2―4



 和之がほんの少しでも動くたびに胸が上擦った。
「んっんっんっ……あ、んっ……っ」
 それまでよりももっと性急になにかが込み上げてくる。
 ヌチヌチと、ふたりで動くたびにいやらしい音がした。
「おねーさん、おねーさんっ」
 気を失いそうな感覚から、気遣って、和之が引き戻してくれる。
 ただ、その場所に和之が入ってるだけなのに、繋がってるの、そことそこだけなのに。からだじゅう、支配される。
 どうしてこんなことになってるのかとか、全部、どうでもよくなる。
 理性、手放した。
「イケそう? ねえ、おねーさん?」
「和之……」
「なに?」
「和、之……っ」
「なあに?」
 うわごとみたいな私の声、いちいち、和之、返事した。
 私が呼び続ける声、もどかしいみたいに、和之、体勢を変えた。正面から、抱かれて。
「ん、あっ……」
「気持ちいい?」
 聞いてくる和之のひたい、汗かいてて、そっと触った。
「和之、も……?」
「……そう、だね」
 私が触って、和之の息、あがった。
「あ、あ、あ……っ」
 和之、あがった息ごまかすみたいに私、抱くから。私の腰、抱えるようにして、もうそれ以上入らないのに、無理矢理、押し付けるように抱いたから。
 気持ちも心もなにもかも、本当はそこにしかないようにで、そこにしか、出すところがないようで。そこしか、受け止めるとこがないようで。
 でも本当にそうだったら、簡単なのにねって。
 たったコレだけのことなのにねって。
 一部と一部が触れ合ってるだけのことなのにねって。
 そう言ったのは、和之? 
 私が、そう思っただけ?
「……おね……さん。ごめん……もうっ」
 腕、引き寄せられて、和之、近付いた私のどこでもいいみたいにキスした。左肩の隅のほうだった。その勢いで腰、突き上げたから。
「んん………………っ!」
 どくんて、私、からだ、跳ね上がった。
 思い出せなくて、和之の指だけでイケなかったところに、たどり着く。快楽に麻痺したからだ、もう、ぜんぜん無意識に、まだ私の中の和之締め付けた。
「…………っ!」
 それで和之もイったんだと、思ったんだけれど。
「……ひ、ろ……」
 言いかけたのは、私の、名前?
「あ……」
 和之の喘ぎ、聞こえて。
 和之、私から、逃げるみたいに離れた。ずるりと引き出して、ひとつになってたふたりが、ひとりずつのふたりに、なった。
 和之、自分の腰抱え込んで座り込んだ。
「和……?」
「あっち、向いてろよ!」
 辛そうに叫んだから、私、くらくらするからだ起こして、
「ど……」
 うしたの? って和之、覗き込んだ。直後。なにか、私の右頬、掠めた。
 和之の……。
 私、自分の右頬、触ろうとして。
 和之にその手、掴まれた。
「触んなくて、いーから」
 懇願するように言われた、けど。掴まれなかった手で、触ってた。
 白い……。
 なにこれ、って、本当はちゃんとわかってて、そんな顔した私に、和之、やけくそみたいに言った。
「精液」
「……え?」
 聞き返したのは、別に、それが私に掛かったの、驚いたわけじゃなくて……それにも、驚いたけど……。
 和之、なにか、ものすごく我慢するみたいに顔伏せた。
「早く、流してくれないかなあ」
「……?」
 からだの中、まだ和之の感覚残ってて、ぼうっとしてて、
 首、傾げて、流すの、そうか、私の顔かって、考えてたら、和之、苛々してシャワーの蛇口ひねった。でも、苛々してるの怒ってるわけじゃなくて、なんか、もう、本当に我慢の限界って感じで。
 私の頭からシャワーかけて、喚いた。
「そんな、AV女優みたいに精液かけられてすごいことになってるくせに、なんかそーゆう目で僕見るのやめてくれる!?」
「そーゆうって、どーゆう……?」
 なんだかもうぜんぜん和之の言いたいことわからなくて、わからないうちに、どんて押されて、壁にもたれて、押し付けるみたいに、キス、された。
「んっ」
「裸でいやらしいカッコしてるくせに、今までさんざん乱れてたくせに、喘ぎ方も知らない処女みたいじゃん」
「……んっ」
 シャワーで目が開けられない。和之、どんな顔してるのか、わからない。
 キスだけ、される。
 ぜんぜん、からだの関係なんてなかったみたいに、唇、押し付けるだけのキス。
「処女ですって顔して、なんにも知らないみたいな目、して。……そっか、だからヤりたくなるんだ。ぞくぞくして、犯したくなるんだよ」
 ムリに、低くしたみたいな、声で。
「小川くん、だっけ。まだおねーさんに手、出してないなんて、男としてヤバいんじゃないの?」
 わざと、その名前、出す。
 和之が、キス、続ける意味……。
 和之が、私を抱いた、意味……。
本当の意味で、抱かなかった、意味……
 和之、自分でイった。
 ……なんで……?
 無理矢理、だったくせに。
 意味もなく、抱こうとしただけだったくせに。
 私のからだのことなんて、どうでも、よかったくせに。
「……コンドーム、あの人のときも、つけてなかった、よね……?」
 やっと、目、開けると、和之、私、見てた。
「和之、あの人の中に、出してたよね?」
 私の中には、出さなかった。はじめからそのつもりなんて、なかったみたいに。
 和之、顔色変えて、でもそれごまかすみたいに、手にしてたシャワーのヘッド、私に投げつけた。
「由貴子さんは……」
 言いかけて、言い直した。
「あの女は親父とやるときだってピル使ってんだよ」
 だから、平気。するほうも、されるほうも……。
 出しっぱなしのシャワーと私、浴室に置き去りにして、振り向きもせずに、
「中で出してもよかったんなら、今度からそう言ってよ」
 そんなことあるわけない。そんな返事、わかりきってるみたいに、私の返事、待たなかった。
 待たずに、出て行ったから。
「和之……?」
 こんなふうに、置き去りにされたから、
「……和之……?」
 シャワーの音だけする浴室、飛び出した。小さい頃、お化けとか恐くて、ひとりでトイレとかイ行けなかった感じ。なにかが背中から追い立てて来るみたいな感じ。
 お化けとか、そういうものが恐いって、それが恐い物だって、いつ、理解したんだろ。それまで「恐い」なんて知らなかったのに、どうやって、知ったんだろ。
 今も、そんな感じだった。
 こんな格好で、こんなところに置いていかれても、
 お化けが恐い、ってことだけ教えられても、
 嫌がってたくせに、抱かれて、気持ちよかったなんて口にすること教えられても。
 その後、どうしたらいいのかわからなくて。
「……僕、ここにいるから、ちゃんと洗っといでよ」
 和之、バスタオルかぶって、すぐそこに、立ってた。浴室のドア出て、そしたらそこに和之がいるといいなって思ってて、そしたら、ちゃんといた。
 そんなこと、わかってたみたいに、ちゃんと。
「や……だ」
 ひとりは、いやだ。
 私、なんか、子供みたいに言って、
「……だよね」
 和之、私の気持ち、自分も経験したことあるみたいにため息、はいた。
 最後には、自分も感じてたけど、でも、最初は無理矢理抱かれて、その後は、放っておかれて。つい今までからだを任せた相手に放っておかれて。
 冷たくされると、
 行き場がなくなる。
 ……心、の。
 行き場。
 やだ……放っておかないで。
 こんな気持ち、和之、誰と経験した、の……?
「由貴子さん、に?」
 呟いた私に、和之、ぎくっとした。
 でも、それきりで。なにも言わない。
 和之、自分の使ってたバスタオルで、私の髪、拭きだした。どこで覚えさせられたのか慣れた手つきで、からだ、拭いてくれて、ドライヤーで髪、乾かしてくれた。
「おねーさん、すっぴんだったんだ」
 そんなこと、いまさら気付いたみたいに、感心したみたいに言っただけだった。
 すっぴんの私の頬、触って、慌ててその手、引っ込めて。
 急に、和之、夕太と並んだ姿、思い出した。
 悪ガキが、ふたり。
 ……弟、だ。
 そんなこと、思ってた。
 そんなこと思った私のこと、見透かしてるみたいに、口数、減らしたままで。
 最後に和之が口を開いたのは、和之の部屋、出るとき、
「そのドア、鍵、開けて、そしたら、右足で隅のほう、そう、その辺、蹴飛ばしたら開くから」
 思い切りどーぞ、って言われて、思い切り蹴飛ばした。
 ドア、開いて、
「ばいばい、また、ね」
 和之の姿、ドアの向こうに消えた。

 そのまま、私には、和之の姿、ドアの向こうに消えて、もう、戻らない。
 ……戻らない。
 ドア、閉めて、全部、忘れた。

 ……忘れ、ちゃった。


2―4 おわり
















あとがき

 こんなところにあるあとがきに気付いてしまいましたね?

 はい。この話、……まだ続きます。もーちょっと続きます。
 ちなみに次からは、も少し、けっこうマトモな話になることでしょう……いえ、こんなにエッチばっかしてませんから、という意味で。
 このサイト上でのことに限ればエッチばっかしててもマトモなのか? なんか、よくわかりませんが。まあ、そういうことで……。