ、なくて」 依子はなにかを気にして、身動きが、取れないように突っ立ったまま、で。 なにかを、言いにくそうに、したまま。結局言えずに祐基の部屋の壁を、見た。 祐基は依子の目線を追って、隣の部屋が気になるの? という素振りで、 「祐果(ゆうか)ちゃんは、まだ帰って来てないよ?」 ふたつ年上の姉も、両親も。まだ帰らない。だから依子を呼んだ。 だから、依子も呼ばれた。 「祐果ちゃんに、なにか用事があった?」 聞くと、依子は泣き出しそうな顔をした。 「依子ちゃん?」 なにかに怯えている、ように依子は、その場所を動こうとしない。でも、立ち上がった祐基が抱き締めるのには抵抗しなかった。ためらいがちにではあったけれど、祐基を抱き締め返す。 「……祐基くん、あの、ね」 なに、どうしたの、と優しく言われて、依子はもう一度、祐果の部屋の方向を見て、なにかを、飲み込んだ。それから、あらためて、 「あのね……」 依子はまた、足元を見下ろす。なんとなく、スカートの後ろを気にする。 「出血が……止まらなくって、だから……。ゆっかちゃん、持ってなかったかな、と思って。あたし、ちょうど持ってなくって……」 祐基は驚いて、依子を覗き込んだ。 「大丈、夫? ごめん、僕がひどくした、のかな」 「ううん……」 違うよ、と言うのが嘘でない証拠に、依子は祐基のシャツの袖口を掴んだまま離さない。 「ひどくなんてされてない、よ」 うつむいた依子は、耳を赤くする。 「今だけ、だと思う、よ。友達も、そんなこと言ってた、ような……」 「ほんとうに? 痛かったり、しない?」 「うん」 痛くはない。でも出血が気になって身動きできない。いろいろなことにうつむいたままの赤い耳に、祐基は軽くくちびるで触れて、ちょっと待ってて、と部屋を出た。すぐに戻ってきた祐基は生理用品を手にしていた。依子に渡しながら、 「それでいい?」 「え、……うん」 依子は、もらったそれを祐基と一緒に見ることができずに後ろ手に隠す。 「これ、ゆっかちゃん、の?」 「そうだよ、僕のじゃないよ」 祐基は、祐基にとってはあたりまえ、のことのように、 「弟って、お姉ちゃんていう生き物の召し使いなんじゃないかって思うよ。トイレからね、呼ばれるんだよ。ナプキン持って来てって。初めのころなんて、夜用と昼用と、なんだっけ、軽い日用? の区別が付かなくて、間違えて持ってって、怒られたんだよ」 「……ゆっかちゃんに?」 「そう、祐果ちゃんに」 「ゆっかちゃんが、怒った、の?」 「怒るっていうか、すねるっていうか……。依子ちゃんは、哲(てつ)兄にそういうこと、言ったりしない?」 「ええ、言わない、よ。お兄ちゃん、場所……なんて知らない、と思う。あたしも隠してる、し」 「そう? 同じ男でも、弟とお兄ちゃんじゃ、女キョウダイの態度ってずいぶん違うんだね」 僕も依子ちゃんのお兄ちゃんに生まれたかった、と祐基が笑うと、依子も少し、笑った。 「でも、祐基くんがあたしのお兄ちゃん、だったら、泣いちゃうな」 「そうだね、不道徳だね」 そうだよ、とまた依子は笑って、もらった生理用品に安心したのか、いままで、少しもその場所から動けなかったのが嘘のように身軽そうに部屋を出て行く。 祐基は、依子の出て行った部屋で。きちんと絞めたネクタイを緩めた。座り込んでベッドを背もたれにする。ベッドのスプリングに頭を乗せて。 「不道徳、だってさ」 天井を眺めた。 ◆ ネクタイを緩める指先の、爪が短いのを好ましく思いながら、 「依子ちゃんと、爪の形が似てる」 似てるね、と笑った祐基のくちびるに、そう? と朋美(ともみ)は指先を押し付けた。 「同じ遺伝子が入ってる、からじゃない?」 イトコだもの、と乾いたくちびるに、かわいた指先を滑らせる。くすぐったいような、ぴりぴりした感触から、わざと、身を引くと、朋美のくちびるが追いかけてきて、追いついた。乾いたくちびるを、何度か合わせる。祐基が、誘って朋美のくちびるを舐めると、次には深いキスになった。角度を変えて舌を絡め合う。 「……っ、ん」 甘く漏れた声に、祐基が、ふ、と笑った。 「な、あに?」 「朋美ちゃんの声は、ダイレクトに下半身に来るな、と思って」 朋美は、祐基の下半身に触れて、ほんとだ、と笑う。 「座って」 とん、と胸を押されて、祐基は朋美のベッドにかけた。朋美は、祐基の前に座り込む。祐基は珍しいね、と言いたげに、 「してくれるの?」 朋美は祐基のベルトに手をかけながら、 「依子ちゃんの声は、よくなかったの?」 「そんなことなかったよ」 祐基は、ベルトが外されていくのを見下ろしながら、 「依子ちゃんの声はね、背筋に来るんだよ。朋美ちゃんほどダイレクトじゃなくて、ちょっともどかしい感じがね」 「またよかった?」 祐基は言葉にはせずに、口元だけで笑った。笑った、口元に、余裕がなくなる。朋美が、祐基自身にくちびるで触れて、舐める。 祐基は漏れそうになる声を飲み込んだ。 「祐基くんは、声、我慢するんだ?」 「……哲、兄は、しなかった?」 朋美は、答えずに、祐基を手のひらで、指先で弄ぶ。次第に手の中で硬さを増していくのに満足しながら、 「祐基くんの声、女の子みたい。なんかそそられる」 「……女の子っていうか、されてる、声、じゃないの、かな」 男でも、女でも。 「してる、ときは、聞きたい声、だよね」 「されてるときは、聞かせたい声?」 「朋美ちゃんはそう思って、声、出してる?」 「まさか」 朋美は、祐基の先端に、音を立ててキスをした。 祐基は見下ろす朋美の髪を撫でる。撫でる髪は、ずいぶん伸びた。癖のない髪を、指に絡めながら、 「一年で、すごく伸びるんだね。短くて、セーラー服着てた高校生の朋美ちゃんもかわいかったよね。今も、かわいいけど」 朋美はちらと祐基を見上げただけで、深く、祐基を咥え込んだ。祐基は息を飲む。指に絡めていた髪を強く引っ張ってしまって、はっとして、ごめんね、と小さく謝る。 朋美は気にかけた様子もなく、行為を続けた。続ける行為に夢中になる。祐基は、続けられる行為に夢中になる。 それ、でも。夢中の、一番最後で。 祐基は朋美の喉の奥を突き上げて、吐き出した、途端に。我に返る。 「……ともみ、ちゃん」 吐き出しきった息を、吸い込んで。吸い込んだ息を、細く吐き出しながら、何枚かのティッシュを掴んだ手のひらを朋美のくちに当てた。 大丈夫、という素振りをする朋美に、 「だめ、飲んじゃだめ」 出して、と促すと、朋美は白いものを吐き出した。くちびるの端に残ったものも、祐基がふき取る。ふき取る際に、柔らかく触れた頬にくちびるを押し付けた。あごのラインへ、首筋へ、移動する。朋美の、手を引いて、押し倒した。 Tシャツを、脱がせながら、 「朋美ちゃんも、初めてのときは出血、ひどかったりした?」 ほんとうはそんなことは、どうでもいい、ように。 朋美は、あまり思い出したくないように。 「けっこう……。というか、痛くって。依子ちゃんも、痛がった?」 「最初だけ」 でも悪いことしちゃった気分、と、祐基は痛がった依子を思い出して申し訳なさそうな顔をした。 「あの痛そうな顔が、また、そそるんだよね」 それもまた、申し訳ない、ように。 「だから、男は最初を欲しがるの?」 「え?」 違うよ、と祐基の顔が笑った。 「好きだからだよ」 あはは、と朋美は声をあげて笑った。 「僕、おかしいこと言ったかな?」 笑われたのが心外で、ふい、と祐基はからだを起こした。朋美をまたいだまま見下ろして、ゆっくり、ネクタイをほどく。 朋美は、ごめんね、とくちにはしないけれど。そんなふうには思っている表情で、ほどいて首に引っかかったネクタイを引っ張った。キスを、する。 ついばむようにキスをして、すぐそばで。なんとなく、互いの瞳が黒いのを覗き込んで、深いキスをした。シャツのボタンは、朋美がはずす。はずしながら、 「そ……っか。好き、だからかあ」 祐基は朋美の胸元から、朋美を見上げた。ちらと、見て。朋美が、どこを見るでもなく、天井を、見ているのを、見て。朋美の、白い肌に目を戻した。 「そうだよ」 そう? と、そういったからそう答えた、だけの朋美に、そうだよ、と答えながら。子どもがおもちゃで遊ぶように、ふと、目にした朋美の胸の先の、赤くふくらんだ場所をつまんで、舐めた。舌の柔らかい刺激、とか。力をこめずに噛み付いてみる、かたい感触に朋美は声を漏らす。漏らす声が、飲み込めるくらい、すぐ、そばで。 「朋美ちゃんも、好きだよ」 ほんと? と聞かれて、ほんとうだよ、と答えた。 依子ちゃんは? と聞かれて、依子ちゃんも好きだよ、と答えた。 祐果ちゃんは? と、聞かれて。 祐基は。 朋美を好きだと言ったように、依子を好きだと言ったように、祐果を好きだと、答えた。 「祐果ちゃんも、最初はやっぱり痛がる、かな」 朋美や、依子の話をしている、ように。 血の繋がった、実の、姉を、 「祐果ちゃんも、出血が多い、のかな」 想像する。 「祐果ちゃんの傷口なら、血が止まるまで舐めてあげる、んだけどな」 ねえ、それがいいよね、と。薄く笑う。 朋美は、なんとなく、一緒には笑わない、まま。 そうね、と呟いた。 同意してくれたくちびるに、祐基がまたキスをしようとするのを、拒んだ、ように、両手で顔を覆う。 「哲、よりは、祐基くんのほうが優しくて、いいかも、ね」 指の隙間から少し、見えたくちびるは、笑っている、ようだった。 祐基はふとなにかを思い出したような顔をして、小さく、吹き出すように笑った。 「哲兄は、元気だよね」 「というか、いつもがっつかれてる、感じ」 隠れたままの表情に、祐基は、笑いかける。 「僕だって、がつがつしてると思うけど」 「そうなの?」 それはそうだよ、と祐基は、自分の顔を隠している朋美の両手の甲を、撫でた。 「ねえ、今日、ちょっとキツくしてもいい?」 「依子ちゃんとしたくせに、欲求不満みたいなこと言ってる」 「そう、かも」 「そうなの?」 うん、と祐基は答えて、 「イった顔をね、見たい、んだ」 依子は、祐基を受け入れることにいっぱいいっぱいだった、から。いっぱいいっぱいの、そんな顔しか、しなかった。 「僕、下手、だったかなあ」 どう思う? と見下ろすと、朋美は両手で顔を隠したまま、で。 祐基は自分の両手で朋美の両手を取って、見下ろした朋美の姿に、 「いい眺め」 くちびる、から。胸元へ、下腹へ。ふ、と笑って、右足の付け根の辺りに、触れるか触れないかのキスを、する。 「……っんんっ!」 朋美のからだが大きく波打つ。逃げるように揺れた腰を、押さえつけた。 「朋美ちゃん、相変わらずここ、感じるんだね」 ただの、足の付け根、だ。左ではなくて、右。ただの肌。祐基にはそう見える場所を。 祐基はおもしろがって、そこにばかり触れてみる。くちびるで。指先で。わざと少し、ポイントをずらして触れて、なんでもない顔をする朋美を見て。それから、そこ、に、触れる。 「っあ、んっ。ゆ、ぅきくんっ」 朋美は我慢ができなくて、嫌がる、ように膝を立てた。祐基はかまわずに、片手で、膝を押し開く。 「朋美ちゃん、こんなところだけで、イけちゃう?」 確かめてみようか、と、祐基は、そこ、を舐めた。 「女の子って、かわいいところがいっぱいあるよね」 赤く色付く胸の先でも、胸でもなくて。指を押し込めば濡れてくるそこでもない、こんな、ところに。 「やっ……! んっ、んっ、ん……あっ」 喘ぐたびに、胸元が上下する。ぺたんこの腹が波打つ。 震える足を押さえつけて、祐基は朋美の、ざわりとした茂みを撫でた。 「どっちが、感じる?」 茂みの奥へ進めた指先で、濡れ具合を確かめる。確かめる、までもなく濡れたそこに指を取られて、気を、惹かれる。 「……すごい、濡れてる」 「ゆ……きくん、も、いいから」 「もう、入っていい?」 微かにうなずいた朋美に、 「でも、まだ……もう少し」 もう少し、指を押し込んだ。 「ぁあっ、……っふ」 「やっぱり、こっちの方が感じるよね」 指を、根元まで押し込む。締め付けてくるそこに、抵抗するように押し込んで、引いて、押し込む。小刻みに、動かしてみる。 「……あんっ。あ……っ!」 「僕も、こっちの方がおもしろい、かな」 足の付け根の、どこよりも白い肌を撫でるのもいいけれど。 「こっちの方が、奥から、求められてる気がする、よね」 祐基は朋美の足の間に入り込む。 「指、増やしていい?」 朋美の返事を待たずに。 覗き込んだそこに、指を、増やした。 指先は、濡れた暖かい場所に隙間なく締め付けられる。その奥の、少しざらりとした場所を撫でると、朋美は悲鳴を上げた。 「い……やっ。祐基、くん、私、そこ、だめっ!」 「……知ってる」 だから、止めない。 「あ、あ! だ……めっ、いや、そこ……っ!」 がくがくと朋美の腰が揺れる。祐基はかまわない。 「依子ちゃんもね、ここは良かった、みたい。すごく恥ずかしそうな顔、してたよ。おしっこ出そうって」 「っ……、ば、かっ」 「朋美ちゃんも出そう? それとも、イく?」 「い……、あ、あ、や、だ。指、じゃ……っ」 「だめ。指でイって」 祐基は指の動きを早める。指を入れ込んだ、すぐ、傍の、充血して膨らんだ場所を舌でつついた。 「あ、……ぁ、あ!」 「イくときは教えてね。顔、見たいて言った、よね」 舌でつついた場所を吸う。 朋美は祐基の肩を掴む。 祐基が、顔を上げるのと同時に、朋美は大きく喘いだ。 大きく喘いで、大きく、呼吸を繰り返す朋美を、見下ろす。見下ろす祐基の頬を、朋美が力の入らない手で、撫でた。 「……最近、祐基くん、意地悪な抱き方、するね」 祐基はきょとん、として。 なに、言ってるの、と。 「まだ、抱いてないよ」 これからだよ、と。 「今のは、朋美ちゃんもしてくれた分を返しただけ」 朋美の上気して汗ばんだ頬を撫でた。まだ深い呼吸を繰り返す、けだるげに、どこか、眠そうにする顔が。 「かわいい。でも……」 どうしよう、と言いたそうな顔をすると。 どうしたの、と聞かれて、 「ほんとに、キツくしていい?」 汗ばんだ額を撫でる。髪をかきあげて、くちびるを押し付ける。 「くちゃくちゃになった顔が見たい」 いや? と聞けば、笑い声と一緒に、いやよ、と返って来る。 「どうしても?」 「くちゃくちゃだなんて、いや」 祐基はおもしろそうに眉を上げて、 「じゃあ、朋美ちゃん、くちゃくちゃにならないようにがんばってみる?」 「……え?」 どういうこと? と聞きたそうな顔の、目元から耳元を、舐めるようにくちびるでなぞってたどりついた耳に噛み付いた。犬歯を立てれば、痛みに身を引く朋美を押さえつけた。 「……ゆ、きくん、ひどくしないで」 「しないよ」 そんなことしないよ? と呟いた表情は朋美には見えない。すぐ傍の、耳元で、 「ひどくなんてしないけど、僕は、朋美ちゃんのくちゃくちゃの顔が見れるようにがんばろう」 「痕は、つけ、ないでね」 「そうだね。哲兄に殺されちゃうからね」 こどものように、笑った。 ◆ こんにちは、と慣れたように玄関を上がって、居間を覗き込んだ。編み物が趣味の伯母は、毛糸玉を祐基に投げて寄越した。 「祐基くん、この色どう? マフラー作ったら使ってくれる?」 祐基は、着ている制服と、毛糸玉の色を合わせて見て、 「この色、伯母さんが選んでくれたの?」 「依子よ」 「だと思った」 祐基も嫌いではない色は、依子の好きな色に近い。 「依子ちゃんとおそろいだといいな」 「おそろいなんてするの?」 「恥ずかしいけど、ちょっとおもしろそうじゃない?」 伯母は祐基の言い様がおもしろそうに笑って、はい、と祐基が返す毛糸玉を受け取った。 「じゃあ、おそろいで作っちゃうわよ?」 「うん、ありがとう。依子ちゃんには内緒でね」 はいはい、と依子に似た顔で笑う。 「せっかくおそろいなんだから、完成した頃に、実は依子とはもう別れました、なんて言わないでね」 「やだな、それどんな冗談? 依子ちゃんが僕に飽きない限り、大丈夫だよ」 そんな不吉なことより、哲兄は? と聞くと、伯母は二階を目線で示した。祐基は壁にかかった時計を見る。 「ちょっと早く来ちゃったかなと思ったけど、哲兄も早かったんだね。えーと、じゃあ、おじゃまします」 あらためてそんなことを言う祐基に伯母は、はいどうぞ、と笑いながら、 「哲に勉強見てもらうなんて、あの子ちゃんと役に立ってるの?」 「哲兄は要領がいいんだよ? 依子ちゃんも一緒に教わればいいのに」 「依子は、おにーちゃんに教えてもらうなんて嫌、の一点張りだからねえ」 「依子ちゃん、今日は塾だよね?」 「帰ってきたら祐基くんと一緒にご飯食べたがってたわよ」 「そう? じゃあ、ご馳走になります」 「よう、おひめさま」 と言った哲の顔は、 「なにそれ、やらしい顔して」 祐基は座り込んでいる哲の前を素通りして、自分のもののように机にかけた。カバンから教科書を出していると、後ろから襟を引かれて振り返る。思ったよりも間近にあった哲の顔を、げんこつでぐりぐりと押した。 「今日は、先に勉強教えてよ」 「じゃー、保健体育を」 「そんな宿題出てないし」 「つか、おまえ別に俺が勉強教えなきゃなんないよーな頭してないし」 「でも哲兄の説明はわかりやすいよ?」 「だからきっちり週一で来るわけ?」 毎週木曜日の、学校帰りに。わざわざ、来るのは。 「哲兄、数学得意だし」 「今日は、後で」 哲は、祐基が手にしていた教科書を取り上げる。取り上げられてしまって、祐基は困ったように吐息した。 「今日、も、後で?」 言い終わるより先に、くちを、くちでふさがれて。ふさがれたと思った直後にはくちの中を、舌でおかされる。 「……ちょ、と……っ」 本気で押し退けようと思ったわけじゃない手を掴まれて、誘導されるまま抱きつけば、それでとりあえず満足したようにくちが離れた。祐基は一呼吸、して。 最初からずっとおもしろそうな顔をして見てくる哲に、軽く、自分からくちびるを押し付けた。 「なに? 今日はこんなに最初っから飛ばし気味でいくの?」 「おまえ、依子とヤった?」 祐基は、一度、まばたきをして、哲を凝視した。 「ゴメンナサイ」 哲は表情を変えないまま、 「どーてー卒業オメデトウ」 祐基はなあんだ、と呟いた。 「依子ちゃんに手を出して怒られるかと思ったのに」 抱きつく腕を緩めて、哲のシャツを手繰りあげて脱がせながら、 「それが言いたくってにやにやしてたの?」 脱がしたシャツを、哲に押し付ける。哲は邪魔そうに、押し付けられたシャツを足元に落とした。 「僕、依子ちゃんが初めてじゃないんだけど」 「そーだっけ?」 おもしろそうに哲の口元が歪む。哲の言いたいことは、聞かなくてもわかった。祐基は自分で脱いだ制服の上着も、哲に押し付けた。 「ちなみに、哲兄が初めてでもないんだけど」 じゃあ誰だよ、と聞かれて、内緒、と答えた。 「なんだ、俺じゃないのか」 「それ最悪」 「そこまで言うか」 「ちなみに、哲兄の初めてが僕でも最悪」 「おまえなわけあるか」 「知ってる。朋美ちゃんでしょ」 「おまえは?」 「内緒」 僕も朋美ちゃんだよと言ったら、どんな顔をされるのか興味はあったけれど。 「あ、でも、僕的にほんとのほんとのいちばん最初は」 ネクタイを緩めてシャツのボタンを外すのを待っていたように、胸元に哲が吸いついてきた。吸い付いたすぐ傍に、別の跡を、見つけた哲が、 「これ、依子の?」 妹の、だとすれば。なんとなく避け気味にする。 祐基は、依子ちゃんのじゃないよ、やだな、と笑った。哲は納得したように、してないように、 「だよな、初めてでこんなん、余裕ねーよな」 「それは依子ちゃんの後のひとのだよ」 ふうん、と哲は肩をすくめただけで。 「このキスマークの相手か」 「なにが?」 「おまえの初めての相手。今も続いてんの?」 今現在、おまえには何人相手がいるんだ、と責めるわけでもうらやましげでもない口調に、 「違うよ」 と答えた。ちなみにそのキスマークをつけたのは朋美だ。 「いちばん最初は、夢の中で」 そういうのはアリかなあ? と聞けば、相変わらずおもしろそうに、アリなんじゃねーの、と返ってきた。返ってくる声はすぐ傍で。おもしろそうにおもしろそうに笑うけれど。バカにしているわけじゃなくて。 顔を寄せる哲に、祐基も顔を寄せた。 「哲兄、好きだなあ」 抱きつけば、抱き返される。体重のかかった椅子の背が、ぎしと鳴る。ふと。 「て、つ兄」 呼べば、なんだよ、という顔に、 「ベッド、行っていいかな」 「お、やる気満々になってきた」 「背中、痛いんだよ」 「……痛いのか?」 「気付こうよ。いたわろうよ。朋美ちゃんにもこんなふうなの?」 「そんなわけあるか」 眼差しをあげた祐基は、だよね、としがみつくように、哲に抱きついた。 「優しく、するよね」 抱きついていた哲を、とんと押して立ち上がる。自分でベッドに向かう。哲は、笑う。 「おひめさま抱っこでもしてってやろーと思ったのに」 「されるよりするほうがいいな」 「おまえが俺を?」 「冗談言わないでよ」 祐基より身長も体重もある哲を。高校生になったばかりの、祐基が。 「でも僕、別に小さい方でもないんだけど」 「大きい方でもないだろ」 「そうだけど」 とん、と今度は哲に押されて、祐基はベッドに倒れこんだ。倒れこんだ場所から腕を伸ばせば、こどものわがままを聞くように、寄った哲が体重をかける。 「おまえでも、依子くらいはおひめさま抱っこ可能、だろ」 「朋美ちゃんでもできるよ」 「あいつには触るな」 朋美がつけたキスマークを、それとは知らずになぞる哲に、 「……うん、そうだね」 引っかかっていただけの制服のネクタイを外した。外したネクタイは、なんとなく、ベッドの隅に引っかかっていたけれど、祐基に、ベッドのスプリングに、哲の体重がかかった際に滑り落ちた。うつぶせにされ、腰を引き寄せられて喉をそらした。いっぱいいっぱいに入り込んでくる質量に奥歯を噛み締める。噛み締めるな、と耳元のあごの骨をなぞられて、恐る恐る噛み締める力を緩めれば、 「……ぁ」 声が、漏れた。漏れた声に、背後から突っ込まれた哲のものの質量が増した。シーツを握り締めて目を、つむる。 「て……つ、兄っ」 喉の奥から搾り出した声は、喘いだ、わけではなくて。哲は動きを緩めた。止めはしない。ゆるゆると、動かされながら。もう一度呼べば哲は後ろから抱き締めるように祐基に顔を寄せた。 なんだよ、と哲が聞くより先に、 「祐果ちゃん、だよ」 祐基が口にした祐基の姉の名前は。 「……ふうん」 哲が想像していた名前だった。哲が、想像もしていなかった名前だった。 哲は祐基を揺らす。祐基の首筋に引っかかっていた汗が流れる。 「…………っ、は」 シーツを、なんとか、握り締めるのをやめて、流れた汗を、触ってみた。 「する、のも、されるのも気持ちいい、けど」 そりゃよかった、と耳元で囁いた哲に、うん、とだけ返して。 「でも」 哲の手に、哲が相手だと納めるべき場所がないそれを握られて、祐基は声を飲み込んだ。 でも……。 今は哲に入り込まれているけれど。それでも、想像する。 想像した相手の名前を、飲み込むつもりもないのに飲み込んだのは、吐き出す、瞬間だったから。哲の手でイって、大きく喘いだ。ベッドに沈むような感覚に陥る。それを引き戻すのは、まだ祐基を揺らしている哲だった。哲と祐基のタイミングが合うことはあまりない。いつでも哲は祐基を揺らし続ける。 少しも変わらない哲の質量を受け入れたまま、揺らされながら。 誰かを、揺らしている感覚に陥るわけじゃ、ないけれど。吐き出すものを吐き出してしまって冷静になった頭に思い浮かぶのは。 「……あの夢が、一番よかった」 哲の、最後が近付いて、激しくなった動きに耐えるように掴んだシーツが、祐果の腕ならいいのにと思う。 祐基に触れる肌が、 祐基が触れる肌が。 「祐基」 祐基にかかる声が。 せめて。 「うわ、哲兄、ゴム着けてっていっつも言ってるのに」 「なに女みたいなこと言ってんだ」 ティッシュの箱を投げ付けられて吐息した。 「哲兄とするのは気持ちいいけど、終わって哲兄の声きくと、ちょっとがっかり」 「なにがだよ」 「女の子の声の方がかわいい」 「おまえの声は案外そそる」 朋美ちゃんと同じこと言うんだね、と思っただけでもちろん口にはしない。何事もなかったように服を身につける。依子や朋美を抱いたときには思いもしないけれど、哲に抱かれた後はなんとなくからだが重い気がして、よっこいしょ、と立ち上がる。哲が、見上げてくる目に、 「次はちゃんとゴム着けてよ。マナーだよ」 「はいはい」 「哲兄着けなかったら、僕も着けないから」 「部屋が汚れるだろ」 「だから、嫌だったら哲兄もしてよ」 はいはい、と哲は変わらず適当な返事をする。適当な返事に呆れて、部屋を出る、直前で。 「祐基」 なに? と振り返る。哲は、祐基を呼び止めたつもりのない、ひとりごとのように、 「おまえの一番は、夢、か」 「僕、そんなこと言った?」 祐基には、記憶がない。心の中でなら言ったような気がする。声に出して、言っただろうか。 哲は、そんなことは前から、ずっと前から知っていた顔で、 「祐果、ねえ」 祐基は、こん、と閉めかけていたドアを叩いた。 「僕が好きなのは依子ちゃんだよ?」 「……そーだな」 「哲兄も、朋美ちゃんも、おじさんもおばさんも好きだけど」 「そりゃどーも」 「でも」 ……でも。 「あんなに気持ちよかったことは、ないな」 もう一度、祐基はドアを、こん、と叩いた。こん、という音が聞きたいわけではなくて、ドアを叩く感触が、おもしろいように。 「夢、だから、そう思うだけかな」 「現実じゃ、おまえだけが触るとやばい女だしな」 おもしろそうに、笑うと思った哲は、笑わない。神妙な顔をするから、祐基が笑った。 「なに言ってるの」 なに、間違えたこと、言ってるの。 「祐果ちゃんに触れるのは、神様だけだよ」 そんなことも知らないの? と笑う祐基を哲は凝視した。驚いた顔をした。それから安心をした顔を、した。 「なんだ。おまえ、ちゃんとわかってんのか」 「それくらい、わかってるよ」 「ならいいけど。依子や朋美が心配してたからな」 「なんの心配?」 「いや……」 もういい、と言う哲に。 祐基はつと眉をひそめた。下半身から身を震わせて、哲と寝た後はどうしても流れ出てくる哲のそれを処理するためにトイレに行きたかったのを思い出したのか、それとも。 ベッドにかけて、さっさと便所に行って来い、と追いやる哲を、祐基は見下ろした。 「ねえ、哲兄。祐果ちゃんに触っていいのは神様だけだよ。だからもしも哲兄が触ったら、殺すよ?」 ほんの少しも笑っていない祐基の表情は、 「……俺も、おまえが朋美に触ったら殺すよ」 そんなことはありえないと信じていて、それでも、祐基に合わせたようにそんなことを言った哲に、 「そうだね」 それはそうだよね、と楽しそうに、笑ってみせた。 ◆ 階段を転がり落ちてきた毛糸玉が、足に当って止まった。 祐基は毛糸玉を拾い上げる。なんとなく、毛糸玉の感触を確かめるように、握り締めた。 ふと、小首を傾げる。 毛糸玉、を。 つい最近、どこかで見た。 編みかけの編み物を持った祐果が、階段を駆け下りてきた。 「よかった、玄関まで転がって汚れちゃったかと思った」 毛糸玉返して、と差し出してくる手に、はい、と返しながら、 「どうやったらこんなところまで転がってくるの?」 「ドアをね、開けた瞬間に蹴っ飛ばしちゃって」 祐果は転がった分の毛糸を毛糸玉に巻きつける。編みかけのそれを指差して、マフラー? と聞けば、そうだよ、と笑った。 「祐基に似合いそうでしょ?」 「僕の?」 「なにそんなに驚いた顔してるの」 「……おねーちゃんに編んでもらうマフラーって、なんか微妙じゃない?」 しかも、 「祐果ちゃん、僕の好きな色知ってる?」 祐果が手にしているその色は、祐基のあまり好きな色ではない。祐果は、祐基の好きな色ではないことなど知っている顔で、 「祐基にはこの色、似合うよ」 「どうせなら、僕の好きな色にしてよ」 祐果は、なにいってるの、と言う顔をして、なにいってるの、と口にもした。 「どうせなら、似合う色の方がいいよ」 編みかけの、まだマフラーとは到底呼べない短いマフラーを祐基の首元に添えながら、 「ほら、似合う」 「……祐果ちゃんの独断と偏見だけどね」 「不服なの?」 見上げてくる祐果に、祐基はひそりと眉だけ上げて見せた。 「依子ちゃんのおばさんも、マフラー編んでくれるって言ってた」 祐果は、ふうん、と編みかけのマフラーと毛糸玉を胸に抱えて、 「そのマフラーはきっと、依子ちゃんの、好きな、色だね」 「よくわかるね」 「だって、依子ちゃんは祐基が好きだもの」 あたりまえのことをあたりまえのことのように言いながら、 「あ、わたし、お風呂に入ろうと思ってたんだった」 編みかけのマフラーと毛糸玉を、はい、と渡される。 「わたしの部屋に、置いといて」 「……うん」 毛糸玉の手触りが、 「色はともかく、あったかそうだね」 「でしょ?」 笑った祐果が浴室に向かうのを見送る。母親に声をかけられた。 「祐基? 帰ってたの? お風呂、早いうちに入っちゃいなさいね」 「今、祐果ちゃんが入ったから、出たら入るよ」 母親は、浴室からの物音に見向いたような仕草をして、祐基を見上げて、そう、と呟いた。そうだよ、と祐基は笑う。 祐基は、祐果の部屋のドアを開けて、ベッドの枕元に置いてある、編みかけのマフラーと毛糸玉を、見つけた。手に、持っていたはずのそれが手から消えていて、あれ、と小首を傾げる。 今、自分でここに置いた、だろうか。毛糸玉に触ってみれば、同じ感触がする。多分、自分でここに置いた。 毛糸玉を撫でて、ベッドにかける。制服の、上着を脱いでネクタイを緩める。自分の部屋に置いてくればよかった学生カバンを、祐果のベッドの足元に放り投げた。 毛糸玉を抱き締めて横になった。少し、眠った。多分、眠った。 後編へ |
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