〜 セカイ 2 〜



 シャワーを浴びて、濡れたままの髪、適当にアップしてキッチンに入ると、母さんが大量のおにぎり作ってた。じーっと見てたら海苔巻いて、ふたつ、くれた。
「なんだ、大量だと思ったら朝ご飯の分もコミなんだ」
「ついでよ。あ、古都子はついでにお味噌汁、作ってね」
「……はあい」
 頭にタオル、引っかぶっておにぎりかじって、ナベを火にかけた。ダシ取るのに煮干にしようか鰹節にしようか考えながら、
「兄さんの友達とか、10時に来るんだっったよね?」
「そうよ」
「ふうん」
「ふうん、じゃなくて、あなた、それまでにはちゃんとしてなさいよ。子供じゃないんだから、そんな格好でうろうろしてないで」
 短パンに、キャミソール。年は、25。……子供じゃ、ない。
「だって暑いんだもん」
「だってじゃありません」
「じゃー着替えてくる」
「お味噌汁、作ってからね」
「……はあい」
 日曜だっていうのに朝早くから、家族がきちんと食卓に揃って朝食を取る。7時半。
 私はけっきょく、短パンにキャミソールのままで。
 ……あ、お味噌汁、少し辛い。
 父さんが、新聞読むついでみたいに私を見た。はいはい、ごめんなさい、お味噌汁が辛いよね。
 父さんは文句があっても口にしない。私が作った、というところに価値、つけてくれて黙って全部飲んでくれる。母さんは、
「まだまだねえ」
 文句、はっきり言う。顔は笑ってるけど、
「これじゃ、誰もお嫁にもらってくれないわよ」
「……はいはい」
 私、適当に返事する。
 向かいの席で、兄さんが笑った。お味噌汁、別に文句ないみたいに飲みながら、
「古都子もすぐだよ」
 すぐに、いい相手が見つかるよ、って。
「そうねえ、武司もお嫁さん、決まったんだから、古都子もそろそろよねえ」
 って、私の話だったのに。
「武司、あなたは今日からアパートの方にお引越しだけど、美南さんはいつからになるの?」
「美南は来週からだよ」
「それで、お式が来月、ね。そうそう」
 カレンダーを見る母さんは、兄さんのことで頭がいっぱいいっぱい。
 父さんもカレンダー見たから、私も見た。
 来月の第二日曜日に、赤丸。
「美南さんも、仕事の都合が合えば、今日、武司と一緒にお引越しできちゃったのにねえ」
「忙しいんだよ、看護婦さんは、夜勤とかね。手伝ってくれる友達の都合はついてるから、まあ、ぼちぼちやるよ」
 そのお引越しが10時から。だから、休日だっていうのに朝早くから目覚しかけて、早起きして。家族みんなが揃う最後の朝食、仲良く取って。
「お友達のお昼は用意したけど、他は本当にお母さんたち、手伝わなくていいの? やっぱり、お引越し屋さんに頼んだ方が楽だったんじゃないの?」
「金がかかってしょうがないよ。手伝いは古都子がいるし」
「はいはい」
 お茶、飲みながら適当に頷くと、兄さん、恨めしそうな目をした。
「前払いしてるんだから、きっちりきびきび働けよ」
「……はいはい」
 部屋のクローゼットの一番手前にかかってるオレンジのフォーマルドレス。来月のお式に着るのに買った。半額、兄さん出費、で。
「古都子も社会人なのに、武司はすぐにそうやって甘やかすんだから」
「まあ、これで最後だし」
「え、最後なの!?」
 思わず身を乗り出したら、兄さん、苦笑して、
「これからの僕には家族の生活がかかってるんだよ?」
「じゃー最後くらい、半額といわず全部出してくれても……」
「そこまでは甘やかしません」
 苦笑は優しい笑みになる。
 優しい優しい兄さん。
 でも、本当に優しいの? 嘘。優しくなんかない。
 兄さんはおにぎり、口に突っ込む。母さんのおにぎり、優しく握ってあって崩れやすい。崩れて、こぼれたごはんつぶ……袖口に……。
 ……そこで、私と目、合ったの、どうして?
 どうして兄さんが私、見るの?
 折り曲げた袖口についたごはんつぶ、直接、口に持っていく。唇、押し付ける。……袖口に……。
 兄さんは笑う。シャツ、替えてない。袖口……私の指、拭いた……。
「どうしたの?」
 母さんに言われて、私、立ち上がってた自分に気が付く。
 兄さんはもう、私、見てなかった。
「……なんでもない」
 ……なんでも、ない。
 椅子に座り直した。
 朝の自分思い出して、箸、握り締めた。握り締めてないと、指先、振るえそうだった。
『欲しいんだよね?』
 あの声。
 いつもの、声。
 お味噌汁と一緒に飲み込んだ。


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