〜 ヒョウメン 3 〜



「目っ、目、閉じてください」
「どうしても?」
 と聞くと、君は上目遣いで僕を見て、
「……別に、いいですけど」
 ふっと眼差しを落した。
 僕と君は、君のまつ毛の数まで数えられる至近距離で、そんな至近距離ににいる君に息を飲み込んだ僕の、のどに、君が触った。冷たい指の感触が、あごのあたりからのどを下がっていく。
「アヤ……」
 君は一度、ぎゅっと目を閉じて、ゆっくり開いた目で僕を見た。
「あの……」
「ん……?」
 なにか言いかけたくちびるが、問いかけに、けっきょくなにも答えずに近付いて、重なった。
 僕は、僕にキスする君を見てる。合った目が困ったように、恥ずかしそうに視線をそらして横を見て、それから降参したように目を閉じた。
 ベッドに座る僕を、君は覗き込むようにして、君からキスをする。いつも、こんなふうにするわけじゃない。今日のコレは写真撮影代、だと君が言い張るから。
 でも、君が先に目を閉じた。
「降参?」
 聞くと、
「降参、です」
「どうしても?」
「だぁって」
「なに?」
「こんなの、ムリですっ」
 目を開いている間は、僕にも君にもここはいつもの僕の部屋の中。
 でも、君は目を閉じてしまう。目を閉じて、あっさり、
「だから、いつもみたいに、先輩が……」
「僕が?」
「して、ください」
 降参した君がかわいくて、
「かわいい、なあ」
「やぁぁだ、もー、先輩近視でしょー」
「目? 悪くないよ?」
「じゃあ、乱視ー」
「……なに言ってんだか」
 君を抱き寄せて、ベッドに押し倒した。かつん、と足が、課題を広げていたテーブルにぶつけた音に君が目を覚ます。夢から覚めた顔は真っ赤で、
「あの、でも、先輩……あの、やっぱり」
「やっぱり?」
「ええと、誰か、帰ってきちゃったりしたら……」
「まだ、誰も帰ってこないよ」
「でも……っ」
「今までだってなかったでしょ」
「で、も……っ」
 君が、押し倒された姿勢のまま僕を押し退けようとする。それが格好だけなのは、僕にも君にも、わかってる。
「したい気分じゃない?」
 聞くと、君は耳まで赤くした。ほんとに、耳まで赤いなあ、と思っていると、君が、僕の耳に触った。
「先輩、耳まで真っ赤、ですよ?」
 ……そんなの、知ってる。知ってるよ。
「君もね」
「うそ」
「ほんとう」
 そんなこと、君も知っていて。
 君は観念したみたいに僕の首に腕を回してきた。自分の場所を決めるみたいに、ごそ、と動く。そうやって背中をシーツに落ち着けて、それでなにかに安心したように息を吐き出した。
「……いい?」
「……おっけー、です」
 君が僕の耳に触ったように、僕が君の耳に触る。君は、うひゃ、と小さく声にして首をすくめた。
「タクロー、先輩」
「なに?」
「あの、ゆっくり、してください、ね」
 真っ直ぐに僕を見て、
「ゆっくり、じゃないと、もたない、です」
「……からだが?」
「や、ちがっ。こ、心がですっ」
「ココロ?」
 聞き返したけれど、言いたいことがまったくわからなかったわけじゃない。
 僕は君の胸を撫でた。心臓のある場所。胸の真ん中。君が僕の手に手を重ねて、
「どきどきしすぎたら、もたないです」
「……うん」
 そうだね、と口は勝手に言ったけれど。手には、君の胸の感触。谷間、というにはささやかだけれど、君に触れている現実だけで手一杯だった。もっと、触りたい。
「……っ」
 君の、声。手には制服の下の、ブラのワイヤーの感触。……邪魔だな。
 上着は僕も君も部屋に入ったときに脱いでいた。スカートからブラウスをたくし上げて、ネクタイを緩める。
「アヤ、ボタン、はずして」
 ごそごそと布のすれる音がして、君は自分のボタンを外し終えると僕のシャツのボタンを外す。ひとつ、ふたつ……。
 僕は君に触る。君はからだを強張らせて、
「や……先輩、待って、先輩のも全部、はずしたい……や、センパ……」
 君に触る僕に、君は手を止めたから。
「僕のも、全部、外すんじゃないの?」
「ん……っ、だって、先輩が……っ」
「なに?」
 抱き寄せて、背中に回した手でブラをはずした。あらわになった胸に顔を寄せると、君は慌てて、
「先輩っ、やだ、ずるいっ」
「……ずるい?」
「だって、先輩のボタン、まだ……っ、ぁ、ふ……っ」
 柔らかい胸元に吸い付くと、君は震える手で僕のシャツを握り締める。僕は君の手を取って、震える指先にくちびるを押し付けた。ふと、今吸い付いた胸元の跡がかわいそうになって、そこを舐めた。
「……や、んん! 先輩、先輩……っ」
 手を掴んだまま君を舐める。君は逃げるように身を退くけれど、逃げる場所なんてない。逃がす場所なんて……ないよ。
 君のからだの、柔らかい場所ぜんぶを確かめる。ウエストから胸をなぞり上げて、かたく立ち上がってきた胸の先を、確かめるように手のひらで撫でた。
 手のひらに感じた硬さに、からだ中の血がざわめいて、たまらずに、そこを、舌ですくい上げるようにして舐めた。
 君の味がする。
「……ぁ、あっ、やぁっ……!」
 君のからだが、大きく跳ねた。
 あいかわらず、
「感じやすい……」
 呟くと、君が、なみだ目になって僕を見た。熱くなってる吐息が、なにかを訴えたそうにしたから、なに? と耳を寄せると、
「センパ……意地悪っ。もっ、と、ゆっくり……っ」
「ゆっくりだよ」
「や、うそ……ば、っかり」
「うそじゃない、よ」
 君からスカートを取る努力をする。触りたい場所も、味わいたい場所も、まだたくさんある。チャックを下ろして、足元から抜こうとするのに、君が抵抗した。
「あの、ほんとに……もたない、です」
「いいよ」
「へ?」
 試しに少し、スカートから手を離したら、あからさまに安心した顔をした君に、
「もたないなら、何回でもイっていいよ」
 君は少し考えて、
「……ええ!?」
「何回でも、イって」
「違……っ、あのっ」
「何回イきたい?」
 君が、大きくした目で僕を見た。真っ赤になってかたまる。声も出ないくちびるに、さわるだけのキスをした。
「アヤは、僕を何回イかせてくれる?」
 一度、二度、君は瞬きをして、半泣きで僕を見た。
「先輩、えっちぃぃ」
「……この状態で、なにを今さら」
「やー、もー、えっちー、すけべー、むっつりー」
「はいはい」
「って、ちゃんと聞いてますー!?」
「聞いてる聞いてる」
「うそっ」
「聞いてるよ。どうせ、すけべです。あ……でも」
「……なんです?」
 君は、そっとうかがうように僕を見て、
「でも、なんです?」
「聞きたい?」
「一応」
 じゃあ、言っとく、けど。
「むっつり、はどうかなあ」
「どうかなあ、とは?」
「アヤが……」
「あたしが?」
「……アヤが、欲しいよ、って、はっきり言っても、この場合はむっつり?」
 君は僕をじっと見て。
「……って、言った先輩がそんなに、そうやって赤くなるの反則ですっ」
 今までは必死に僕を押し退けようとしてた君が、僕に、抱きついてきた。
「やだもー、先輩、そーゆうとこ」
「なに?」
 今度はなにを言われるのかと思いながら聞くと、君は、
「……そーゆーとこ、大好きです」
 僕も君を抱き締めた。抱き締めた背中にはまだブラウスが引っ掛かっていて、手には、ただ、ブラウスの感触。その中に手を入れて直接肌に触った。君は今度はなにか言う様子はない。意図して肩から背中をなぞると、君は僕にされるままおとなしくブラウスから袖を抜いて、素肌で、僕にしがみついてきた。
「……アヤ」
 君は小さく首を振って、子猫のように擦り寄ってくる。可愛いと思う。離したくないな、と、思う。
「ねえ、僕が、アヤを好きなの、知ってる?」
「……え、あの、はい」
「……好きだよ」
「は、はい」
「好きだよ」
「……はい」
 いったい、ぼくはどんな顔をしていたのか、君は小さく笑った。くちびるからこぼれた笑みを、自分のものにしたくて、押し付けるようなキスをした。
 君はそれに抵抗したわけじゃないけれど、君のあごを取って、無理矢理、みたいに君の中に入り込む。
 ほんの少し、勢いに驚いて身を退いた君を追いかけて、追いついた君の舌を撫でた。
「っん……ふ……っ」
 ゆるゆると君が応じてくる。
 それだけで、ぞくりとして止まらなくなるのは、触れ合う直接の行為のせいだけなのか。君が、僕に応じてくれる気持ちを手放したくないから、か。
 とっくにあらわにしていて、放っておけば冷えていくばかりだった肌を温めるように、君のからだの柔らかい場所を確かめた。夏になれば健康そうに日に焼けてしまう肌も、今はまだ白くて。でも、夏になれば焼けてしまう場所も、夏が来ても焼けることのない場所も、僕の、ものだ。
「……ぁ……っ。ん……」
 君は我慢するように細く、息をする。きつく目を閉じて眉間に寄ったしわをそっと撫でた。
 君はゆっくりと目を開けて、
「……センパイ、怖い……」
「……え?」
 君に、怖いと突然言われて、僕はどんな顔をしたんだろう。
 アヤ、と言いかけた口を、君が押えた。そうして、満足したように笑った。
 僕に酷いことを言って、でも、楽しそうな顔をする。そんな君の笑顔にひどく惹かれたのは……。
 いつも元気に笑うのに、まるで子供のように無邪気に笑うのに。
 こんなとき、ずいぶん女の顔をして笑う、から。濡れた瞳で、少し、開いたくちびるで笑うから。
 笑う……微笑、する。
 君に誘われて眩暈がする。
 君を、眩しそうに見た僕を、
「タクロー先輩が、怖い、です」
 変わらない表情で、君が指を僕の口に突っ込んできた。人差し指を、奥歯で噛んだ。そうしようと思えば、人の指を噛み切ってしまうのは可能だろうか? ……どうかな。
 君の指を噛む。まだそんなに痛くないはずなのに、君はまるで痛そうにして、痛みを堪えるみたいに眼差しを細める。
 君の指が僕の口の中で動いた。僕の歯を避けて舌を探し当てる。爪の先で誘うように引っ掛かれたので、絡めて舐めた。
「……っっふ」
 君はびくりとして肩をすくめる。
「ん……っ、……ほら」
 まだ僕に指を舐められながら、そんなことにずいぶん感じながら、
「こんなこと……させちゃう先輩、怖い」
 君の、指の味……。
「こんな……おかしくなっちゃうくらい、どきどきさせる先輩、怖い……」
 ……僕は。
 僕は君の指をくわえていたのを、忘れていたわけじゃないけれど。
 もごもごと君の指をくわえたまま喋ってしまって、
「……はい?」
 君が小首を傾げて指を抜こうとした。僕はその手を掴まえて、君の指を逃した口で、
「どれくらい……」
「え?」
 君の手のひらを、僕の胸に押し付けた。そこに、僕の心臓がある。
「どれくらい、君としたら、僕のおかしいのは治まるかな」
 我慢ができなくて、声はずいぶん震えていた。
 君が欲しくて、欲しくて、こんなふうに、即物的な自分が恥ずかしいくらい。
 今は、したいだけ。
 もう手の中にある君を、さらに手に入れたい。僕だけに見せる顔をさせたい。
 僕は、君を抱き締める。



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