兄さんが笑っていたように見えたのは、気のせい?
嬉しそうに、心の底から幸福そうに笑っていたように見えたのは、気のせい……?
許さない。
許さない、と口にする私を見て、どうして笑うの? なにがおかしいの?
宮澤さん、ポケットから出した携帯で時間、確認して、
「メシ?」
聞かれて、兄さんは、
「そう、ついでにみんな、下で休憩中」
「じゃ、オレも一服」
タバコ、どこのポケットにしまったのか、探しながら、
「武司は?」
「後で」
「あ、そ」
私、ここにいないみたいに、普通に、会話して。
宮澤さん、私が組み立てた段ボール箱、またいだ。
「オレら、休憩済んだら、アパートに荷物、置きにいってくらぁ。武司は残った荷物、まとめとけ」
「僕も行くよ」
兄さんの苦笑に、宮澤さん、私を見た。
「家具の配置なんて、どーせ来週の美南ちゃん次第で変わるんだから、テキトーにやっとくよ」
私から、目、そらした。
……嘘。
私、息、飲んだ。
うそ、ヤだ。
目、そらした宮澤さんの表情、私を……哀れんだ?
それは同情?
……なにに?
誰、に?
バタン、と乱暴にドアが閉まった。
……宮澤さん、いない。
あのときと同じ。
ふたりのセカイに、ふたりだけに、されて。
「……兄、さん……」
イヤだ。ここから出して。
このセカイは狭くて息苦しい。そのうちにきっと、息、できなくなる。
苦しいのに。
こんなに恐いのに。
兄さんは、笑ってる。
カチャン、と、ドア、鍵、かけて。
もうこのセカイに、誰も、入ってこられない。
「おまえは今でも、僕を許してない?」
笑ってる意外は、いつもの兄さん。少し首、傾げるのも。優しく尋ねるのも。
「僕を許してない?」
私、兄さんから、目、そらせない。
「……許そうと思ったことなんて、ない」
「どうして?」
私、愕然とした。
「どうしてって!! 許すと思ってるの? そんなこと思ってたの!?」
「と、いうか」
兄さん、安心したように、息、吐き出しながら。
「許されたらどうしようかな、と、思ったことはあるけどね」
言葉が、通じてないみたいだった。
ねえ、これ、会話になってるの? この受け答えは正しい?
私、一歩、下がって、踏みつけたガムテープに転ぶの、兄さんに助けられた。
腕、掴まれて。
掴まれた腕、振り払った。
「触らないで!」
兄さん、肩、すくめて。ものすごく仕方のないことみたいに、
「でも触りたいんだよ」
「……な、に?」
「触りたいんだよ」
穏やかに。穏やかに。
朝食……家族の揃ったテーブルの光景の中にいるみたいに。
「おまえに、触りたい」
あの朝食の光景は偽りのものじゃない。父さんと母さんと兄さんと、私と。4人、いるから。ふたりのセカイじゃないだけ。仲のいい兄妹も、甘えた妹も、演じてたわけじゃない。あの世界で私は、兄さんのただの妹、だった。
でも、このセカイは……。
「コトコ」
古都子。
………コトコ。
「……や、だ」
兄さん、私を見下ろして。
目の前にいる私、いつでも捕まえられる顔をして、満足そうに、自分のシャツの袖口に、唇、押し付けた。
朝の私、思い出して。
「うん、僕もするよ」
唇を押し付けたシャツの腕が、私をまた掴んだ。
僕、モ……。
「僕は、おまえを思い出してするよ」
兄さん、私の指、舐める。
「……っ」
唾液の絡まった舌の、暖かい感触に、わたし、どうして……。
「コトコ……」
「いや!」
でも、今度は振り払えなくて、逃げられなくて、引き寄せられた勢いで唇、重なってた。
同じ。
あのときと、まるで同じ。
掴まえられた両腕、びくともしない。逃げようとする唇、追いかけられて、ふいに離れた瞬間にまた、重なる。
「兄……さ……っ」
押し退けて、退いたかかとが壁にぶつかった。
「……やだ。だめ……んっ」
壁に力任せに押し付けられた。
唇も。入り込んでくる舌も。荒くなる吐息も。
兄さんの手、たくし上げたTシャツの中、入り込む。
「……い、やぁ」
「嫌がってもするよ」
手が、素肌なぞりながら、
「感じた方が楽だよ」
「ぜ、たい、いや……」
ジーパンのベルトに手、かけられて、私、逃げる場所そこしかなくて座り込む。
「無駄だよ」
体、隠そうとしても簡単に、ベルト、はずされた。
「感じ方はわかってるんだろ?」
壁に押し付けられたまま、ベルト、はずされた場所から手が……。
「じゃなきゃ、なんでもう濡れてるの? いつもひとりでするのに思い出してる男、僕に重ねてるの?」
「ちが……う……あっ」
ジーパンと体の隙間、狭い場所に無理矢理入れた手。
そこに、兄さん、指を……。
「ん……やっ。……あ、あっ!」
「こんなに濡れてて、嫌なわけないのにね」
兄さん、少しもためらわずに。
私、少しも抵抗できずに、
「飲み込むのは、コトコだよ」
入口から、指、奥へ、入る。
「ほら、飲み込んでる」
指……自分の、指、じゃない。
「……んんっ」
「それはイイの? 喘いでるの?」
「ちが……」
「違うの?」
残念そうに、言うだけで。
「気持ちいいんじゃないの? だから飲み込むんじゃないの? 僕はイイよ。もうすぐにここに僕が入る。考えるだけでぞくぞくする」
「あ……!」
おもしろそうに指、動かす。
「指、動いてるのわかる? 僕の指が、わかる?」
私の、より長い指。ぐるりと、なぞるように。つ、と引っかくように。
「いやあっ! ……あ、いや……兄、さ……」
いや……。
こんなのは、いや……なのに。
「なに?」
兄さん、満足そうに。
「いやなら、本気で抵抗しなきゃ」
「い、や……ん」
「そう?」
指だけで支配されて、会話に意味、なくなる。
……支配されるの、に。
だって……。
声で、指で、支配されるの、慣れてた、から。
いつもいつも、夢の中で。欲しいものが欲しくて。欲しくて、望んで、手に入ったと思うと、目が覚める。
……夢。
ただの夢。
欲しいもが手に入った夢。
でも、目が覚めた現実に欲しいものはない。
欲しいものを求めて火照ったままのからだ、自分で鎮めるしかなくて。せめて、目を閉じて、思い出した声に……。
欲しいもの。
欲しい声。
欲しい、人。
目を閉じないと、現れなくて。
だから、目を、閉じる。
『コトコ』
閉じたら、聞こえる声。
『僕を感じる? 僕が、わかる?』
「……ん……んんっ」
飲み込む声は、目を閉じると吐息に変わった。
無理やりされるのが辛くて目、閉じたのに。
私の、吐息……。
目を、閉じただけで。
『いい……?』
声が……。
「コトコ」
『コトコ』
誰の、声?
「………う……んっ。あぁ……」
……声……。
『声、出して』
……声。
いつもの?
でも、私を責めてるのは、私の指……じゃない。
だけど。
『コトコ……コトコ。おまえしか好きじゃないよ』
声は、いつも私に指示する声。
確かにその声だったから、
「ほんと?」
目を、開けると。
目の前にいるのは、兄さん。
「ほんとうだよ」
……兄さん。
他の、誰でもない。
他の誰かで、あるわけが、ない。
「……兄さ、ん……」
からだの奥。
奥に、私が感じてるのも……兄さん。
「コトコだけを、愛してる」
「……あ、……んっ」
兄さんの、声に。
言葉に。
指の、動きに。
「んんっ………っ!」
「そのまま感じて、イって。コトコのいい顔、見せて」
「兄……っ」
「うん」
「兄さ……」
「うん、おまえにそうやって呼ばれると、見て、鳥肌が立つ」
本当にそうなのか、私、もう見えなかった。
「おまえだけが、世界中でひとりだけ、僕のことをそう呼ぶ」
私、兄さんしか感じてなくて。
兄さんしか、感じたくなくて。
だって。だって……。
「……ん……いく……」
「いいよ」
気持ちがよくていい顔する私に、兄さんが、言う。
イって、いいよ。
「……いい?」
兄さんは小さく笑って、
「ああ、それ、かわいいね」
「……ん」
「いい? て聞くの、かわいい。うん、いいよ。いって。そうしたら次は、僕をココに受け入れて」
優しく優しく。
「……やぁ……ん」
背中にあった壁、いつの間にか、ない。私、兄さんにしがみついてた。
「ん、……い、く……あ、あ……兄……っっ」
私、兄さんを感じてた。
兄さんだけを……。