〜 アカリ 5 〜



 ぎゅってつむってた目、開けたら、教室だった。廊下、見えて、
「……あれ?」
 疑問、声にしたら、
「珠美」
 って、頭の後ろから呼ばれた。
 教室の窓の下のところで、壁にもたれて座ってる真己くんに、あたし、もたれて座ってた。脱いでたセーラー服、胸のとこにかけてあって、それ、押さえるみたいに真己くん、後ろから回してる手、あたしのお腹のとこで組んでた。……ていう状況、把握して。
「うわあっ」
 真己くん、確認するみたいに、
「なに驚いてんの?」
「ええ、だってなんか、これ」
 この体勢はさあっ。
「ら、らぶらぶっぽいよね」
 あたし、自分で言って、でもそれなんか恥ずかしくてあわあわ慌てる。
「……ぽい、とか言うし」
 呟いた真己くんの息、あのっ、息がっ! 首の後ろのところ、う、うなじに触って、
「うきゃーーー」
 あたし、手で首の後ろガードする。
「感じる?」
「くすぐったいんだってばあ!」
「……あっそう」
 なんかつまんなそうに言って、真己くん、あ、とか呟いた。かと思ったら、あたしのおさげのみつ編み、首の後ろからそれぞれ左右に前に回して、それ、あごの下で結ぼうとする。帽子のゴムひもとか、あごにかけるみたいに。
「なになにー!?」
「こうしとかないとさあ」
「なにさ」
「バレる」
「……なにが?」
 真己くん、みつ編みどかして、あたしの耳の下のとこ人差し指で押した。
「やっばい、おれ、ほんと余裕なかったんだ」
「だから、なにがあ?」
「……キスマーク、残った」
「……は?」
 なにそれ? って、キスマークって、それ、知ってる、知ってるけど、噂には聞いたことあるけど!
 ……噂にしか聞いたことないしー。
「ええ!? それ、分かるの!? 目立つ!?」
「……これは、けっこう」
 いやーん。……って、どんなのか、あたし、見えないんだけど。
「ママ、とかおばさんにもバレバレ?」
 ママ、とか、おばさん、って言葉に真己くん、ちょっと現実に戻ってきたみたいな顔した。
 あたしは慌ててみつ編み、ほどいて、きっちりみつ編みしてたの、耳の下の辺からゆるく編み直してみた。
「これっ、これで隠れる?」
「んー」
 って真己くん、なんだか生返事で、なにかを想像するみたいに遠く見て、その後、痛そうに自分のほっぺ、撫でた。
「え、なに? 真己くん、なに想像してんの?」
「……母さんに殴られた想像」
「なんで?」
「昨日、珠美に手、出すなって言われた……のに、出しちゃったから」
 真己くんと、目、ばっちり合って。
「わあっ」
 あたしが驚いた。そそそそーだよ、今、した、とこなんだよ……とか、思って。ぐわーって顔、赤くしたあたしに、真己くんさらに自分のほっぺなでなでした。
「珠美、キスマーク隠したところで、その顔でバレバレだし」
「えええええ!? どんな顔!?」
「おれにめろめろ」
「そんなばかな!」
 って、違ーう、めろめろは否定しないけど、そーじゃなくて、バレバレって、ええ!? あたしそんな顔!?
 真己くん、あたし、じっと見て、ほっぺ押さえたまま、
「おれ、めろめろだもん」
 とか、なんか、ちょっとやーらしい顔した。うわ、なんですか、その顔はさあ……。
 真己くん、とにかくじっとあたし、見る。あたしもあたしを見下ろした。
「ああ!!」
 勢いで真己くんと会話してて、勢いでまだちゃんと服着てなかったの忘れてて、勢いで胸、隠してた服手放してて、あたし、スカートしかはいてない上半身ハダカ、で……ぎゃー。
 廊下の方に飛んでった服、拾おうとしたんだけど、立とうと思ったら、
「う、わ」
 なんか……なんだか、カクン、って膝、力入らなくて折れちゃって、そのまま顔面から床に突っ込むとこだったの、真己くんに後ろから支えてもらった。
 支えてもらった、から、ありがとう、って言おうとしたお礼、
「いやー、たいむー。ありがとう、ありがとうだから、それ、タイム!」
 あたし、膝、付いて、そこ真己くんに後ろから支えてもらってて、なのに真己くんそのままあたしの背中、押した。え? って思ったら両手、付いてて、四つんばいになったとこ、真己くん背中から抱きついてくる、から。でもって、
「んんーーっっ!」
 胸! 胸、触ってる! もみもみすんなーぁ。
「……珠美」
「なーにーさー」
「おまえ、パンツまだはいてないの気付いてる?」
 あたし、かたまる。
 ……え、それはつまり?
「スカート、めくったら、さあ……」
 なんか、あの……真己くん、お尻、触る……。
 ……ええ!? この姿勢はつまり!?
 カキーン、ってますますあたし、かたまったら、真己くんあたしの背中でひょひょ、って笑った。
「もうしないしない。したいけど」
 真己くん、なんか気持ち正直に言って、
「これ以上やって、珠美、立てなくなっても困るし」
 あたしの背中におでこ、ぎゅーって押し付ける。あたし、動けなくて、
「あの、しないなら、じゃあ、服、あたし、着ても……」
「約束、してくれるならいいよ」
「え?」
「……高校」
 高校、同じとこ、行こう。って。
「でも……」
 あたし、これでもちょっと真剣に考えてみた。だって真己くん、あたしと同じとこなんてなんか、それ、とってもよくない気がする、から。
「真己くん、せっかくいいとこ行けるのにもったいないよー」
「別に、どこ行ったって勉強すんのには変わりないだろ」
「……そーゆうもんー?」
「じゃないの?」
「えー、そーかなあ?」
 それはなんか違う気がするんだけど。真己くん、
「勉強はどこでもできるけど、珠美はそこにしかいないじゃん」
「そこ、って?」
「ここ」
 真己くんが、ぎゅってする。
 あたし、なんか、くらってする。そのくらってしたの、真己くんともっと一緒にいたい、ってことで、そこんとこに、間違いはなくて。
「お勉強、どこでもできる?」
「できる」
 真己くんに言い切られちゃうと、それはそうかなあ、とか思っちゃう。もうね、昔からねー。
「うー、じゃーわかった、女子高はやめる……多分」
「多分?」
 真己くん、なんかうらめしそーに声、低くする。多分てなんだ、って感じで。
「だあって、ママが……」
「だってじゃなくて、珠美ママは珠美ママで、珠美は珠美だろ。部屋に夜遅くまで明かり付けて勉強してんのも珠美で、おれのこと好きなのも珠美だろ」
「……ママも好き」
 それはさ、ママ好きなのと、真己くん好きな、好き、は違うけど。
 真己くん、あたしから離れると、あたしのセーラー服、とか下着とか、拾って持ってきてくれた。セーラー服はまーいいんだけど、ブラとかぱぱぱんつとか、ぺろっと持ってくる。やぁだーもー。
 あたし服、がばって受け取って、真己くんが見てくるのから目、そらしたら、なんか、真己くんも横、向いた。あたしその隙に慌てて服、着る。真己くんもシャツのボタン、はめながら、
「珠美が決めれないなら、じゃー、おれ、奥の手使っちゃうけど、いい?」
「え?」
 なに!? って慌てたら、はめかけてたブラのホック、ずるってはずれて胸、見えて、真己くんこっち見てた顔、赤くして慌ててまた横向いた。ええ!? 今さら、ちょっと、これで顔、赤くされてもっ。
 真己くん逃げるみたいに、廊下覗いて、誰もいないの確かめたりする。
「昨日さー、珠美に手、出したら、山西家のお嫁さんに決定、って言われたんだぁ」
「……は?」
「は? じゃなくて、母さんに。それはもう嬉しそうに、手、出すな、とか言っといて、実は嫁にほしいから出してもいいよ、とか言わんばかりに」
「いや、あの、……お嫁、さん?」
 って、だ、誰が?
「珠美が」
「誰のー!?」
「おれのに決まってんじゃん」
 真己くん、なに言ってんの、って顔するけど、なに言ってんのって……なに言ってんのって、それ、あたしのセリフじゃないんですかあ……!?
「うちの母さんがさ、『うちのバカ息子が珠美ちゃんに手、付けちゃったんでお嫁にくれませんか』とか言ったら、珠美の大好きな珠美ママ、ショックで倒れるかもよ。ディープキスもセックスも知らないくらい大事にしてきた娘が、まさか隣の『いい子』のおれにヤられちゃうなんてさ」
 振り向いた真己くん、爽やかに笑う。
「なーんて、だから、そんなこと、珠美ママにバラされたくないよね?」
 なんで……。
 ……なんでそんなに爽やかなのさー!?
「やあだー、真己くんインケンーー!」
 あたし喚くの、真己くん、はいはい、ってあしらって、そのあしらうののついでみたいに、
「んで、珠美、高校、どーする? おれは倒れた珠美ママに責任取ります、って珠美、お嫁さんにもらうってことでも、それはそれでいーんだけど? それだったら、まあ、高校違ってもいいし。その後はずっと一緒だし。あ、でも珠美ママが倒れることには変わりないけどね」
 真己くん、にっこり、茶色の目、細めた。
 ……あたし、卒倒するママ、想像したりして。
 うわあ、なんか、ちょっと泣いてもいいかなあ、って気分になった。心臓、こんなふうにママに逆らうこと決断するの、どきどきしながら。
「……こ、高校、頑張る。女子高、行かない、です」
 だから今日の事はママには内緒だよ。絶対だよ!?
 って、もー、ものすごくなんかどきどきしてて胸、押さえてたら、真己くん、ひょいって寄って来て、あたし、覗き込んで、
「よし、頑張れ」
 って満足そーに言った。
 茶色い目、嬉しそうに笑ってた。
 いやーん、なんかやられたー。って思ったことは思ったけど。
 真己くん、笑ってるから、その瞬間、ちょっとママのこと忘れて、あたしも、えへへ、って笑った。



 小さい頃はいつもそうしてたみたいに、手、繋いで帰った。
 あたし、もう自分の家に帰る気満々だったんだけど、
「珠美の荷物、置きっぱなしだろ」
 って言われて、そんなの真己くんだってそーなのに、そこのとこはおかまいなしで、とりあえず、真己くんと一緒に真己くんの家に帰った。
「ただいまー」
 って、真己くんとあたしの声に夕飯の支度してたおばさんがエプロンで手、拭きながらお出迎えしてくれる。
 あたしと真己くん、仲良く手、繋いだままで……。
 それでもう全部察したみたいに、さすが真己くんのお母さんだよ、って感じに、おばさんがちら、って真己くん見た。
 真己くん、なんか、意味ありげーに笑った。
 あたしは、え、なに? って思ったんだけど。
 おばさん、手、まだちょっと濡れてたまま、真己くんの頭、ばこんて叩いた。
「ええ!?」
 いきなりだったから、あたし、驚いてるのに。おばさんはかまわずに真己くんのほっぺ、げんこつでこれでもかってぐりぐりした。
「まーきー、あんたって子はーーーーっ」
 とか、おばさん言うから。
 え、あの。
「うわあああっっ」
 あたし、顔、真っ赤になって、やだもーって真己くんと繋いでた手、離して赤い顔、隠した。
「なに!? もう、ばれてるのー??」
 あたし、顔に出てた!? 
 って思ったんだけど、真己くん、にやにや笑ってて!
 ああ! それはもしかしてさっきから真己くんが!! わざと!!
「ばーらーしーてーるー!?」
 てことは、
「おばさん、うちのママに言っちゃう!? そしたらあたし、お嫁さん!? それも決定!?」
 あたし、力いっぱい喚いてるのに、真己くん笑ってるばっかで、おばさんまで嬉しそうに笑い出した。
「あらま、珠美ちゃん、うちにお嫁さんにきてくれるの?」
「ええ!? あの、そ、それはそそそそのうち……には……だけど、マ、マ、にはどうかまだまだまだまだほんとにとってもとにかく内緒にぃっ」
 あたし、必死なのに!
 真己くん、ぶはあ、って笑った。
「内緒にしとくから、珠美、今言ったこと、忘れんな」
 ………………って。
 あたし、はた、と顔上げる。
 そのうちにお嫁さん……。
 高校、と、お嫁さん、と、両方……決定……決定!? ええ!?
 将来のビジョンがいきなりくっきりはっきりでパンクしそーな頭、おばさんがよしよし、って撫でた。それでおばさん、もう一回、真己くんの頭、叩く。ぱこん。
 キッチンでお鍋がぼこぼこいい出して、おばさん、もっと真己くん叩いてたいみたいな顔しつつ、
「……もー、あとはふたりで仲良く勝手にしなさい。真己はちゃんと責任ある行動取るように」
 とか言ってキッチンに慌てて戻っていった。
 真己くん、頭の叩かれたところ痛そうに撫でながら、
「勝手にしろ、だって」
 どーする? って、聞いてくる。
「おれ、責任取るけど?」
「うー……」
 ……どーするもこーするも。
 なんか、どーにも真己くんの思惑通りに事、進んでる気がして、せめてちょっと抵抗したくて、いーーー、ってした。
「いいよ、あたしだって勝手にするもん。ずーっと、ずーっと一緒でいいもん。ほんと、ずっとだよ?? 真己くん、途中でイヤになっても知らないけどねっ」

     ◇


 「好き」って、どういう意味の好き?
 ずっと、ずっと一緒にいたい、っていう意味の好き、だよ。



〜 アカリ おわり 〜