別窓で開いています



こちらのお話は、他のおはなしと毛色が違っておりますですのその2です。
「赤ごと戀けゴト」を書いたはいいんですがなんだか気になったその後のお話です。
フォローしたかったのかどうなのか、というかフォローになんてなってませんが……。
性的な描写はありませんが、ヤバげな言葉遣いがありますのでやはりR-18指定とさせていただきます。18歳未満の方は窓を閉じてください。
後味は引き続き……多分、悪いです。
そんなおはなしでもよろしければどうぞ、読んでやってみてください、です。


→こちらから
































   ひゃく日、紅い。




「まあるく白く、できたてのコフキイモみたいにほっこり咲いてればよかったのに」

 自分で呟いて、ヒロはそれがどんな花か考えた。
 まあるい感じを、両手で作ってみた。
 白い色を思い浮かべてみた。でもどうしてだろう。なぜか、なぜだか、赤い色しか思い浮かばない。
 赤しか、浮かばない。
 違うだろ。
 違うだろ。そんな色じゃない。白だ白だ白色だ真っ白で柔らかくて暖かい。温かい。どっちだっけ。どっちの字だっけ。どうでもいい。あたたかい。あたたかそう。きっと、あたたかいにちがいない。
 なのに赤。
 思い浮かぶのは赤ばかり。
 ……じゃあいいよ。ぜんぜん違うけど、その色でもいいよ。でもきれいな色がいい。きれいな色がいい。きれいな色じゃないとよくない。だって、だって、きれいじゃないと意味がない。ぜんぜん、意味がない。
 赤い色を思い浮かべてみた。どんな赤がいいだろう。
 ふと、目にした赤い、色が。
 窓の向こうで咲いてた色で。
 見上げた、その色でいいや、と思った。赤より赤い気もしたし、赤より白い気もした。触ると柔らかそうだった。花びらがひだひだしていて、ひらひらしていて、たとえば咲いても裂いてもひらひら、どこかに風で飛んでいってしまいそうで。
 ……ああ、でも。
 握り締めたら。
 力いっぱい握り締めたら。
 にじみ出てきた汁にまみれて。
 さらさらひらひらしたキレイな花はきっと、握り締めてしわしわになった皺の黒い線だらけになってしまって、にじみ出た自分の汁できたなく汚れてしまうに違いない。
「……なんだ」
 なあんだ。
「けっきょく、自分が汚いんだ」


「    」


 空白の言葉を呟いた。
 部屋の隅の壁にもたれて座っていた。ごろんと、横になった。視界が回る。からだが回る。でも、窓の外に見える色は変わらない。咲く花は変わらない。
 なんていうはなだったっけ。
 花……はな。
 ……はな?
 ちょっと違う。
 なんていう、木、だったっけ?
 そう、木の名前だ。花の名前じゃない。
 なんていう木だっけ? と聞いたら、教えてくれた。
『百日紅だよ』
 サルスベリダヨ。
『花が咲くとかわいいよ』
 そう言って笑ったから、思わず見とれた。かわいくて、見とれて。見とれてばっかの自分が恥ずかしくってごまかすみたいに慌てて言った。
 どんな花が咲いたっけ?
『毎年きれいに咲いてるよ? 覚えてない?』
 花なんて見てない、覚えてない。
『そう? じゃあ来年はちゃんと見なさいね』
 また笑った。笑った。
 もっと笑えばいい。花みたいに笑えばいい。
 花はいつ咲く?
『夏だよ』
 夏か。
『そう、夏だよ』
 そう言って、夏を想うように遠くを見て口を閉ざした。
 なんだよ、もっと喋ってよ。どこ見てんの、こっちを見てよ。ねえ、ねえ。ねえ。


「   」


 ごろんと、横になったまま。名前を呼んだ。何度も呼んだ。
 思い出すのはかわいく笑った顔ばかりだし。思い出すのはころころしたかわいい声ばかりだし。思い出すのは……。
 ごろんと見上げた窓にはサルスベリ。ひだひだくしゃくしゃした花が咲いている。
 咲いてるよ、ねえ。
 見においでよ。おれはちゃんと見てるよ。見なさいねって笑ったじゃないか。笑ったよね? だから見てる。見てるよ。だから。だから一緒に花を見て笑ってよ。お花見しようか? って言ったじゃない。
 なにそれ、お花見?
『きれいに咲いたら、お弁当作ってあげるよ』
 はあ、なにそれ、家の庭で花見すんの? 夏でしょ、暑いじゃん。
『昔、よくおままごとしたのの延長だと思えば?』
 いい年して、笑って言った。おままごとだなんて、笑って言った。
 はあ!? おままごとぉ?
『そう。あ、なんか楽しそうになってきちゃった。ヒロの好きなあれつくってあげるよ。ほら、ポテトサラダ』
 ……いも。
『好きでしょ?』
 ……好きだけど。
『でもヒロ、おいも、マヨネーズとあえる前が好きだよね。できたてのこふきいもにお塩ちょっとふって食べるのが好きだよね』
 ……だっておいしいじゃん。
 ほくほくしてておいしいじゃん。
 そうだねおいしいね、と笑ったから、ヒロも笑った。


 ヒロは泣いてた。
 泣くのに目を閉じると、笑顔ばかりを思い出す。悲しいから目を閉じるのをやめた。だって、もしかしたら、目を閉じてた間に来ちゃうかもしれない。花を見にやってきて、目を閉じていた知らない間に帰っちゃうかもしれない。
 そんなことさせない。帰さない。
 来たらまた笑ってもらうんだ。別に笑ってる顔がすごく好きなわけじゃない。すごく好きなわけじゃないけど、でも、笑った顔を見ると、どこか、肋骨の内側の奥のほうがむずがゆくなるみたいな気持ちは嫌いじゃない。素手でなぞりあげられたみたいにぞっとする。そういう感覚は嫌いじゃない。
 だからもっと笑ってよ。笑ってよ。
 それは真麻とヤってるより、ほんとうはぜんぜん気持ちいい。どきどきして、イク寸前みたいで、もうすぐの絶頂を想像してそれだけで。それだけで、気持ちいい。笑ってくれるだけで、ソコまで一気に押し上げられたような気持ちになるから。
 だから帰さない。今度は帰さないで。
 笑ってくれたら一気にイけそうになるから。イかせてよ。ねえ、ねえ、中でイかせてよ。
 ほんとうはイキたくなんかないんだよ。ほんとはずっと中にいるのがいい。でもきっとそんなのガマンできない。
 お弁当持って花を見に来て笑ってよ。手を掴んでも嫌がらないで。
 嫌がらないで。


「   」


 ヒロは窓の外を眺めた。名前を呼んだら、誰かが、窓をのぞいたような気がした。
「……やっと来た」
 ヒロが笑ったら相手も笑った。
『花、咲いたね』
「うん」
『さるすべり、だよ?』
「うん」
『今日も暑いね』
「うん」
『ヒロの部屋、涼しい?』
「うん」
『入っていい?』
「うん」
 小さな子供だったときのように、よっこいしょ、と窓越しに入ってきたからだを抱きとめた。柔らかい。あたたかい。
「   」
 名前を呼んだら、笑った。想像なんかより、思い出してたときよりかわいく笑った。
「ねえ、ねえ……」
 抱きとめたまま、抱き締めた。
『ヒロ?』
「……うん」
『ヒ、ロ? どうしたの?』
「……う、ん」
 どうしたの? と覗き込んでくるかわいい顔が、
「かわいいなあ、と思って」
『やだばか、なに言ってるの』
 口調は真麻に似てるのに。
 顔も真麻に似てるのに。
 声は真麻とそっくり同じなのに。
「かわいい。すごい、かわいい」
『ばか言ってないで。離して』
「ヤダ」
『ヒロ』
「ヤダ。絶対ヤダ」
 子供みたいに駄々をこねて、やわらかいからだを抱き締めた。
 いいにおいがする。
 髪はさらさら。肌はするする。
 すべってうまく抱き締められない。
 ヒロは泣いていた。
 だって。
 だって、やわらかな、からだの感触はあるのに。


「…………真子姉?」


 まるで花びらを抱き締めたみたいだった。花びらなんて抱きしめたことないけれど、花びらを、抱き締めたみたいだった。
 サルスベリのひらひらした花。ひらひらひらひら、その、花の大きさに見える花。
 手を伸ばしてむしり取ったら、掴んだら、握り締めたら、くしゃりとくしゃくしゃになってほんのちょっとになった。手のひらの中で、ぐちゃぐちゃの赤だかピンクだかの、握り締める前は花だったものに、なった。
 ぐちゃぐちゃの、花の、植物の、緑の、青臭いにおいがした。


「……真子姉」


 真っ白な肌だった。
 その肌は、真麻のよりずっとぞくぞくした。なんだっけ? ああ、そう。欲情するってこういうことを言うんだと思った。
 ガマン、できなくて真麻とヤったけど。別に真麻でもよかったけれど。
 真子の真っ白な肌をヒロが刺した。すぐに赤くなった。
「……なんだ。あの赤色か」
 白い、イメージのはずなのに。そこにどうしても赤い色がかぶるのは。
「おれが赤くしたんじゃん」
 キレイだった白い花を。あたたかかったやわらかいからだを。
 べとべとの赤い色にした。血の気の引いた冷たいからだにした。触れば緊張してからだをかたくした。ヒロじゃないものを見る目でヒロを見た。


「……まだ、生きてる?」


 そういえば、痛みと貧血に喘ぎながら助けて助けて助けてとばかのひとつ覚えみたいに言ってた、あのひと、は誰だったんだろうとなんとなく考えた。
「真子姉……」
 真子と同じ顔をしてた。真子と同じ声をしてた。
 でも真子はあんな目でヒロを見たことがなかったから。
 ほんとうは、ヒロが刺したのは真子じゃなくて真麻だったのかもしれない。じゃあ血まみれの中でセックスしたのは真麻じゃなくて真子だったのか。どうだったのか。
 ……どう、だったんだろう。
 おれ、真子姉とヤったっけ?
 違う、ヤってない。そんなこと、もしヤったなら覚えてないわけがない。だって優しくした記憶がない。嘘だ。優しくする。優しくするよ? そうして一生忘れない。ほかの誰とヤっても、ほかの誰を忘れても、忘れない。絶対に忘れない。
 寝転んだまま、天井に掲げた自分の手のひらは、汚れてた。
 ……サルスベリの、花だっけ?
 花をむしり取って、それでぐちゃぐちゃに握り締めて、それで、汚れたんだっけ?
 ……においは、なんの、におい、だろう。
 想像した花や木の青臭さはなかった。
 なんの、におい、だろう?
 真子の血のにおいを。
 なんの、においだろう?
 なんで、汚れてるんだろう。
 真子の、血で。
 なんで、汚れてるんだろう。
「真子姉、かわいい」
 でも殺した。
 ……あれ? 殺したっけ? 死んだっけ?
 真麻じゃなくて真子を。
 欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて。
 どうしても欲しくてしかたなかった気持ちも死んだっけ?
 真子が死ねば死ぬんだと思った、っけ?
 ……死んだのかな。どうなのかな。
 死ねばいいと、思ったんだけど。
 だから……。
『……ヒロ』
 血まみれで、助けて、と言った真子を。
 殺そうと思って。
 繋がりかけてた電話を切った。
 そのまま放ってきた。
 自分の部屋に、なにもなかったみたいに帰ってきた。
 なにも、なかったみたいに、なにもなかったならそれでよかったけど。
 手が、汚れてるのは百日紅のせいじゃなくて。
 なのに百日紅は満開で。
 思い出すのは真子のことばかり。
 こんな赤い花咲いてなかったら思い出さなかったのにどうでもよかったのに真子の笑顔なんて思い出さなかったのに真子が作ってくれるポテトサラダのことなんか思い出さなかったのになんだよなんだよなんだよ!
 こんなハナなんてただしろくてきとーにさいてればよかったのに。
『ヒロ』
 白い、肌は赤くなった。
 白い花じゃなくて赤い花だった。
 なんだかもう、そういう、ことになってて。
「もう……死んじゃった?」
 そんなの知らない。わからない。
 死んだなら、真子が、いなくなったなら。すっきりすると思ったのに。
 どうして真子のことばかり考えるんだろう。
 いても、いなくても、そのことばかり考えるなら、いるのといないのとどっちがいいんだろう。
『……ヒロ』
 同じ声なら、真麻にもある。
 同じやわらかさなら真麻にもある。
 真子じゃなくても。
 真子じゃなくても。
 真子じゃなくても……真子が、いい。
 こんな感情はいらない。面倒くさいと思うけど。なくすのは我慢できない。心が痛くて、涙が溢れる。止まらなくてぐちゃぐちゃで。
 涙と。涙を拭こうとして混じった真子の血を見てまた泣いた。泣いてばかりで止らない涙のように、真子はまだ血を流してるんだろうか。もう手遅れなんだろうか、もう、死んじゃったんだろうか。生きてるのは、ヒロの気持ちばかりなんだろうか。
 ヒロはずっと持っていた携帯電話を、リダイヤルした。かかったそこに、泣き声で訴えた。
「真子姉を、助けて」
 真子が、どんなに助けてと言っても助けなかったのに。だからもう、死んでるのかもしれないのに。
「助けて。真子姉を助けて。助けて助けて助けて」
 助けて。
 何度も何度も繰り返して「タスケテ」という言葉の意味がわからなくなるくらい助けてと繰り返して、繰り返した。
 大事なのは。
 大切だったのは。
 ほんとうは、真子じゃ、なかったことに。
 途中で気が付いた。
 気が付いて、ふと冷静になって、助けてとばかり叫ぶのをやめて住所を告げた。

 助けて。
 真子姉を助けて。
 真子を強く想っているこの心を助けて。
 あのひとがいなくなったら、壊れちゃうから。壊れる前に、助けて。
 ひゃく日でもにひゃく日でもいっせん日でも赤い紅い夢を見そうなヒロを助けて。
 ……おれを、助けて。
 
 あのひとのあとでいいからおれをたすけて。

「真子姉を助けて」


おわり



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