「それにしてもユイちゃん、日に日にかわいくなっていくわねえ」
父は相変わらず残業でいない。夕食のテーブルで、母が感心したように言った。リュウがうなずく。
「だろ。小さくて髪真っ黒で化粧してるわけでもないのにさ、街で連れて歩いてるとみんな振り返ってくんだよ、気持ちいいったら」
「頭悪くてもあれだけかわいければいいわよねえ」
「そうそう、神サマってわりと公平なんだ、とか思うじゃん」
なあ? とリュウに同意を求められる。サカエは黙々と食べていたご飯を飲み込んだ。
「あれでかわいくなかったら、ユイちゃん、ひとつも取り柄なくて最悪だよ」
まったくだよなあ、とリュウが笑った。
「やっぱおまえ頭いいわ。それ至言じゃん」
「あら、でもユイちゃん心も奇麗よ、そう思わない? 小さな子供みたいに純粋なの」
「馬鹿でものごと深く考えてないからだよ」
サカエのせりふにリュウがぎゃははとお腹を抱えて笑った。母もつられて笑う。
「ユイちゃんもね、もう少し普通だったら本当に、よかったのにね」
「ホント、おかしーんだよあいつ。なんか答えカンペキな問題集見せてサカエとやったとか言うことあるんだぜ」
「あらそうなの? サカエ」
「……そんなの、ぼくにできるわけないじゃん」
バカバカしい、とサカエは顔も上げずに嘘をつく。
「だよなあ」
「そうよねえ、いくらサカエがおりこうさんだからってねえ」
サカエの嘘を誰も否定しない。
サカエは十二才だから。
ユイの勉強を見られるわけがない。
みんながそう思っているから、それらしくしておく。
(……ぼくは、ぼくのためにぼくでいるわけじゃない)
「そういえば、高校はムリだってユイちゃんのご両親残念そうに言ってたわ。かわいそうに、就職先もこのご時世じゃなかなか見つからないでしょうにねえ」
「仕事見つかったってあいつなんか役にたたねーよ。街もひとりで歩けねーんだぜ。オレが連れて歩いてやってんの感謝してほしいよなあ」
「あら、感謝してると思うわよ。それくらい、当然でしょ」
「だよなあ」
満足そうにリュウは胸をそらす。
サカエは最後のひと口をお茶で流し込むと、席を立った。部屋に戻って広げたままだった宿題を閉じる。算数のドリルの、簡単な問題だ。
『これだったら、わたしも、赤点とらないかなあ?』
帰り際、目にとめたユイが小学六年生のドリルを見て、真剣に言った。
ユイでも解ける問題。
ユイ、でも……。
思った途端、ドリルを投げつけていた。壁にぶつかって、ベットに落ちる。
どうしてか、結び直した赤いリボンのナイロンの感触を思い出した。
冷たいナイロンの感触は、からだの中央にあるものをぞっとさせた。
「……っ」
頭をもたげてくる感情がある。……感情? 違う。これはただの欲求だ。
リボンを結び直すとき、いつもユイの白い首筋が目に入る。乱暴に扱えば簡単に折れてしまいそうに細い、その細い首を、あのとき、サカエは乱暴に締め付けていた。
あのとき……。
リュウの酷い行為に泣くユイを見ながら、サカエは自分を慰めていた。ズボンのジッパーを下ろし、張り詰めたものを自分の手で握り締めた。
五年生の夏休みだった。遊び疲れて帰ってくると、母は夕食の買い物に出かけていた。父はまだ会社から戻っていない。階段を上っていくと、リュウの部屋のドアは少し開いていて、リュウの声だけがした。
「ユイ……おまえ、声、出すなよ」
切羽詰ったような声を何事かと思って、覗いた。
最初に見たのはユイの泣き顔だった。ユイが泣くようななにをしているのかわからない。
「兄さ……」
部屋に踏み込もうとしたとき、ユイの声を聞いた。
「……んっ……」
泣いて苦しんで、ようやく出した声は悲鳴だったのに。
リュウはユイにまたがり、まだブラジャーも必要のない胸に吸い付き、ろくにユイのからだを慣らさないまま勢いだけで腰を進めた。ユイの足を開いて、ユイの中に無理やり入っていく。
「リュ……っくん……っ」
悲鳴だ。
「黙ってろよ!」
悦の入ったリュウの表情とはまるで違う。ただ痛みだけがユイを支配していたのに。
ユイはなにをされているのかなんてわからなくて、乱暴な行為に泣いていたのに。
「あ……あ……!」
喉から搾り出すようにやっと出てくる声を、リュウは力でねじ伏せた。ユイの喉を締めて、
「声を出すな。絶対だぞ」
リュウの腰の動きに弄ばれながら、ユイは黙ったまま硬く閉じた瞳から涙だけを流した。
「…………あっ」
それでもどうしても時折もれた声にリュウはますます昂ったし、サカエは立っていられなくなった。からだから力が抜けていくようだった。勃ちあがったそこだけがどうにかしろと主張する。
「おまえ、生理まだだよな」
聞きつつも、確認を取る気などリュウにはなかった。ユイの小さなからだには、高校受験の近付いた今になっても生理は来ていない。
リュウのからだも腰もさらに乱暴に動いた。自分の欲求を満たすためだけに、ユイの中でイった。
サカエは動けずにずっと見ていた。
ユイはその行為にほんのすこしの快楽も感じていなかった。締められた喉の隙間で喘ぐように呼吸を続けて、やっと酷い時間が終わる。
ユイは嗚咽を飲み込みながらシーツを握り締めていた。だらしなく開いたままの足は自力で閉じることができないようだった。
リュウが腰を退くと、ユイの中から赤く濁ったリュウの精子が流れ出てきた。
ユイの中にリュウがいたのだ。
サカエは自分の部屋に駆け込んだ。自分で自分を握り締めた。……リュウのこれが、ユイの中に入っていた……。
自分で自分の欲望を処理する。でもそんなことをしたのは初めてで、どうやったら上手いのか、どうやったら気持ちいいのかなんてまだ知らない。
記憶に残ったユイの微かな声は、耳の奥で何度もサカエを煽った。煽られて、サカエはユイの中を想像した。手の中にあるものをユイの中に入れたらどんな気分だろう。
「…………っ」
リュウではなく、自分に抱かれたユイはいったいどんな声を出すだろう。
そうして、
想像の中で、どんなふうにしたらユイを泣かせないですむか、想像した。
座り込んで壁にもたれてからだを丸めて、声を殺してひとりで達した。その瞬間は苦痛なのか快楽なのか、わからなかった。区別がつかなかった。溜めたものを放った瞬間は気持ちがよかった……ような気がする。でもすぐに意味もなく込み上げてきた罪悪感は苦痛で、そのままひざを抱えて泣いた。
せめてユイも、ほんの少しでも、自分を放つ瞬間を気持ちいいと感じられればいいのにと泣いた。
辛いだけのあの行為には意味がない。
意味なんて、ない……。
ここでこうして泣いているだけの自分にも、意味がない。
今でもユイは意味のない行為を強制し続けられていた。
隣の部屋からユイの声は聞こえない。行為に慣れたわけではないはずだった。慣れて、少しでもなにかを感じるなら、そんな声をユイが押し殺せるはずがなかった。
歪んだリボンだけが二人がなにをしているかを物語る。
サカエはあれから二度と、ユイのいるリュウの部屋を覗かない。
行為の済んだユイはいつもけろりとしてサカエの部屋にやってくる。涙のあとはない。リュウに言われるまま声も出さず、泣くこともやめて。
ユイにはサカエの入り込んでくる異物感と痛みがあるだけで。未だにその行為の本当の意味を知らない。
馬鹿なユイ。
リボンもまともに結べないユイ。
でも。
そんなユイよりも、からだも年も小さな自分。
そんなユイの赤いナイロンのリボンの感触を思い出しては、自慰に耽る自分。
ユイの声を思い出す。
思い出すユイはいつも泣いていて、だけど自分を止められなくて、罪悪感の中でユイを抱く妄想に耽る。
「ん…………っ」
いつもその瞬間は呼吸が止まる。それから大きく喘ぐように呼吸する。
生暖かい精液をティッシュに包み込んで握り締めた。
呼吸が整うのを待ちながら思うことは、いつもひとつだけ。
(……神様……)
公平な神サマにいつもお願いしていることがある。
公平な神サマは、いつその願いを叶えてくれるんだろう。