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** 秘 蜜 ご と **
天沢 花珠保(あまさわ かずほ) 中3 天沢 一 志(あまさわ かずし) 中2
年子の姉弟お話です R指定
本編 秘蜜ごと は こちら から
その後の合宿でのおはなし 密かごと は こちら から
その後のその後の夏休みのおはなし ひめごと は こちら から
秘 蜜 ご と まるで合図のように一志は花珠保の頬を撫でる。 いつだったか花珠保が聞いてみたことがあるけれど、別に、合図とかじゃない、と一志は答えた。 でも、今日も頬を撫でる。不意に横に立ったかと思うと、手を繋ぐように頬を撫でる。 「……こら」 今はダメ、とその手を拒むと、 「なんでだよ」 まさか拒まれると思ってなかった顔をする。 「お皿、割っちゃうよ」 花珠保はエプロンをして、泡だらけのスポンジで皿を洗って、流しっぱなしの水で皿の泡を流す。 「そんなん、後でいいじゃん」 「だめ」 「なんで」 「お父さんとお母さん、仕事から帰ってくるまでに、わたしたちのごはんの後片付けくらいちゃんとしておかなくちゃ」 「ふたりとも今日は遅い日だろ」 「だから、片付け終わったら、ふたりのごはんも用意しなくちゃ。パスタなんだから、なるべく食べる時間近くに茹でておいたほうがいいでしょ?」 「……ねーちゃんは、マメだよな。おれよりいっこ年上なだけなのに、中三ですでにオフクロだよな。家でもクラブでも」 「一志が手伝ってくれればすぐ終わるけど」 「ヤだね」 ほんの少しも手伝う気がない一志はいつまでも頬を撫でている。花珠保は泡だらけのスポンジを一志の鼻先に突きつけた。 「いやなら邪魔しないで。お風呂、先に入っちゃって」 「一緒に入る」 花珠保は一志を見て、あまり変わらない目線の高さで吐息した。なにも聞かなかった素振りで食器を洗う。 「お風呂に入る前に、洗濯機、回しといてね。そしたら明日の朝、お母さんが楽に……」 泡だらけの、スポンジを。 取り上げられて花珠保は一志に見向いた。その鼻先から、頬から、襟元から胸元へ、スポンジを押し付けられる。 一志を凝視する花珠保の、鼻先から胸元まで流れる泡の……ぱちぱちはじける音がする。その小さな音を一志が掴む。泡だらけになった手のひらを花珠保の頬に押し付けて、泡だらけのスポンジを搾ってエプロンに真っ直ぐの染みを作った。 「汚れちゃった。着替える? 洗濯する?」 一志はスポンジを流しに放り投げて、出しっ放しの水を止める。 泡だらけ、でも。 まるで合図のように一志は花珠保の頬を撫でる。つと親指が触れた唇に、唇を押し付ける。 もう、ずいぶん慣れた行為だったけれど、いつまでも慣れないように花珠保はきつく目を閉じる。奥歯を噛み締める。でも。 「ね……ちゃん」 泡だらけの手のひらに首筋をなぞられて、唇を合わせる角度が変わって。 息を、飲み込むように、入り込んでくる舌を受け入れる。 エプロンをほどいてTシャツの裾から入り込むんでくる手が、肌に直接触る感触が、食器用洗剤のぬるりとした感触で。一志は熱くした吐息で笑った。 「は……エロ……」 唇を離すのを惜しんですぐ傍で。 「ココでする? 風呂でする?」 おれはどこでもいーよ、と言いかけた一志の鼻をつまんだ。一志は我に返ったように、 「なんっ、だよっ」 「どー、して、いっつもいっつも、もうちょっと我慢できない、かなあ」 「なんだよ、もーちょっとって、どんくらいだよっ」 「ご飯作るまでだってば」 「そんなん、かーさんたち帰ってきちゃうだろ」 「一志が邪魔しなきゃ大丈夫、なのにっ」 「でもっ、今すぐしたいんだけどっ。いいじゃんコッチが先でも。やろう、やるだろ? やるよな?」 「……もー」 呆れて怒って見せたつもりだった。花珠保は、本当に、呆れて怒っていた。なのになぜか一志には、それがしぶしぶでも了解した、ように見えるらしい。しょうがないからしてもいい、と勝手な解釈をする。 「やった」 無邪気に笑いながら、 「風呂、入ってる間に洗濯終わるじゃん」 エプロンを拾い上げる一志に手を引かれる。 「はい、ねーちゃんばんざーい」 脱衣場で言われるままされるまま服を脱がされて、先に裸にされて。裸の手のひらに握らされたものを、握り締めて。服を脱ぎ出す一志を眺める。 目が合って、 「寒い?」 と聞かれて、 「……ううん」 服を脱いだ一志は、あ、と思い出して洗濯機のスタートボタンを押す。その手と、手を繋いだ。 手を、繋いだまま。 湯気で温まった浴室で、唇を合わせて肌を合わせる。 狭い、場所で。 「……っぁ……っ」 一志は座り込んで、花珠保のその場所に顔を寄せる。 「足、もっと開いて……そう、なに、今日は素直じゃん。ねーちゃんもしたかった? だよね。おれだけなわけないよね」 「……ぁ、か、ずしっ」 「だめ。まだいっちゃだめ。おれもして」 座り込む一志の前に座り込んで、花珠保が一志に顔を寄せる。 「もっと大きくなるから、して。ほら、してよ」 開いた足元に犬のようにはいつくばる花珠保の髪に一志はキスする。その髪が湿っているのは、浴室の湯気のせいか、汗、なのか。ふたりとも湯は浴びていない。 「ねー、ちゃん」 頬を、撫でるのが合図の、ように。 花珠保はそれまで握り締めていたものを、握り締めたまま一志に差し出す。かたく、閉じた手のひらを一志がほどく。中から出てきたものを、 「ねーちゃんがつけて」 耳元で言われて、花珠保は一志を仰ぎ見る。その目が、はやく、と急かすからコンドームの封を開けた。 以前、シャワーを浴びた濡れたからで避妊を失敗しかけたことがあって、それからはふたりとも湯を浴びない。 準備が整って、 一志は花珠保を引きずり寄せる。抱きしめたからだに自分自身を埋め込んでひとつになる。自分にからだの全部を体重ごと預けてくる花珠保を、もっと、抱き締める。隙間なく密着するのが気持ちよくて絶え間なくからだを揺らした。 花珠保は一志をまたいで、繋がった瞬間に一志にかける自分の体重を忘れる。なにも気にしていられなくなる。だって。浸食、されて。どこまでも入り込まれて揺らされて、振り落とされないようにしがみつく。 ◇ 「まだ支度してないの?」 「そんなん、かーさんがやってくれんじゃん?」 「おかーさんおかーさんって、向こう行っちゃったらお母さんいなくってどうするの」 「そんなん」 なんでもない、というように、一志は脱いだ上着を花珠保に押し付けた。短パンにランニング姿で思い切り伸びをする。 「そんなの、ねーちゃんがいるからいいじゃん」 「なに、その言い方。わたしはお母さんじゃ……」 学校のグラウンドで、 「かずー」 と呼ばれてふたりして振り向いた。 陸上部のチームメイトがストップウォッチを高い場所で振り回しながら、 「かず弟のタイム取るからー、かず姉、記録とってー」 一志と花珠保は同じ格好をしていて、 「はあい」 花珠保は上着を着たまま、一志の上着を持ったままチームメイトに駆け寄る。後をついて行く一志は、寸前で花珠保を抜かしてチームメイトを格好だけ蹴っ飛ばす。 蹴飛ばされたチームメイトは、 「ちょっと、先輩蹴飛ばさないでよ。しかも女性、レディ、敬って跪きなさい」 「なに、言ってんだか。そっちこそ、おれとねーちゃん一緒くたにして呼ぶな。ねーちゃんはねーちゃん、おれはおれ」 「だってあんたたちセットだもん。天沢さんちのかずかずセット。かずって呼べばふたりとも振り向いて便利だよね」 「姉弟で名前似ててなにが悪い。セットにすんな、ちゃんと呼べ」 一志は平気で、自分より身長のある先輩に文句を言う。その襟首を花珠保が引っ張った。 「こら、タイム取るから支度して」 「だって、こいつがっ」 「こいつじゃなくて先輩。どうして敬語使わないの」 「先輩って、ねーちゃんと同じ年じゃん」 「だから、先輩、でしょ」 「ねーちゃんは先輩じゃないじゃん」 「……またすぐそういう屁理屈を……」 花珠保は呆れて吐息して、一志の背中を押した。一志は、べ、と舌を出して準備体操を始める。花珠保はチームメイトからストップウォッチを受け取りながら、 「なんで、あんなに手がかかるんだろ……」 「弟、だからじゃないの?」 「世の中の弟って、みんなああなの?」 「さあ? でもなんか、花珠保の弟、って感じ」 「なにそれ」 「ほんと、ふたりで一セット、みたいな」 「姉弟、だから?」 「そー、きょーだい、だから。おんなじ体型、おんなじ顔。おんなじ能力」 「え、顔、似てる?」 「よく見れば」 一志はスタート地点でスタートの練習を繰り返す。そんな姿を眺めながら花珠保は手慣れたようにストップウォッチを弄ぶ。 「でもわたし、能力は一志と似てないよ」 「似てるよ。ついこの間まで花珠保がチームで一番早かったし」 花珠保はなにかを諦めたようにあははと笑う。 「つい、この間まで、ね」 「って、今だって十分県下トップクラスでしょ。かずかずセットで明後日から代表選手強化合宿でしょ。がんばれ」 「う、ん。でも実はそんなことしてる場合じゃない気もするんだけど」 「なんで?」 「もう受験生なのに、一週間も……」 「だぁいじょうぶ。受験の勝負は夏の大会が終わってから。って、花珠保ならそんな心配しなくても行きたい高校行き放題でしょ」 一志が大きく手を振って、花珠保はストップウォッチの用意をする。記録用のファイルを渡されて、スタートの合図にストップウォッチのタイミングを合わせる。 一志が百メートルを走る十数秒の間、花珠保は一志を見ている。 「ねーちゃんさあ、なんでおれ走ってるとき睨むの?」 「睨んでない」 「うっそ、すごい目で見てるくせに」 「……見てない。真剣にタイム取ってただけ、だよ」 練習終了後、頭から水をかぶった一志は、花珠保が顔を拭いたタオルを取り上げて首に引っ掛ける。 「ちょ、っと。自分のタオルは?」 「忘れた」 「もー、いっつもそう言ってひとの使うんだから」 「いいじゃん、別に」 「合宿行ったら、男女別だし、わたし、いつも傍にいないんだから気を付けなさいよ」 「やっぱオフクロだ」 はいはい、と笑った一志から、花珠保はタオルを取り上げた。 「お母さんじゃないっ」 「な……んだよ」 声を大きくした花珠保にびっくりして、一志はきょとんと花珠保を見る。花珠保は奥歯を噛み締める。 「なんかむかつくっ。わたし、一志のお母さんじゃないっ」 「なんだよ、そりゃ、そーだろ。ねーちゃんじゃん」 「じゃあ、お母さんみたいなことさせないで。ちゃんとしてよ」 一志は花珠保の大きな声の理由がわからない。急にそんなことを言われる理由もわからない。花珠保の声が大きくなった分、一志の声は低くなった。 「べっつに、ねーちゃんいないときはちゃんとしてるだろ」 「わたしがいてもちゃんとしなさいよ」 「うるさいな、なにそれ、命令?」 チームメイトたちが寄ってきて、きょーだい喧嘩すんなよ、と声をかける。おもしろそうにからかうように言われて、一志は頬を膨らませた。 「うるさい! 見せもんじゃないっ!」 花珠保の抱えるタオルを引っ手繰って、わざわざそれを足元に投げ付ける。ついでに踏み付けると、 「どけよっ!」 先輩や後輩が、なにごとかと集まってくるのを押し退けて花珠保に背を向けた。 ただいま、と帰った家の台所では、今日は早番の母親が食事の支度をしていた。 花珠保はなんとなく、鞄を持ったまま台所を覗いて隅に置いた食卓に座り込む。 母親は、おかえりなさい、と冷蔵庫の中を物色しながら、 「さっきすごい勢いで一志が帰ってきたけど、珍しい、一緒じゃなかったのね」 「……一志、なにやってるの?」 「なんだか、タオルどこだよ、とか、着替えがどうのとか言ってたから、合宿の準備してるんじゃないの?」 「お母さんが、準備してあげたんじゃないの?」 「なんでおかーさんがしてあげなくちゃいけないの。自分のことは自分でしなさい」 「だって……っ。だって、じゃあなんでいつもわたし、一志の面倒見てるの?」 「花珠保が手を出すから、やってくれるもんだと思っちゃうんでしょ」 「それは、やってあげなきゃ、いつまでもやらないからっ」 「今は、ひとりでちゃんとやってるじゃない」 母親は一志の部屋の方向を眺める。花珠保もなんとなく、同じ方向を眺める。 「花珠保は合宿の支度、済んでるの?」 「うん……」 でも、と花珠保は引き寄せた鞄を開けたり閉めたりして、結局、閉めて、 「……わたし、合宿、行きたくないな」 母親はなべの火加減を見て、弱火にすると花珠保の隣に掛けた。 「喧嘩したくらいで、なに言ってるの」 喧嘩をした、と言った覚えはないけれど。 「そんな理由じゃない、もん」 「中学生になったからって思って部屋を分けたのに、気付くとなんだかあんたたち一緒に寝てるくらい、普段は、ちょっとどうなのうちの子供たち、っていうくらい仲良しなのにねえ」 「だ、から、喧嘩してるのが理由じゃないもんっ」 両親にふたりの関係が知られているわけじゃない。そんなこと、あるわけない。あっていいわけがない。ただいつまでも仲がいいと思われている、だけだ。 「だ、ってね」 母親は、なにげなくなべを気にする。花珠保もつい、なべを気にしながら、 「合宿、したって。わたし、もう絶対に一志より速く走れるようになるわけじゃ、ないんだよ」 「そうなの?」 「そうだよ。だって、一志、男の子なんだもん」 母親は肩をすくめる。今さら確認しなくても、花珠保と一志は違う。 「女の子の中で一番ならすごいんじゃないの?」 「でもっ、それでも一志には勝てない。……なんで? つい、この間までわたしのが速かったのに。なにやっても、なにしても一志よりちゃんとできたのに。いまだって一志よりずっと、全部、ちゃんとやってるのに、なのに、一志、さらっと、やれちゃうんだよ」 走るのも。合宿の支度も。 「わたし、おねーちゃん、なのに」 ついこの間まで、走るのも速かった。何度一緒に走っても一志は花珠保を追い抜けなくて、追いつけなくて、 『すげー、なに、なんでそんな速いんだよ』 すげーすげーと連呼する一志は、すげーすげーと連呼しながら花珠保の服の裾を掴んで、どこにでもついて来た。 「……すごいって言われる、おねーちゃんじゃないと……」 「だめなの?」 「……ていうか、そうやって言われてたいだけ、かもだけど」 そうなの? と母親が聞き返す。 「だって、わたしおねーちゃん、だもん」 「別に、花珠保は花珠保で、なにしたってしてなくったて、できたってできなくったってすごくったってすごくなくったって、おねーちゃんでしょ」 母親は花珠保の頭を撫でる。それから、いつも一志がするように。その手で頬を撫でる。一志よりも柔らかい手にどきっとしたのは、誰にも内緒だった。子供みたいに母親に慰められているのに、一志を思い出すなんて絶対に内緒だった。 「花珠保」 呼ばれて顔を上げると、母親は笑っていた。しょうがない子ねえ、と笑う顔は、花珠保に対しても一志に対しても変わらない。 「合宿は、本当に行きたくないなら行かなくていいから」 「だけど、もう決まって……」 「それでも」 「それ、でも……?」 いいの? と小首を傾げると、母親も真似して小首を傾げて見せた。 「だって、急にふたりとも一週間もいなくなったらおかーさんもおとーさんも寂しいから、むしろ行かないで。仕事から帰ってきて子供の寝顔も見れないなんてつまんない。そうだ、やめちゃえ。やめやめ。ね、行かないよね?」 花珠保はやっと、少しだけ笑った。 「もー、そういう言い方、一志とそっくり」 食事の間も風呂の後も、機嫌の悪い顔をしていたのは一志だけだった。最初に機嫌を悪くしたのは花珠保なのに、だから一志も機嫌が悪いのに。花珠保は食事の間中母親と笑っていて、一志はさらに機嫌を悪くした。 「……ごちそーサマ」 食べるだけ食べてさっさと部屋に戻ろうとする。母親に食器を片付けなさいと言われても知らん顔をする。 「一志っ」 でも、同じことを花珠保が言うと、一志は気に入らない顔をしたままがちゃがちゃと乱暴に食器を流しに突っ込んだ。そのまま、足音も乱暴に出て行く。 母親が、やあねえ、と肩をすくめた。 「一志、花珠保の言うことしか聞かないんだから」 「え、聞かないよ、ぜんぜん」 「聞いてるでしょ」 母親は一志の片付けた食器を指差す。 「あれで、おかーさんたちに怒られるより花珠保に怒られるほうが怖いんだから。かわいいやら、ちょっとむかつくやら」 「まさか」 花珠保は笑って本気にしない。食事の片付けを手伝って、風呂上りにふと、一志の部屋の前で立ち止まる。中の様子をうかがってみてもなんの気配も感じられない。もう寝たんだと思って自分の部屋に入ろうとドアを開けたところで、中から腕を掴まれた。そのまま引きずり込まれる。 しりもちをつきながらドアの閉まる音を見上げると、一志が、ドアに立ちふさがるように立っていた。 「ねーちゃんは合宿行かないって、かーさんが言った」 後ろ手に鍵をかけて花珠保を見下ろす。その声は、静か、だった。どうしてそんなに静かなんだろう、とは思ったけれど、 「鍵、かけないで。遊んでないで。もう寝るんだから一志も……」 「ねーちゃんが合宿行かないなら、おれも行かない」 「なに言って……」 「なんで合宿いかないの」 一志はドアに背中を預けながら、ずるずると座り込む。 「……おれが、やだ?」 泣きそうな声をして、うつむいた顔が見えなくて覗き込むと、まるで花珠保がそうするのを待っていたように、 「でも、いっくらねーちゃんがやだ、でもさあ」 静か、というよりは低くなった声に、 「どーせ、切っても切れない関係なんだからさあ」 腕を、掴まれたかと思うとそのまま力任せに引き摺られてベッドに押し倒された。両手を顔の脇で掴まれたまま固定されて、花珠保は一志を凝視する。 一志は大きく見開いた花珠保の目元に唇を押し付けた。 「一志……?」 まさか、と花珠保の表情が言う。 「うそ、だって……っ」 そのまま目元を舐められて花珠保は身をよじった。そむけた顔の耳を噛まれて悲鳴を上げる。その口を手でふさがれた。 「声っ」 我慢しろよ、と言われて首筋を舐める一志に抵抗する。勢いで一志の頬を叩いて、叩かれた一志は怒った目で花珠保のパジャマの胸元に手を突っ込んだ。胸を掴まれて、痛い、と叫ぶ。でも塞がれたままの口は叫べなくて、花珠保は一志の手に噛み付いた。 「なに、すんだよっ」 「ど、っちが……っ」 「おれが悪いのかよ」 「そう、でしょ!? なにしてるの、おか……さん、いるのにっ」 「だから!」 思わず上げた声を、下唇を噛んで飲み込んで、一志はまだ手のひらに収まるほどの花珠保の胸をなぞり上げた。息を飲む花珠保が噛んだ指先を、舐めながら、 「……だから、静かにしてないと見つかるんじゃん」 だから、 「静かにしてろよ」 静かに、静かに一志がしていた理由に、 「……ぃっ、やっ」 「いやとか言うな」 「やっ、いや……っ」 ばたつかせる足を足で押さえつけられて、その体重で身動きを取れなくされて。どいて、とも、いやだ、とも花珠保は悲鳴も上げられない。ふたりの騒ぎを、喧嘩、だと。小さな頃からしてきた言い争いの喧嘩だと母は思うだろうか? 思うかもしれない。思わないかもしれない。そのほんの少しの可能性が怖くて叫べない。 泣き出しそうになって花珠保は口元を押さえる。一志はパジャマ代わりに着ていたトレーナーを脱いで花珠保のパジャマのボタンをはずす。あらわにした胸に吸い付いた。 きつく、何度も肌を吸われて、花珠保は喉の奥で悲鳴を上げる。涙が溢れて流れ出しても一志は行為をやめない。花珠保がどんな表情をしているのかを見ていないのか、どうでもいいと思っているのか、触れた場所触れた場所に跡をつける。パジャマのズボンに下着ごと手をかけて、それで花珠保のからだがびくりとしたのも気にも止めずにずり下ろして、開いて、立てた膝の奥を音を立てて舐めた。 花珠保はその間中、両手で顔を覆って耐えていた。 「……っ、ふ…………」 いや、がっても。いや、でも。 爪先を丸めて耐える。 震える足首を掴まれて、より、奥を舐めようとして開かれて、 「ぅぁ…………っ」 そんなつもり、じゃなくても。思わず揺れる腰、とか。舐められてぴくついているその場所、とか。 いやがってもいやじゃないことなんて。 顔を覆っている両手に触れる自分の吐息の熱さでわかっている。 「……かず……し」 一志は変わらずその行為だけを続ける。 「一志……」 呼んでも、 「一志っ、……や、だ。いやだ、ねえっ」 一志。と。 呼んだら。 顔を上げた一志と目が合った。睨むように、睨んだまま、濡れた口元を手の甲で拭いて、近付いたその唇でキスをする。深く深く何度も何度もキスをして、 「あ、あ……っ」 からだを重ねる。片膝を持ち上げられて、その角度で、入ってくるものを感じる。はじめから強く突かれて、花珠保はそれだけで簡単に達した。 何度も、何度も呼んだのは拒絶じゃなくて、欲しくて。しがみついた。 「……ふ、…………ぁ」 一志に抱きついて絶頂の感覚をやり過ごす。その間、一志は花珠保を見ていた。からだの奥からどくどくとこみ上げてくる感覚を一度、遠ざけて目を開けると、目が、合った。 「ねー、ちゃん」 声と一緒に、まだ、からだの奥に一志を感じる。一志を抱きしめる。 一志は花珠保に体重のすべてがかからないように自分で自分を支えながら、花珠保に顔を寄せた。甘えるように頬に頬を摺り寄せて、花珠保が呟くのを聞く。 「……かずし……」 「ん……?」 「一志、怖い」 はっとして顔を上げた一志が見た花珠保は、さっきからずっと、泣いていた。 「一志、やだ……怖い」 「……やだって、言うな」 「やだ、いや、怖い。……怖い」 「……ねーちゃ……」 「……一志、怖い、やだ……っ」 一志は、どんな表情をすればいいのかわからない顔をする。泣けばいいのか、怒ればいいのか、すねればいいのか。 そのまま、お互いの顔を見ていた。 ふと、まるで逃げるように一志が目をそらした。でも、離れない。目線をそらしただけで、からだはずっとそばにあるままで。離れたくない、と。 繋がったままの内側をわずかに擦られて、花珠保はかたく目を閉じた。そんな仕草が、嫌、がったように見えたのか。咄嗟にからだを退こうとした一志の頬を、花珠保が撫でた。 それがどんな合図、なのか。 からだを、退くことをやめた一志が、 「おれ、怖い?」 花珠保の頬を撫でる。 泣いたままの顔をして、それでも小さく、小さく笑った花珠保に、一志も、同じ顔で笑った。 怖い、のは……。 一志とか、花珠保とか。そういうからだが持ち合わせた感情、とか。それを形にすると、こんなふうにしかすることができない行為、とか。親にも言えない秘密、とか。友達にも言えない秘密、とか。 その、秘密、という言葉に溺れているみたいに足掻いて足掻いて、足掻いて掴んだのはおたがい、だけで。 まだ成長途中の細い手足を絡めて、 頬を撫でてキスをする。 それはどんな、合図? それはこんな合図。 ごそりと動いた一志は再び腰を揺らす。繋がっている場所の感覚を確かめるように退いて、押し込めて。じわじわとまた、冷めたばかりの花珠保の吐息を熱くする。 熱くした吐息で囁くように、かずし、と言う。かずし、と呼ばれて夢中になる。 うわごとのように、ねーちゃん、と何度も言われて、ひどく安心した気分になる。その瞬間だけは、怖いものなんてなにもないみたいで、でも本当は、喘ぐ声を飲み込むのにいっぱいいっぱいで。 「ん……っ、……ぁっ」 掴んでいた腕をさらに強く掴んで、かずし、とまた呼んだら。 一志はふいに動きを止めて、 「……一……志?」 花珠保の肩にかけていた指の、爪を、なにかを我慢するように強く立てて。その痛みに花珠保が気を取られた瞬間に、 「…………っ、あ」 一志の声に、もう何度も感じたことのある一志のその瞬間を花珠保は感じた。 花珠保が、気付いたことに一志も気付いて、一志は花珠保に抱きついた。甘えるようにぎゅうと抱きつく。 「……ごめ……」 ごめん、と謝る一志を花珠保も抱き締めた。ひとりでイって、謝る、から。 抱きついたまま離れようとしないから。 花珠保は一志の背中を撫でた。上がった息を聞きながら、触れ合う胸元が大きく上下するのを感じながら、素肌を手のひらで撫でる。一志の背中は温かい。花珠保の手は、冷たいんだろうか。 呼吸が落ち着くと、一志は静かに花珠保にキスをした。それで、そのまま離れていくんだと思った一志が大きく動いて、花珠保は一志の背中に爪あとを作った。 「え……、あ、だめ……っ。かずし……」 そのまま、入ったままのそれで行為を続けようとして、花珠保の声に一瞬だけなにかを考えて、考えたそれを秤にかけると、舌打ち、して花珠保から離れた。この関係だけは壊さないように、壊さないように、壊さないように。花珠保の机の引き出しを苛付いたように乱暴に開けて、奥から探し出したゴムを取り替える。 「かず……」 「一緒にイく」 キスをして、キスをして。キスをするようにひとつになる。 「ぁ……っ、あ、あ」 何度しても。その行為には慣れても。それでもそのたびそのたびに感じて漏れる声を飲み込むようにキスをしながら受け入れる。拒むわけじゃないのに、拒んでいるように狭い場所をかき分けて押し込む。押し込まれて喉をそらす。 「ね、ちゃん、ねーちゃん……気持ち、いい?」 「……うん」 「おれも」 他の誰といるよりも一番近くで繋がって。一志は花珠保のからだを揺らし続けた。声が漏れないように、誰にもばれないように、ふたりだけの関係を続けた。 陸上部で、花珠保と一志は朝も夕も思い切り走る。 この日の朝も、もう何本も走った。 チームメイトと一緒に、朝練を終えて汗だらけの顔を洗った花珠保がタオルから顔を上げると、頭から水をかぶってずぶ濡れの一志が、ちらちらと見てくる。 なに? と表情だけで聞くと、じっとタオルを見る。 いつものように忘れたタオルを、いつものように勝手に取り上げずに、なぜかどこかすねた顔をして、困った顔をして、困り果てた顔をして、じっと、見てくる。 その目が暗黙になにを言っているのか。 花珠保は呆れて一志に近付く。気のせいか逃げ腰の一志に、 「……もー」 はい、とタオルを差し出した。 「怒らないから、貸して欲しかったら貸して欲しいってちゃんと言って」 「貸して」 「最初っから、そう言えばいいでしょー」 「言ったって言わなくったってねーちゃん怒るじゃん」 「怒ってない」 「ほんとにー?」 「ほんとにっ」 タオルを、やっと受け取った一志は顔を拭いて頭を拭く。そのタオルの隙間から、 「あ、のさ、ねーちゃん、明日からの合宿……」 振り返った花珠保に、 「おれ、ねーちゃん行かなくても行く」 「わたしも、別に一志行かなくても行く」 「……は? え?」 ちょっと待って、と一志は花珠保の上着を引っ張る。早く着替えないと授業始まっちゃう、と言う花珠保に、のんきに聞き返した。 「一緒に行く?」 と聞いた一志に、花珠保が過剰に反応して顔を赤くして、一志はに、と笑った。上着を引き寄せて、誰にも聞こえないように、 「ソコにイくのは夜じゃん。今夜もイく? イかせてやろーか? する?」 「なにっ、言ってるのっ」 「最初にヘンなコト考えたのねーちゃんじゃん。昨日の夜のこと思い出したんだろ」 「考えてないし思い出してないもん。だいたいっ」 「なんだよ」 「明日の朝は早いからしないし、ついでに、合宿から帰ってくるまではできないからっ」 へ? と一志は立ち止まって、 「うそだろ」 と呟いた。 「なんだよ、それサイアクじゃん」 タオルを頭からかぶったまま、 「なーなー、サイアクじゃねえ?」 予鈴が鳴って、チームメイトたちは慌てて走り出す。スタートの遅れた花珠保と一志はグラウンドの隅にふたりきり、で。 「そ、だね。ちょっと最悪」 振り向かないで言った花珠保は、どんな顔で言ったのかと一志が覗き込むより先に時間に追われて走り出す。一志は慌てて追いついて、花珠保を見た。追いついた花珠保は、一志に追いつかれて、でもそんなふうに簡単に追いつかれたことよりももっと、 「ほら、はやく着替えないと。あ、一志、宿題ちゃんとやった?」 そんなことを心配する。 「やったよっ」 口では喧嘩のように言い返しながら、一志の手は花珠保の上着の裾を掴んでいた。ずっとぎゅっと掴んで走った。
おわり
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その後の合宿のお話 密かごと へ
わりとどうでもいいこと。 最初このお話の題名は「踵、爪先、みえないかがみ」でした。 「踵」で陸上部っぽいところを。「爪先」でえろっぽいところを(そうかなあ)、「みえないかがみ」できょーだいという近すぎて見えない何かを表現しようと思ったようです。が、出来上がってみたら書きたいことは同じだったはずで、しかも書こうとしていたこととそうたいして話も逸れていないはずなのに、なぜやらぜんぜんそんな話でもなかったので変更しましたです。 以上、ほんとにどーでもいいこと、でした。
(その後の合宿でのおはなし)
密 か ご と 合宿の一日目だというのに何本も何本も走らされて、汗だくになって更衣室にたどり着いた。先を争ってシャワーを浴びる。 「……いっっ、って」 思わず声を上げたのはひとりごとだった。だからまさか、わざわざ、個室になっているシャワーのカーテンを開けてまで、 「どーしたの?」 と心配そうに聞かれると思っていなくて一志はかたまった。 一志の、背中には二本、引っかいた傷跡がある。 「……ひろ……ひろ……なんだっけ」 傷が痛いのを我慢しているのか、思い出せない名前を思い出そうとしているのか眉をひそめた一志に、 「第三中の広田博則(ひろたひろのり)」 朝一のミーティングで自己紹介した名前を復唱して、博則は一志の傷跡に触った。 「触るな」 一志は博則の手をはね退ける。拒絶した態度ほど声は高くも低くもなくて、博則は特に嫌な思いをした顔をせず、人懐こそうに、 「かさぶた、シャツにでも引っかけたんじゃないの? 取れかかってて、見てるだけで痛そうだよ」 一志はなんとか自分の傷跡を見ようとからだをよじりながら、 「痛そう、じゃなくて痛いっつーの」 「どこかにぶつけたの? それとも猫でも飼ってる? なんか、そーゆー傷跡だよね」 出しっぱなしのシャワーの音の隙間から一志は博則を見上げる。確か同じ学年のはずだけれどずいぶん身長の差がある。目が合うと博則は、傷の付いた理由などまるで想像もつかないように、で、どうしたの? と首を傾げる。 「……別に」 一志は手探りで触れた傷跡の、剥がれかけたかさぶたを引っ張って取ると、覗き込んでくる博則を押し出した。個室が自分だけの空間になったのに安心してシャワーを頭から浴びた。傷に湯がしみて、思い出した相手の顔に奥歯を噛みしめた。 学校のクラブではチームメイトのタイムを計ったり、そのほか雑用に追われていることの多い花珠保も合宿の間は集中してよく走った。 スタートに着く前に、いつも二度、三度、その場で軽く飛び跳ねる。 「あ」 飛ぶ姿に、グラウンドの隅からでも、 「ねーちゃんだ」 どれ? と傍にいた博則に聞かれて指をさす。スタートについた五人のうちの、 「どれ?」 とまた聞かれて、 「一番速いやつ」 なんでもないことのように言った一志を、博則は驚いて見下ろした。 「すごい、自信満々。そんなに速いの?」 「速いんだよ」 「え、でも」 学校の中でどんなに速くても、合宿に集まった生徒たちはみんな速い。誰でも、自分が一番速いと思っている。その中で。 スタートの合図と共に走り出した花珠保が一番速い。 「うわあ」 あのひと? すごいね、と感心する博則に、一志は気持ち良さそうに笑った。 「ほらみろ。ねーちゃんすげー」 一志は博則が止めるのも聞かずに花珠保に駆け寄って、遠目にも花珠保に頬をつねられて叱られてすごすごと戻ってきたところを男子顧問のコーチにまた叱られて、すねた顔で博則の隣についた。 「お姉さんとコーチになに言われたの?」 「団体行動乱すなって怒られた」 「ああ……」 それはそうだろうね、と博則は笑いたいのを一志に睨まれて我慢しながら、 「天沢、わんこみたい」 「……犬、かよっ」 「うん、子犬でさ、ボール投げたらどこまででも追いかけて行きそう」 「しかもバカ犬かよっ」 ふざけんな、と騒いでまたコーチに叱られて、恐る恐る振り向くと、騒ぎを、呆れたように花珠保が見ていた。慌てて振り向くのをやめる。でも気が付けばまた振り返って花珠保を探す。 一志は夕食後に博則に談話室に行こうと誘われて、 「ガッコから宿題出てるのやっちゃうからいい」 面倒臭そうな顔をした。 「案外真面目だよね。昨日もちゃんと勉強してたし、明日もするの?」 「するよ。やんなきゃいけないことはシマス」 「お姉さん怖いから?」 「そー、ねーちゃんが……って、なんだよ、合宿に身内がいねーやつにはわかんねーよっ。チェック入るんだよ」 一志は食堂にかかった時計を見て、 「あ、でも九時からテレビ見たい」 部屋にテレビは置いていない。 「九時には談話室行く」 「そう? じゃあ僕、先に行ってるから」 「おー」 戻った部屋には誰もいなくて、一志は静けさにせいせいしたように伸びをした。四人部屋に二つ置かれた二段ベッドのひとつによじ登って荷物を取る。伸ばした腕の、付け根の、背中の傷がひきつれて顔をしかめる。痛みに変な顔をしたわけじゃない。痛む度に思い出す姿がいつものようにすぐ傍にいなくてもどかしい。 ノックの音に、 「なんだよ、勝手に入りゃいーだろ」 と返す。言ってから、同室の人間ならノックしないし、同室の人間じゃないからノックするのか、と思い直して、 「今はおれしかいねーっての」 誰に用事だよと思いながらドアを開けると、花珠保が立っていた。 「誰も、いないの?」 「……おれはいる」 「いる、ねえ」 そうだねえ、と花珠保は部屋の中を覗き込んで、 「部屋、おんなじ造りだ。一志ベッドどこ? 上? わたしも上」 自分の場所を指差しながら、 「じゃ、なくて。ベッドの場所はどうでもよくて、一志、せ……」 言いかけた花珠保に、抱きついた。 「こーらー。一志ー?」 花珠保の力では引き剥がせない。 一志は花珠保の肩にしがみつくように腕を回して離れない。 そのまま、花珠保の頬を撫でようとした手を、だめ、と掴まれた。手は頬に触れないままで。 「なん、だよ。いーじゃん、誰もいないだろ。すぐっ、済むから」 「すぐって……」 「もたないんだよっ」 花珠保の頬に触れなかった手のひらが、ウエストから胸をなぞり上げて首筋からあごに触れてキスを、しようと近付けた顔を、花珠保に押された。 「ねー、ちゃんっ」 なにすんだよっ、と手のひらで力任せにひたいを押されて仰向いたまま叫ぶ。意地でも離れないつもりだったけれど、頬をつままれてしぶしぶ離れた。 「んだよ、けちー。触らせといてナシかよ。なんだよ、なにしに来たんだよ」 「洗濯」 ぽつりと言った花珠保の表情を、見て。一志は思わず目をそらした。息を飲んで、目をそらしたまま、 「せんたくぅ?」 「一回、くらいしようと思ってたの。汚れ物ばっかり持って帰るのも嫌だし。だから、ついでに一緒にしてあげるから」 「洗濯なんてできるの?」 「お風呂の横にコインランドリーみたいなのあったでしょ」 「そーだっけ?」 「そーなの。しなくていいならしないけど」 「するする。して」 バッグから出した洗濯物を花珠保に押し付ける。……押し付けて、取り上げる。 「おれも行こ」 「いい、けど」 花珠保は歯切の悪い返事をする。その、理由なら。 「乾燥まですると、けっこう時間かかるよ?」 その理由、なら。 「……ソコって、人目につく? つかないよな、おれそんな場所気付かなかったし」 「つ、かなかったら、ど……するの?」 「ぎゅっとするくらいいいじゃん」 開けっ放しのドアの内側で、廊下に響く談話室からの声を気にしながら手を繋いだ。 「ねーちゃんだってしたいくせに」 ずっとそんな顔をしていた花珠保と指を絡めて手を繋いだ。寄り添って肩と肩をくっつけた。 「あ」 回り始めた洗濯機を眺めて一志が声を上げる。どうしたの? と花珠保が見ると、一志は自分の着ているシャツの裾を引っ張った。 「これも洗濯したかった」 していい? と上目遣いで見ると、 「……もー」 花珠保は学校指定のジャージの上着を脱ぐ。それで洗濯が済むまで半裸でいなくてすむ。一志はシャツを洗濯機に突っ込んだ。花珠保の上着を着ようとして、花珠保の目線を感じて、着るのをやめる。花珠保が一志の背中に触った。 「かさぶた、取った? へんな跡になってる」 「ちょうどシャツと擦れるんだよ。なんか、引きつれて痛いし」 「……舐めとく?」 背中を触る手を、一志は見返った。見返ったときにはもう、手ではなくて、花珠保の舌と唇が触っていて、一志はその体勢のままかたまった。花珠保が舐めるその場所に神経が集中する。どこでもいいから引き寄せて正面から抱きしめた。 すぐ傍の、廊下のどこかから人の声がしてドアの陰に隠れた。そこから続く行為を、やめる気にはならなかった。 積み上げてあるなにかの荷物の上に花珠保のからだを持ち上げて押し倒す。見合った顔の、頬を撫でてキスをする。触れあった唇をこじ開けて舌を絡める。すぐにあがる息の、呼吸をする間も惜しむように、花珠保のシャツを、スポーツ用のブラジャーと一緒にたくし上げた。その、場所に。 花珠保が一志の背中に傷を付けたように、一志がつけた跡があった。 いくつものキスマークに一志は顔を寄せて、 「舐めとく?」 ふと博則が、犬みたいだと言ったのを思い出した。舌先でつついて舐めるとその度に花珠保が反応を見せる。 「かず、し……」 「……全部」 細く熱く吐く息で、花珠保のからだ中、全部に触る。時折、花珠保が髪を撫でるのが気持ちよくて頬を摺り寄せる。そうしながら指を伸ばした花珠保のその場所は濡れていて。 一志はぴたりとからだを寄せた。花珠保の無駄な贅肉のない細い太ももに自分自身を押し付ける。それを花珠保が触ろうとするのを止めず、ズボンの上から包むように触られて、気持ちのよさの行き場がないように花珠保の腕を強く掴んだ。 「あ、のさ。……怒る?」 「……え?」 「持……ってるから、していい? てか、いい、じゃん。したい。する……」 合宿の間はしない、とか。できない、とか。 一志がズボンのポケットからコンドームを出す。花珠保は目をそらす。 「ねー……ちゃんっ」 目をそらしたまま応じないのかと思った花珠保は、脱がされた自分の服を目で追って、 「もー……」 怒られる、とびくついた一志の肩に抱きついた。 「……わたし、も、持ってる」 「は……? マジで? ドコに?」 「同じ、とこ……」 ポケットの、中に。 一志は勢いよく、抱き付く花珠保をはがして睨んだ。 「うわ、ずっるー。なんだそれ、合宿中はダメってねーちゃんが言ったくせに……っ」 花珠保は目をそらしたまま顔を赤くする。一志に、叱られたようにすねた顔をする、から。恥ずかしくて泣きそうな顔をする、から。 「……まー、いいや」 花珠保は戻した視線で、 「しない……の?」 「する。したいって言ってるじゃん」 一志は花珠保の頬を触る。 ごそごそと少し離れた距離を急いで縮めて、まずそこからひとつになるようにキスをして。 以前はよく、痛がる花珠保の気をそらすようにキスをしながらからだを重ねたけれど。 もっと、とキスを続けたそうな花珠保から唇の距離を置いて、その代わりに、押し付けたそれを一気に花珠保の中に押し込んだ。 「……っ、ん、あ」 花珠保は声を上げて、一志は声を飲み込む。背中の傷が痛む度に花珠保を思い出して花珠保としたくて今は花珠保の傍にいる。 「っ、は…………っ」 声を、飲み込んで。入れただけでイきそうになる感覚を必死にやり過ごす。 しがみついてくる花珠保の、見た目には同じ身長で同じ体型で同じモノのようなのに、一志とは違うずいぶん柔らかい肌をなぞって気を紛らわす。 花珠保も、花珠保とは違う肌に触れて何かを思うんだろうか。 覗いた顔は目が合うと、どうしたの? といつもと変わらずに問いかけてくる。一志はそれで安心して、さらに自分を花珠保の中に押し込めるようにからだを揺らした。 「あ、あ……っ」 いつでも正面から抱きしめる。手を繋いで歩くよりもっと傍で、正面に相手がいればそれでよくて。 一志の背中にしがみつく花珠保がさらにしがみついてきて、いつもより少し早い終わりがもうすぐ来る、と、思ったとき。 「天沢ー?」 博則の、のんびりした声に呼ばれて動きを止めた。 隠れているドア一枚向こう側の気配に、かずし、と唇の動きだけで呼んだ花珠保を庇うように、隠すように自分の胸元に抱え込んだ。すぐに離れて取り繕うより、このままやり過ごせればいい。 花珠保は一志の胸に押し付けた手のひらを握り締めて目を閉じた。でもそうするほどからだの奥に入り込んでいる一志を感じる。声が、出せなくて、代わりに、ひく、と喉の奥が痙攣するように鳴って、かたくかたく目を閉じる。 一志だと、誰かにバレても、その相手が花珠保だとバレなければいい。 花珠保だと、誰かに知られても、その相手が一志だと知られなければいい。 それだけの、そういう関係なのだと思い知る。ただいつもより少しだけ、傍にいるだけ、なのに。これ以上は傍にいられないから、これで我慢している、だけなのに。 ふいに、ごん、とドアが叩かれてふたりして驚いて身をすくめた。 でも、それで諦めたように足音が遠ざかる。 「かずし……」 泣きそうな顔をして離れようとする花珠保を一志は離さない。ひたいに、髪の生え際に、髪に唇を押し付ける。そのうちに花珠保も一志の口元に、頬に、耳元にキスをする。 「……っ、あ」 博則が現れなかったところまでからだの時間を戻してもう一度、一志は花珠保に、花珠保は一志にしがみついた。 ドアの陰に隠れたまま、手を繋いで洗濯が終わるのを待った。手を、離そうとすると一志が嫌がったから、花珠保は、 「洗濯物、乾燥機に入れるだけだから」 言った通りの行動を済ませて戻ってくる花珠保に一志は右手を伸ばす。花珠保は左手で、手を繋いだ。 部屋に帰る途中に談話室を覗くと、一志を見つけた博則が寄ってきた。 「天沢、見たいって言ってたテレビ、もう終わるけど、どこにいた?」 一志は乾きたてのまだ温かい洗濯物を見せながら、 「ねーちゃんと洗濯」 「は? 洗濯? って、風呂場の横の?」 「そー」 「九時過ぎても天沢来ないから、僕、いろいろ探しにいったんだけど。あれ? あそこに……いた?」 「……いた」 「ずっと?」 「ずっと、いたっての」 「あれぇ?」 そうだっけ? と博則は腑に落ちない顔をする。 一志は嘘などついていない顔をした。 一志と花珠保が増えた傷跡とキスマークに気が付くのは明朝の話。その日の昼食時に顔をあわせたふたりはぽつりと同じことを呟いた。 「お風呂、ゆっくり入りたい……」 「風呂にゆっくり入りてぇ」 顔を見合わせて、 「一志は、ふつーに入れるでしょー?」 「わかるヤツにはわかるだろ。みんな広田みたにトボけてねーっての。実はちょっと自慢してもいーんだけど」 「それはやめてよ」 「だからやってないじゃん。ねーちゃんもシャワーでがまんしとけよ。見せるなよ。走ってるときも、ちゃんとシャツ、パンツん中入れろよ。見えたらどーすんだ」 「じゃあっ、つけないでよっ」 「ヤだね」 「もー、自分ばっかりそーゆーこと言うんだから。見つかったら一志に虐待されてることにしよう」 「やめろよ、おれ、ここじゃちょっと小さいけどかわいい一志クンでとーってんだよ。イメージ崩すな、みんなに悪いだろ」 「なに言ってんの……。どこがかわいいの」 「なんだよ、かわいいじゃん、ねーちゃんだってかわいいって思ってるだろ。かわいい弟じゃん」 「ぜんっぜん」 「えー」 「なにが、えー、なの」 「否定されて心が傷ついた……。お詫びにコロッケちょうだい」 一志は素早く花珠保の昼食のプレートからかすめ取る。 「え、ちょっと、それダメ。普通のコロッケはあげるけど、それクリームコロッケ。それは返して」 あれ? と一志は花珠保のプレートと自分のプレートを見比べて、間違えた、と素直に返しながら、 「ねーちゃん、おれのクリームコロッケもいる? おれ、から揚げちょーだい」 互いのプレートを覗き込む。 ふたりの秘密ごとはふたりだけの秘密ごと、だから。静かに密かに息を殺して隠し通す。隠し通さなくちゃ、と思うそれが本音で。 「天沢んとこ、キョウダイ仲いいよね」 同じテーブルに着いた博則がしみじみと言うのに対して、 「はあ!? よくないっての。ねーちゃん、姉貴ヅラして命令とか文句ばっかだし」 「じゃあ僕のところとあんまり変わらないか」 「そーそー」 「わたしおねーちゃんだもん、おねーちゃんが姉貴面してなんの文句があるの。一志なんかぜんぜん言うこと聞かないくせに」 「なんで聞いてやらなきゃなんないんだよっ」 「う、わ、その言い方むかつく」 昼食そっちのけで喧嘩を始めるこれも本音。