** 出会い(中学生)**


 早く、とたか子に急かされて、幸恵と一緒に廊下を走った。
 渡り廊下を駆けて渡って、どういう設計なのか、渡り廊下を渡りきったところにある段を一段、飛び降りる。
「あ」
 とたか子と幸恵が同時に声をあげて、
「え?」
 と思ったときには。
 段を飛び降りた勢いのまま、ぶつかっていた。
 誰かと。
 ……誰と?
 中学一年生の夏、だった。
 体育の授業はプールだった。着替えに時間を取ってしまって慌てて教室に戻るところだった。
 由羽は、ぶつかった相手にしたたかにぶつけた肩をさすりながら。
 由羽にぶつかった相手が、なぜか、ほほを、さすっているのを見た。
 相手の方がずいぶん身長は高くて、由羽の肩と、相手のほほが、ぶつかるわけがない。そんなわけがない、ことはわかっていても、咄嗟に、
「ごめ……っ」
 んなさい。とかけた言葉に、相手の言葉がかぶった。
「冷てぇ」
 ぶつかった相手は、由羽の肩とぶつかった腕の、痛みよりも、濡れたままの由羽の髪から飛んだしずくを気にした。
 プールの、匂いが、する。
 由羽は急いでハンカチをスカートのポケットから出して。
 でも、出したハンカチで、まさか、名前も知らない、男の子の、頬を、拭いてあげるわけにも、いかなくて。
 相手も、まさか、拭いてほしくて言ったわけでも、なくて。
 なんとなく見合うこと、数秒。
 由羽はあらためて、相手の顔を見て、おもわず、正直に、
「黒……っ」
 日に焼けて、真っ黒で。どうやったらこんなに日に焼けるのか、なに部なのかと考えた。
 チャイムが鳴って、たか子に手を引っ張られた。次の授業に少し遅れて先生に叱られた。
 由羽にとっては、プールの後の授業に遅れて叱られた、というだけのことだったけれど。
 後日、幸恵が楽しそうに笑った。
「あのねー、辻君って言うんだって。一組でね、野球部だって」
 由羽はきょとんとして、
「誰が?」
「この間、由羽がぶつかったひと」
「ぶつかった、っけ? そうだっけ? そういえばそんなような」
「え、由羽にとってはそれだけ?」
「んー」
 そういえば、あの後しばらく肩が痛かったなあ、と思い出す。
 由羽にとっては、それだけのこと。
 多分、靖宏に聞いてもよく覚えていないに違いない、それだけの、こと。



































** 「最後どうなるんだろう」というコメントを頂いて(台本)**


 シナリオが最後まで出来ていない場合

「小倉ぁ、おまえの撮影スケジュールどーなってんの? こんだけシナリオがあがってこないと、次の仕事のオーディションも受けれねーだろ? え、受けた? 受かった? ニュースキャスター役??」

 小倉サンがニュースキャスター役になった場合

『昨日未明に発見された変死体の死因が明らかになりました。自分の頭の中を覗き見ようと頭部を切断。覗き見る前に命を落とした、無念、と近頃開発された脳の記憶読み取り装置が読み取り、自殺と断定されました。しかしなぜか記憶読取装置はこの女性の名前を「芳雪」としか読み取ることが出来ず、身元の確認を急いでいます』



































** 部活の時間(中学生)**


 友人に手を引かれて、ベランダに出た。
 中学校の、音楽室の、ベランダで。
 もうすぐ、部活が始まる時間を気にしながら、
「もうすぐ、顧問の先生来るよ?」
 と言うと、
「先生が来るまで。ね、来るまででいいから、付き合って」
 友人は、かわいく笑う。
 ふたりで、ベランダにこっそり出る。本当は、ベランダには用事がない限り出てはいけない決まりになっている。先生に見つかったら怒られる。でも……。
 友人の目線をたどって、由羽も、学校の、グラウンドの遠くを見た。人数が多い野球部の中の、友人が言うところの「辻君」がどこにいるのか、由羽にはよくわからない。
 友人は、ちゃんとわかっていて、好きな、男の子を見ている。
 由羽はグラウンドの反対側を見る。こちらも、人数の多いサッカー部の、中の、ひとりを、見つける。
 友人に、
「サッカー部、杉田君は? いた? あ、いるね」
 指を差そうとするのを慌てて止めて、由羽は顔を赤くした。
「どうして、指、差そうとするのっ」
「ああっ、ごめん、つい、なんとなくっ」
「……わたしも辻君、指差していい?」
「え、だめ。それはだめでしょうっ」
 だよね、とふたりで顔を見合わせて笑った。
 グラウンドでは、
「あいつら、まーたベランダ出てる。違反じゃん。センセーにチクっとくか」
 音楽室のベランダに出ているふたりを見つけた友人に、グローブで肩を叩かれた靖宏が、
「やめとけば?」
 と、どちらかといえばどちらでもいいように、
「女子が見てるのなんて、好きな男子とかじゃないの?」
「え、まじ? じゃあオレかもしんない?」
「……それはどーだか知らないけど」
 本当にまったく、そんなことは知らないけれど。
 靖宏はベランダのふたりを見る。視力は悪くない。が、同じクラスでないふたりに見覚えはない。ひとりは、野球部辺りを見ているよう、だった。もうひとりは……。
 視線をたどると、サッカー部を見ている。ふうん、と思う。
「特等席だなあ」
 なんとなく呟いただけで。
 先輩に声を掛けられて、飛んできたボールを追った。
 音楽室の、真下の、美術室のベランダから身を乗り出したたか子が、
「由羽! 由羽! あんたたち、またベランダ出てる? 今、合唱部の顧問のセンセー、渡り廊下渡って行ったから、早く中に入りなよ」
 由羽も身を乗り出して、下の階を覗き込んで、
「あ、イトちゃんだ。今日美術部、何時に終わる? 一緒に帰ろ」
「わーかったから、早く中に入りなさい」
「はあい」
 音楽室に戻ろうとして、由羽はもう一度、グラウンドを眺めた。
「あ」
 なんとなく、野球部の、あのひとが辻君、だったけ? と、思っただけで。
 友達に急かされて、慌てて教室に戻った。



































** 桜話 **


 仕事中、事務所の窓から桜の花びらが舞い込んできて、由羽は空を見上げた。
 どこから……。
 どこから飛んできたんだろう、と立ち上がって窓をのぞく。近くに、桜の木は見当たらない。桜には、香りもない。目でも、耳でも、見つけられない。
 つまんだ花びらを光に透かす。葉脈のような筋を、見て。自分の手のひらを、光に透かしてみた。
『ちょうど、桜の咲く時期は、辻君と会わないとき、だね』
 そんなことを言った自分を、ぼんやり、思い出す。
 ……そんなことを、言ったっけ? 
 わたしが?
 誰、に?
 どこ、で?
 まるで、夢でも、見ていたみたいに。ぼやぼやと、思い出しては浮かんできて、また、沈んでいく誰かの声がある。
『そうだなあ』
 由羽の言葉に、同意するように、でも少し、どうでもいいように返事をする声は……。
 由羽は何気なく、カバンから携帯を取り出して、でも、どうしようもないみたいに、また、しまいこんだ。

 営業で移動中の車の中に、桜の花びらが飛び込んできた。
 靖宏は少しだけ開けておいた窓を、全開にする。そうしたら、そこから、なんとなく、メールが、来たような気がして携帯電話を確認する。
 メールは、ない。
 気のせい、だ。
 スピードを上げると、さすがに、全開にした窓から入ってくる風が寒くて、また、閉めた。その際、追い出した桜の花びらはくるくると、風に乗ってどこかへ、飛んでいった。



































** 愛……? **


靖宏「愛……とか芽生えたらおまえ、どーする?」
由羽「どーしようか?」
靖宏「どーすんだよ」
由羽「面倒くさい、よねえ」
靖宏「言うと思った」
由羽「だって、自分の感情とかも面倒くさいけど、よく考えなくても、ほかにもいろいろ人様に迷惑をかけることになるから、もう、すごく面倒だよね」
靖宏「俺のカノジョとか」
由羽「そこからいろいろつながって、最終的にものすごく被害を受けるのはたぶん辻くんだよ?」
靖宏「……俺かよ」
由羽「ね。面倒くさいからダメ。ぜったいダメ。今のままがいいだけで、終わりなんて知らない。なくていいよ」



































** 台本(※和之乱入)**


由羽「だ……」
靖宏「だ?」
由羽「今、ひとことを求められたんだけど、急にそんなこと言われても、台本、がないとなに喋ったらいいのかわかんない……よね」
靖宏「……まあ、なあ。でもそこはほれ、役者らしく、どんなアクシデントにもアドリブをだなあ」
由羽「役者さん、じゃないけど……」
靖宏「台本待ちの役者、みたいなもんだよなあ」
和之「って、おねーさんたちはまだいいんじゃないの? 僕、当時からずっと中一なんだけど。なに? いつ成長させてくれんの? どう思う?」
靖宏「そういや、中一んときは小倉のこと知らなかったな」
由羽「え、わたし知ってた、よ?」
靖宏「なんで? 小学校もクラスも違ったろ」
由羽「あのね、友達がね、辻くんのこと好きで、部活中によく見てた、よ? 音楽室から、野球部のこと。それで、ああ、あのひとが辻くんかあ、って」
靖宏「音楽室……?」
由羽「わたし、合唱部だったから」
靖宏「って、ああ! いたいた、なんかいっつも音楽室のベランダに女子が、ふたり。なんだ、あれ、ひとりは小倉だったのか」
由羽「そうそう」
靖宏「んで、もうひとりは?」
由羽「ええ、それは内緒」
靖宏「時効時効。教えろ」
由羽「ダメ。そーいうのはちゃんと本人からっ」
和之「……ちょっと、古きよき時代思い出してないで、今っ。今がこれからどうなるのか気にしてよ」
由羽「辻くん、中一のとき、そんな難しいこと考えてた?」
靖宏「やー、部活でまっくろ」
和之「だからっ。なんでそんなにノンキかなっ」
由羽「だって、台本が……」
靖宏「そうそう、台本がなあ……」



































** ハッピーエンド? **


由羽「ハッピーエンド……になるの?」
靖宏「さあ?」
由羽「どーゆう形がハッピーエンドなんだろうね?」
靖宏「……さあ」
由羽「わたしと辻くんがらぶらぶ恋人同士とか?」
靖宏「………………」
由羽「あ、なんか考えてる」
靖宏「おまえは? 考えないの?」
由羽「んー。今のまんまがいいなあ。ずぅっと、このまま」
靖宏「永遠に?」
由羽「あ、でも、辻くん、どうせえっちするなら若い子のほうがいいか。そうか、 そうすると……」
靖宏「なんも言ってないだろ。ていうか、おまえ、何十年先まで想像してんだよ」
由羽「……ずっと。ずっと先まで」



































** くっついてくれないもんですかね **


由羽「かねぇ?」
靖宏「俺に聞かれてもなあ」
由羽「辻君に彼女サンがいることがネックなんじゃないの?」
靖宏「おまえに気力がないことがネックなんじゃないの?」
由羽「……さあ?」
靖宏「またそうやってふらふらと」
由羽「ふらふら?」
靖宏「とか、思い切り二股状態の俺が言ってもアレだけど」
由羽「二股……じゃ、ない、と思うけど」
靖宏「おまえが言うな」
由羽「だって」
靖宏「なんだよ」
由羽「だって別に、わたし、辻君の心なんていらないって、言ってるよね?」
靖宏「ココロ、ねえ。そういや、体だけ、だったなあ」
由羽「そう。そんなの浮気じゃない……と思う」
靖宏「都合いいな」
由羽「んー。でもわたしが辻君の彼女だったらどう思うかは、また別の話だけど」
靖宏「……おまえね」
由羽「だって、辻君の彼女のことなんて知らないもん」



































** 好き? **


由羽「好きか嫌いかっていえば、それはね、触りたくもないほど嫌いな女だったら抱かないよね?」
靖宏「やー、それはどうかな」
由羽「え、そういうもんなの?」
靖宏「わりと」
由羽「ええ? そう? そうなの?」
靖宏「小倉はダメなんだ? んじゃ、小倉は俺のことは触られたくもないほどイヤなわけでもないんだ」
由羽「ヤじゃないよ。でもアイとかコイとかって言う好きかって言われると、ねえ……」
靖宏「なんだよ」
由羽「それはなんだか面倒だからイヤかなあ、とか、ねえ」
靖宏「まあ、なあ……」