** お天気日傘 **


 通行人がちらちらと送ってくる視線を、ふたりは特に気にした様子もなく、
「お天気がいいですね」
 と佳乃子がくもひとつない空を見上げると、
「そうですね、暖かいですね」
 雅巳は、空を見上げる佳乃子の横顔を眺めた。
 雅巳の視線に、佳乃子は恥ずかしそうにうつむいた。
「あの……っ」
「なんです?」
「あまり、じっと見ないでください」
「恥ずかしい、ですか」
「はい、恥ずかしいです」
 そうですか、それは残念です、と雅巳は笑う。
 笑う雅巳を、今度は佳乃子が、じっと見つめた。
 雅巳は笑顔を固めて、
「……佳乃子さん」
「はい?」
「そうですね、恥ずかしい、ですから、俺の事もあまりじっと見ないでください」
 ごめんなさい、と佳乃子は慌てて目をそらそうとして、でも、そらせずに。
「雅巳さん、今日もおきれいですね」
 しみじみと、
 今日も、なぜか女装姿の雅巳を眺めて、
「すみません、こんな格好で。今日佳乃子さんとデートだとうっかり口を滑らせてしまったら遊ばれてしまいました」
「サチさん、ですか?」
 ほかに誰がいるんですか、と言いたげに雅巳は苦笑する。
 苦笑する雅巳の姿は、傍目にはしっかりばっちり、微笑む美女に見える。通行人の視線は雅巳に集中している。
 人々の視線は気にしないけれど、雅巳が陽の光を眩しそうにして、佳乃子は気が利かなかったことを謝りながら、
「やはり、日傘は雅巳さんが持っていたほうがいいと思います」
 サチに、アイテムのひとつとして持たされていた白いレースの日傘、を。雅巳は佳乃子に持たせていた。
「俺には全然まったく必要ないですから。どうぞ佳乃子さんが使っていてください。よく似合っていて、かわいらしいですよ」
 佳乃子は顔を赤くして、
「雅巳さんにも、似あうと思います」
「そうですか?」
 雅巳はあまり本気で取り合わない。佳乃子は、ほんとうですよ、と傘の影を雅巳にも向けた。
「では、一緒に使いましょう」
 佳乃子が、肩を寄せてくる。
 日焼けも日傘も、雅巳にはどうでもいいことだったけれど。
 肩が、触れるから。
「……そうですね、一緒に使いましょう」
「はい。それがいいと思います」
 公園のベンチに、かわいらしい女子高生と、得体の知れない美女が肩を寄せて掛けている。
 さらに通行人から向けられるようになった視線を相変わらず気にすることもなく、ふたりで、のんびりと時間を過ごした。




































** ほのぼのらぶらぶ **


 ふたりがほのぼのしている場合

「佳乃子さんはなにを飲みます? いつもと同じでいいですか? アイスティのミルクで。……なにか、他に気になりますか? シェイク、ですか? バニラで、はい、どうぞ。ストローが? そうですね、太いですね。え、飲めませんか? 思い切って吸ってください、そうそう思い切って。……もしかして佳乃子さん、シェイクは初めてですか? 吸えませんか……スプーン、もらってきましょうね」

 ふたりがらぶらぶしている場合

「あの、スプーン、ありがとうございます。……飲み物、なのに、スプーンで頂いてもいいんでしょうか? こちらのお店にはこちらのお店のマナーが……え、そうですか、大丈夫ですか? じゃあ、あの、いただきます。え、え!? いえ、スプーンがあれば、自分で頂きます。はい、あのっ、あーんとかして頂かなくても……っ。自分で頂けます……から。だから、あの、そんな残念そうな顔をしないでください……」




































** プロですから **


 いつものファーストフード店で、なぜか誰かを探す仕草をする佳乃子を、どうしたんですか? と雅巳が覗き込む。
 佳乃子は、いいえ、何でもありません、と言ってしまってから、ごめんなさい、と訂正をした。
「宮部さんは、今日はお店に来ていないのかなと、と思って……」
「賢治、ですか?」
 佳乃子が口にした意外な名前に、
「あいつに何か用事なら、呼び出しましょうか?」
「いえ、あの。わざわざお呼びするほどのことでも……ない、んですけれど」
「そうですか?」
「そう、なんです」
 ほんとうですよ、と佳乃子は笑ってアイスティーのストローをくるくる回す。そうしながら、なんとなく、店内を見回すので、
「やっぱり、呼びましょうか?」
 雅巳は慣れたように、ポケットに突っ込んでおいた携帯を賢治に繋げる。お忙しそうなら無理に呼ばないでくださいね、と、申し訳なさそうな顔をする佳乃子をほほえましく思いながら、
「その辺にいるらしいので、すぐ来るそうですよ」
「そ……うですか? すみません」
「気にしないでください。あいつもどうせ気にしてませんから。それより」
「それより?」
「傍にいるのですから、俺のことを気にかけてください」
 佳乃子は、一度、二度、まばたきをして。赤くした顔でうつむいた。
「いつも、雅巳さんのことしか、気にかけていません」
「本当ですか?」
「本当、です」
「では、顔を上げてください。うつむかないで」
 赤くした顔を佳乃子がゆっくりと上げる。満足したように笑った雅巳を、背後から賢治が蹴飛ばした。
「君たち、恥ずかしい会話禁止」
 なぜか賢治が一番恥ずかしそうに、赤くした顔で、
「それで、なんの御用ですか、佳乃子さん」
「あの……っ」
 意を決した様子の佳乃子に、
「はい?」
 きょとんと、した賢治は、佳乃子から佳乃子の携帯電話を差し出されて、もう一度きょとんとして、
「はい?」
 と小首を傾げた。それからぽんと手を打って、
「あ、メアドの交換ですか? 喜んで。何なら毎晩でもこれまでの雅巳君物語をメールしてあげてもいーですよ」
「え」
 ほんとうですか? と佳乃子は素直に嬉しそうな顔をする。
「こらこら」
 と雅巳がふたりの間に割って入った。
「賢治はテキトーなことを言わないように。佳乃子さんは、そんなメールを喜ばないように」
「喜んではだめ、ですか?」
「だめです」
「でも、ちょっと聞きたいです」
「聞いてくれれば、俺がちゃんと話します」
「そう、ですか?」
「もちろんです。ですから佳乃子さんのお話も聞かせてくださいね」
「……それは少し、恥ずかしいですね」
「大丈夫。笑ったりしませんから」
 本当ですか? と佳乃子が聞けば、ええもちろんです、と雅巳が答える。
 賢治は、もう一度、今度は正面から雅巳を蹴飛ばした。
「だから君たち、恥ずかしい会話禁止。禁止禁止、全面禁止」
 雅巳を押し退けて、佳乃子に話を戻す。佳乃子の用件は、本当にメールアドレスの交換、なのか。それとも携帯番号を教えろというのか。
 聞けば、佳乃子は、お手数をおかけします、という顔で、
「雅巳さんの、写真を、撮っていただけたら、と思ったんです」
 賢治は雅巳と顔を見合わせて、
「僕が、雅巳の、ですか?」
「ええ。宮部さんは、写真のお仕事をなさっているんですよね?」
「まあ、一応」
「雅巳さんも、舞台のお仕事をなさっている方ですから、きちんとした方に撮って頂いたほうが、わたしが撮るよりはいいんじゃないかと……」
「思ったんですか?」
「はい」
 ですからお願いします、と佳乃子は頭を下げる。雅巳と賢治はもう一度、顔を見合わせた。
「……君の写真くらい、どーとでも撮ればいいのにねえ」
 そんなことで呼び出されたのか、というふうに言いたかったらしい賢治の口調は、けれどどこか、嬉しそうだった。
「君も僕も、佳乃子さんにかかるとプロ、なんだねえ」
 携帯電話のカメラ機能の操作をしながら、
「違うんですか?」
 心の底から不思議そうに佳乃子に聞かれて、雅巳と、賢治と、ふたりして笑った。ふたりして、どこか誇らしげに、
「プロですよ」
 と雅巳が言う。賢治も、
「そう、プロですよ」
 だから任せなさい、と携帯のカメラを雅巳に向かって構えて。
「はーい、雅巳クン、目線こっちで笑って笑って。ファーストフード店の貴公子になったつもりで、ひとつよろしくー」
「……なんだそれはっ」
 雅巳が笑うと佳乃子も笑う。
 いつものファーストフード店の、いつもの時間。




































** 「大好きです」というコメントを頂いて **


雅巳「すごい、ですね。きっと佳乃子さんのひととなりを評価されてのことなんでしょうね」
佳乃子「いいえ、雅巳さんのお芝居を見に来られた方かもしれません。わたしも、本当に、雅巳さんのことが大好きだと、思います」
雅巳「それは芝居をしている俺が、ということですか?」
佳乃子「はい……あの、いいえっ。雅巳さん、というあなた自身が、です」
雅巳「俺も、佳乃子さん、というあなた自身が大好きですよ」
佳乃子「ありがとう、ございます」
雅巳「お礼よりも、もう一度、言ってくれませんか?」
佳乃子「……え?」
雅巳「俺のことが、大好きだと、言ってください」
佳乃子「はい、あの、大好き、です」

サチ・桃香「…………(もう突っ込む気にもなれない)」