8.30(土曜日) サイト仮死状態中で申し訳ない、とは思っています、です。
ふと、小話。
→立野さんお見合い(?)してたよ編。
そう言えばね、なっちゃんと高橋君、ちゃんと付き合いだしたんだって、という話をすると、植田くん、
「望月が、なんかハロウィンのなんたらのときに、高橋がなっちゃんといたー、って言ってたけど」
「そうそう、そのとき。学校でハロウィンやってたんだって」
「イマドキの学校はそんな祭りもするのか」
みたいだねえ、って返事をしながら。大きな本屋さんのひと気の少ないコーナーで、植田くんが手にした本、覗き込む。そうしたら植田くん、本を見やすいように傾けてくれながら、本の内容を、
「わかる?」
「んー? ぜんぜん。もう、なんか、書いている意味がわからない」
たいへんだねえ、という意味を込めて言うと、そうでもない、という顔をした。
『資格・検定』のコーナーで、植田くんはテキストや問題集をわりと真剣に見る。ナントカという試験に受かれば、職場で上の役につけるようになる、し、手当も付く、んだって言ってた。
「わたしも、パソコンとか簿記とか、受けてみようかな」
目に付いたテキストを手に取ろうと何気なく手を伸ばす。……あ、れ。届くと思ったのに届かなくて背伸びをしたら、
「これ?」
植田くんが、取ってくれた。
「ありがとう」
ぱらぱらとページをめくる。でも、植田くんほど真剣になれなくて、すぐ隣の植田くん、突いたら、なにも言わずにテキストを元の場所にしまってくれた。
植田くんはテキスト探すのに真剣。邪魔できない雰囲気に、こっそり場所を移動する。漫画とか、小説とか、エッセイのコーナーをうろうろしてたら、めずらしい、ひとを、見かけた。
でも、見かけただけで声もかけなくて、最終的になっちゃんがいつも買ってる映画雑誌を立ち読みしていたら、
「立野」
呼んだ植田くん、手にはもう、紙袋に入った重そうな本抱えてた。
「あ、もう買っちゃったんだ」
「立野もなんか欲しかった?」
「ううん。それより、わたし、探した?」
勝手に動いてごめんね、と言おうとしたら、
「マンガんとこいって、小説んとこ探して、それからエッセイんとこのつぎに、ここに来た。ここでいなかったらどうしようかと思った」
それくらい大きな本屋さんで、わたし、吹き出した。
「すっごい、植田くん、エスパー?」
本屋さんを出ようとして、エッセイのコーナーを横切る。
なんとなく、さっき見かけたあのひとを探す。そんなわたしに、植田くん、すぐ気がついて、どうした? って聞いてくるから、何気なく。ほんとうに何気なく、
「さっき見かけた人がね、お見合いしたひと、だったか」
ごと、って植田くん、本を落としたうえに、落とした本が自分の足のすねに当って、本を拾う素振りでうずくまる。
「大丈夫?」
「いやいやいやいやいやっ」
「え、大丈夫じゃないの?」
「そうじゃなくて」
植田くん、まるで敵に囲まれた状況にでもいるみたいに、きょろきょろする。
それから、なんだか、泣きそうな顔で、うずくまったままわたしを見上げた。
本屋さんの、エッセイのコーナーで、
「お、見合い?」
と聞かれたから、
「うん? お見合い」
「したの??」
「え、って、ええ!?」
やっとわたし、植田くんの状況、というか心情、理解して、慌てて首も手も振った。
「したって、そんなの、もう何年も前の話だよ?」
会社に入った頃で、出入りしている業者さんからの話を断れなくて、と言おうとしたら、まて、と植田くんに身振りでされて口を閉じた。
「そいつ、今、その辺にいるの?」
「え?」
どうかなあ、と思いながら周りを見る。あ、いた。
「ほら、むこうに、三人いる右端のひと」
友達と一緒に、なにかの本を探しながら、おとなしそうに、柔らかく笑っている。そのひとが、ふと、こちらを見て、目が合った。
あ。
と言いたげな、目線。素振り、口元。
……どうしよう、会釈くらいしても……と思ったとき、すごい勢いで立ち上がった植田くんに、すごい勢いで手をつかまれて、すごい勢いで本屋さんを出た。
そんなわたしたちを見た、あのひとの、顔。
びっくり、したみたいな。微笑ましいものを見た、みたいな。それからなにかを、あきらめる、みたいな。
わたし、ざかざか引っ張られたまま、本屋を出て、新商品が出たから寄りたかったファーストフード店通り越して、後で寄りたいって言ってた雑貨屋も通り越して。
人待ちの多い赤信号で立ち止まって、植田くん、
「それで?」
って言った。
「え?」
なにが? と植田くん見たら、
「お見合い、ヤツの条件っ」
……条件?
えええと? たしか。
「ご両親は健在で、なんかすっごいお金持ってるからそこのところは大丈夫だって言われて、彼、も、もうマンション持ってて、だから同居じゃなくていい、とか」
「ふうん」
……ふうん、て……?
「え、あの。ちゃんと断ってるし、断られてるよ?」
植田くん、ぎょっとして、
「断られたの? あいつに? 立野が?」
「え、だから、わたしも断ってる、んだけど……。って、最初は断れる雰囲気でもなかったんだけど……」
「あの、だからね、業者さんがまーまー気軽に、食事でも、っていうから、ね。わたし、その相手のひととふたりで食事、だと思ったの。だったら、友達に紹介されたと思って気楽に行けばいいかって。でも行ってみたら、えええと、あの、業者さんのお宅、でね。業者さん、お見合いセッティング趣味、みたいなひと、でね。だから業者さんのご家族もそういうのに慣れてて、ね」
どうしても、新商品が食べたかったから戻ったファーストフード店で、わたし、ハンバーガーの包みをぱりぱり開けながら、
「わたし、すっごい気軽に身軽に行った、ら、ね」
植田くん、目の前のハンバーガーにもポテトにもコーヒーにも手をつけないまま聞いてる。あの、冷めちゃうよ? って顔をしたら、植田くん、ポテトをひとつつまんで、
「あーん」
て言う、から、口、開けたら、ポテト、食べさせられ、た。
そのポテト、飲み込んで。包みを開けたハンバーガー、
「あーん?」
て言いながら植田くんの口元、持って行ったら、ぷいって横向いた。
ええと……。
怒ってるの? な、なんで? って聞いたら、
「続き」
「え?」
「話、続き」
トン、とテーブル、人差し指で叩いた。
わたし、椅子の背もたれにもたれて、ハンバーガーひとくち、かじって飲み込む。……わ、あ。辛いっ。辛さが売りにしても辛くて、ハンバーガー置いてアイスティー、飲んだ。
「あのね、すっごいおとなしいひと、だったの。もーぜんぜん喋らなくて、その食事会でも、わたしそのひと以外のひとばっかと喋っててね、だから」
だからけっきょく、その後に何回か会っても、続かない会話にちょっと、疲れたり、して。
「会話が成り立たないってことは、そのひとのこと、いつまでたってもよくわからないってことで、だから、断った、んだけど」
植田くん、わたしかのハンバーガー取り上げて、代わりに自分のチーズバーガー、わたしの手の中に押し込んだ。辛くて、もう食べたくなかった、から、取り換えてくれて、
「……ありがとう」
喋らなくても、伝わることもあるけれど、そういうのは、それまでに、これまでにたくさん、喋ってきた、から。なにが好きで、なにが嫌いで、なにが得意で、なにが苦手で、なにをどう思って、なにをどうしたいのか。
チーズバーガーと植田くん、見比べて、ちょっと笑った。
「そういえば、高校生の頃って、わたし植田くんにいくら話しかけられても無視、してたよね」
ろくな会話、したことなかった。
……でも。
くすくす、笑ってると、植田くん、やっとわたしを見た。ちょっと機嫌、直ったみたいに、怒ってたっていうより、もしかしてすねてた、みたいに、
「俺のこと思い出して笑ってんの?」
「え? うん」
「ならいーや」
わたしの食べかけのハンバーガー、ひとくちで半分くらい食べる。辛っ、て言う。自分のコーヒーじゃなくて、わたしのアイスティー、ちょうだいって、言って飲む。
「ねえ、辛過ぎるよねえ?」
でも、となりの席のこども、平気な顔して食べてる。すごいねえ、ってまた笑ったら、植田くん、窓の外見て、本屋さんのほう、見て、
「立野が喋ってくれなくっても、あんま、関係なかったかなあ」
学生、の頃の話、
「俺が、立野に興味あっただけ」
わたし、も。あの頃、植田くんに返事をしなくても、したくなくても、それでも、
「うん、興味、は、あった、よね」
植田くんみたいなひと、好きじゃなった。でも、気になった。興味が、あった。
「……そっか、興味、が、なかったんだ」
まるで反対のこと、ぽつぽつ呟いたわたしに、植田くんが変な顔をした。だから、
「植田くんには、ずっと、興味があった。でも、あのひと、は、興味がなかった、んだなあって」
だから、
会話が続かなかった。続ける気もなかった。どうでも、よかった。おとなしくて、静かで、やさしそうなひとだったから、ほんとうに喋るのが苦手だったりヘタだったりしただけだったのかもしれないけれど、でも。
「最初にね、植田くんみたいなひとに興味持っちゃったから、その辺、麻痺してたのかも。すっごい押されないと、安心できなくなっちゃったんだよ」
「安心?」
「このひと、わたしのこと好きかなあ、って」
正直に、言えば、
「お見合い、して。でもそれって、飲み会とかして気があってそれで連絡先教えあって、って言うのは違って、ただ、知り合って……知り合ったから、連絡先を知ってて、連絡取り合って、それで会う、ってね、ときどき、わたしなんでこのひとと会ってるんだろうなって、思うことがあったの。好きでも嫌いでもなくて、ただ、知ってるだけのひと、と。……お見合いだって、好きになれそうな人とか、好きなタイプとか、興味のあるひととかと結婚、したい、よね?」
恋愛が結婚に結びつかないときがあるように、お見合いが結婚に結びつかないときだってある。
「そういうわたしの態度、ご両親のほうが先に気が付いたみたいで、ご両親のほうからね、今回はなかったことにって、言ってきてくれたの」
植田くん、はあ? と身を乗り出して聞き返してきた。
「ご、両親?」
と、聞かれて、
「え、うん、向こうのご両親」
「挨拶とか済ませてたの?」
「というか」
「……と、いうか?」
ええええと。
「だから、業者さんがセッティングしてくれた食事会、でね」
「立野、すっごい身軽に気軽に行ったって言わなかった?」
「うん、だから、わたしはひとり、だったんだけど、とにかく行ったらね、なんかね、なんとね、その業者さんご夫妻と、業者さんの娘さんご家族……と、相手のひとと、そのご両親、が勢ぞろいで揃っててね」
「……立野はひとり?」
「そー。だからね、なんかね、もう逃げ場ない感じでね、なにこれ完全アウェイ状態!? って心の中で叫んじゃった」
ぶ、って植田くん、口をつけかけていたコーヒー、噴出しそうな勢いで笑った。隣の席のこどももびっくりするくらいの勢いで笑って、そのままずーっと笑い続けるから、わたし、間が持たなくてチーズバーガー、半分くらい食べた。
やっと笑うのやめた植田くん、それでもまだ笑いたそうに、
「そりゃ立野、あれだ。あっちの親も必死だったんじゃん? おとなしい息子にどーにかして嫁さんを、って」
「うん、ご両親はね、すっごい気に入ってくれたみたい。おとなしくていいお嬢さんですねーって」
「え、おとなしい?」
その認識間違ってる、といいたそうな植田くんを睨みながら、
「初対面でわざわざおとなしくない自分を演出したりしませんー」
「それはまーそうか」
「それはまーそうなのっ」
でも、けっきょく、
「わたし別に、ご両親と結婚するわけじゃないし、そもそも、あのひとがわたしのこと気に入ってくれたのかどうかもわかんなかったし」
「気に入らなきゃ、飯には誘わないだろ」
「そうかな?」
「そーだろ」
「でも」
でも? と聞き返されて、
「おとなしいわたし、を気に入られても、ねえ」
初対面のままのわたし、は、うわべの、わたし。そう言えば、でもそれも立野だろ、と、言われた、けれど。それはそうだけど。
「植田くんが知ってるわたし、が、わたしは好き」
おとなしいわたしを気に入ってくれたあのひとたちは、苦手、だった。
「わたしの好きなわたしを、好きになってくれるひとが、いい」
「俺が、いい?」
どこから機嫌がすっかり直ったのか、植田くん、ニヤニヤしながら聞いてくるから、テーブルの下で、植田くんの足、さっき本を落とした同じところ、蹴飛ばした。
「植田くん、で、いいよっ」
植田くんはやっぱりニヤニヤと笑ったまま。俺は立野、が、いいよ、って言った。
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