〜 7 〜



「……ぼくが、いいの?」
「リュウくんの手は、冷たいよ。だってリュウくんね、わたしがバカなの嫌いだよ」
 ユイを抱いてもキスをしない。ユイのからだを労わらずに、ただ欲望の処理だけにユイを使う。
「リュウくんは冷たくて、手が繋げないよ」
 ユイは誰に抱かれてもなにも感じない。
「みんな冷たい。サカエくんしか、暖かくない」
「ぼく……?」
 ユイは自分の手を眺めた。
「サカエくんがいい」
 それが恋愛感情なのかどうか、多分、ユイにはわかっていない。でも、サカエがいいといって、サカエのセーターの裾を両手で掴むから。
「そうだね……」
 サカエは、その冷たい手が、嫌いじゃない。
 サカエは、ユイを嫌いじゃない。
 そんなこと、誰よりもユイが一番よく知っていた。サカエよりもちゃんと知っていた。
 でも、馬鹿なユイ。
 幼くて、愚かなユイ。
「ぼくも、ユイちゃんがいい」
 だから、はっきり言うから。
「ずっと、一緒にいようよ」
 嘘はない。
「でも、リュウくんが……」
「ぼくと、いてよ」
 ちゃんと言えば、ユイには通じる。ユイは言葉を疑わない。そんなこと、誰よりもサカエが一番よく知っている。
「ずっと、いてよ」
「……ずっと?」
「うん、ずっと」
 もう誰にもユイを触らせない。
「ぼくの名前だけ呼んでよ」  サカエはユイのコートを脱がせた。サカエもセーターを脱いで、ユイの手を自分の首元に触らせた。冷たい手の感触に、吐息が漏れた。びくんと、そこが波打った。
「……っ」
 かすれた声で、
「ユイちゃんと、一緒だよ」
「わたしが、恐い?」
「……平気」
 ユイの首筋にキスをした。舌で舐め上げた。生暖かい感触にユイのからだが逃げる。逃がさない。
「い、や……」
 リュウには反応したことのなかったからだが反応する。ユイはそれが恐い。
「サカエ……くん……」
「……なに?」
「恐い、よ……」
「……うん」
 それでも。
「サカエくんが平気なら、わたしも平気……だよね?」
 ユイは笑う。
 ユイは素直な言葉をためらわない。……ためらわなくていいのか、と思う。
「ユイちゃんが好きだよ」
 簡単な言葉だ。
 サカエは自分でズボンを脱いで、ユイのスカートも脱がせた。引き寄せて、抱き締める。
ゆっくり、自分をユイに押し付けた。
 ユイもその感触は知っている。いつもリュウがするのと同じだ。男を受け入れるのに慣れたからだは、サカエを拒まなかった。……慣れている。でも、慣れていない。こんなに誰かを感じたことがない。
「あっ……」
 喘いで、ユイは声を飲み込む。飲み込もうとしているようだった。
「あっ……、や…………」
 飲み込めない。
「サカ、エくん……」
 飲み込めずに、飲み込む必要がなくて、うわごとのようにサカエを呼んだ。
 サカエは、ユイの声に犯される。自分の腕の中で自分の名前を呼ぶユイに犯される。その声で。ねっとりと自分を包み込む感触で。いままで、いつもこうしてユイを抱いていたのが自分ではなくリュウだったという嫉妬で。
 ユイのからだはもう無意識に濡れる。足をどれだけ開けばいいか、どうすれば受け入れやすいのか全部知っている。
「あ、あ、……あっ」
 でもこの声は。声だけは、男を煽るために躾けられた声ではなくて。
 誰にもなににも感じたことのないユイが声を上げるから。その声に、煽られる。
 奥に、深くに入り込んで、妄想ではないユイを感じる。いつも自分を慰めるためだけに使っていた手はユイの肌に触れる。
「う……んっ……」
 サカエを奥に感じてユイが声をあげるから。
 急速に近づいた距離に、もう、我慢ができない。
 どれだけ望んだのかわからない。
 こうすることを。こうなることを。
「…………っ」
 二人を見ているのはきっと、神サマだけだ。
 サカエは心細そうに揺れるユイの手を掴んだ。

      ◇

 薄暗くなった砂浜を歩きながら、サカエは自分の首筋を押さえた。ぴりぴりする。……神サマが見てる。
「ユイちゃん、帰ろう」
 繋いだ手を引くと、軽いユイはすぐにサカエの腕の中に納まった。
 本当にこんなふうにユイを抱き締められる日が来るのはいつだろう。
 今家に帰っても誰もいないはずだった。リュウはまだ帰ってない。母は三軒隣の奥さんと買い物帰りに話し込んだままで、父は休日だというのに仕事に行ったまま相変わらず帰りは遅い。サカエのからだは誰にも知られないまま大きくなって、誰にも知られないまま元に戻る。
 ……いつも。
 この知能に見合うだけの体が欲しいと、いつも誰かに願っていた。
 願っているだけだった。
 たかが身長や年の差を。
頭の中身を数字にしたのならリュウにだって負けないのにと、思っていた。でもそんな自信は物差しでははかれなくて、外見や常識がすべての世界では意味がなかった。
 ……こんなふうにその物差しの基準を満たしている今の自分でないと素直でいられないのなら、意味がない。
 ……意味のないことはもうしない。
 どんなに願ってもユイとの年の差は変わらないから、自分で、ユイと同じものを手に入れる。ユイと同じ、自分の物差しで見ることのできる目を手に入れる。自分の目の高さにあるものを自分で見極める。
 まず、なにをする?
 なにができる?
 ……なんでもできる。
「ねえ、ユイちゃん」
「なあに?」
「高校、行く気ある?」
「……行けないよ」
「行けるよ」
 ユイは小首をかしげてサカエを見た。
「じゃあ、行く」
 ユイはサカエを疑わない。サカエが行けるというのなら、行けるのだ。
 サカエもユイを疑わない。
「一緒に、勉強しよう」
 リュウではなくて。リュウの部屋ではなくて。
 ユイが笑う。
「すごいね、わたしが高校に入れたら、パパとママが喜ぶね」
 まずはそれくらいのことから始めよう。
 サカエにはできるから。
 他の誰にも干渉させない。
 ユイがユイであるように。
 ぼくはぼくのためのぼくになる。
 ぼくは、君のためのぼくになる。


おわり