〜 アカリ 2 〜



 ベットの横のガラスのテーブル、並んでノート覗き込んでた。マジメにするって言った手前、しばらく、まじめに、かしょかしょとシャーペンの芯、ノートの上、滑る音だけして。
「午前中は補習で、午後から宿題とか予習とか復習で、受験生っぽいよねー」
 夏休み、なんだけど、週に四日、学校で午前中に補習とかある。あたしだけ勉強できないから、とかじゃなくて、三年生全員集合。先生も大変。
「ぽい、じゃなくて、そーなんだよ。珠美、わかんないとこは今日中に聞けよ。おれ、明日は黒柳と図書館行っていないから」
「図書館デートが多いね。さすが受験生」
「まあ、涼しいし、静かだし」
「今日は?」
「図書館、休み」
「そうなの?」
「そー」
 あたし、図書館なんて行ったことないから、そーなんだ、と思いながら、
「だからあたし呼んでくれるのいっつも水曜なんだ」
「……まあ」
「あー、でもさあ、あたしなんて呼んでないで、お勉強デート、ここでやればいいのに」
 普通にそう思って言ったんだけど、真己くん、ものすごく思ってもみなかったこと言われたみたいな顔した。
 え、その顔はなに? ってあたし、考えて、
「ああ!」
 そうか、って思いついたことにあたし、ポンて、手、叩いた。
「そーだよね、たまにはあたしのお勉強も見てあげなくっちゃだからねえ」
「……自分で言うなよ」
「だって、ここは自分で言っておかないとさあ、って、あたし教えてもらってもちっとも頭よくならないけどね。あ、あたしが高校浪人しても見捨てないでね!? ママには絶対に見捨てられるけど……うわあ、見捨てられるよね、ちょっと、絶対だよね!? え、なにそれ、勘当、とかいうやつ!?」
 自分で言ったことに思わずすっかり動揺したら、真己くん、あたしの頭ぐりぐりした。
「落ち着け」
「えーだってー」
 反論したら、みつ編み、引っ張られた。
「いたたたた」
「珠美、妄想にハマりすぎ。そこまでは成績悪くないじゃん」
「ママには一番以外はみんな一番以外で、あとちょっと頑張ればできたのに、なんていい訳はあとちょっと頑張らなかったのが悪いって怒る人なんだよ。……て、あれ、ええ!? あたし、成績悪くない?」
「いつも半分よりは上なんだから、そんなに悲観するほどじゃないんじゃないの?」
「……おお」
「なに感動してんの」
「なんか、成績のことで初めてほめられた気がする」
「……ほめてはないけど」
「やーもー、そうだよねー、一番は真己くんが取るんだから他の人に取れるわけがないんだから、こりゃもうあたしにも誰にも取れなくてもしょうがないんだよねえ」
「……かもね」
 真己くん、途中からどうでもいいみたいな返事、宿題の片手間に答える。
 あたし、まだ二問目、考え中なのに、もうとっくに五問くらいさらさらーって解きながら、鼻歌とか歌う。余裕!
 おかげであたし、ちょっとあせる。あせるんだけど、解けない問題は解けなくて、涼しい風が吹いてきてクーラー見上げて、今は開いてるカーテンから自分の部屋、見た。そんなとこ見てる間に、真己くん、宿題、もう次のページ、で。すごいなあ、って思って。
「真己くーん」
「んー?」
「あたし、高校浪人は免れても高校は違うけど、それでもやっぱりお勉強、教えてね」
 ごと、って真己くんの飲みかけのペットボトルが倒れた。そんで、
「は?」
 真己くん、ものすごく、この上なく思ってもみなかったこと聞いたような顔するから、あたしは、なんでそんなに驚いてんの当たり前じゃん、って顔で、
「真己くんは北高でしょ?」
 この辺で一番おりこうさんの高校なんて入れるの確実だったから。
 あたしは入れないの確実。って、入る気もないし、考えたこともないし。
「来年の夏もね、うち、きっとクーラー入れてくれないから、お勉強口実に真己くんの部屋、呼んでね」
「……クーラー」
 口の中で、真己くん、確かめるみたいに言う。そんで、口の中で確かめたこと、
「クーラーかよ」
 なんか自分に突っ込み入れた。倒したペットボトル拾って、
「よかったね、ペットボトルって、フタあって」
「……そんなことより。おれ、北高?」
 真己くん、それ、なんかヘンな質問だよ、と思いながら、
「そうでしょ?」
「なんで?」
「なんでって、違うの? うちのママ、真己くん北高ってものすごく尊敬してたけど」
「珠美ママ情報間違い。おれ、東高だもん」
 北高からランク、ずいぶん下の高校、真己くん平気な顔で言った。あたし、ちょっと、タイム、休憩、考え中。
 …………東高……。
「って、ええええ!? 東!? なんで!?」
「なんでって、なにが?」
「それ脳みその無駄遣い、じゃなくって、もったいないじゃん、脳みそ、使うことなさすぎで!」
「だって」
 真己くん、大声のあたしに唖然としながら。あたしがなに言ってるのか全然まったくさっぱり見当ついてない感じで、しかも、ものすごく当然、みたいに、
「珠美、東だろ?」
「え、あたし、女子校だよ南女子高。東じゃなくて南」
 真己くん、ペットボトル、ごとって倒す。また倒す。
「おまえ、東って言ってたじゃん」
「そーだったけど、東よりは南のほうが少しはレベルいいからってママが……」
「ママ、ママって、おまえ……」
 真己くん、どうしてか怒ったみたいに言いかけて、ふっと目に付いたカーテン、真己くん、慌てて閉めた。
「うわ……」
 部屋の中、一気に暗くなった。真己くんの部屋、もともと日当たりがよくなくて電気、いつも付いてるんだけど。真夏の太陽の明るささえぎられて、部屋の電気だけの明かり、なんか暗くて。
「えー、開けとこうよー、不健康だよなんかさあ」
 あたし、真己くん押し退けて、ベットに這い上がる。
「開けない」
「なんでー?」
 カーテンにかけた手、
「開けるなよ」
 真己くんに掴まれた。掴まれてそのままずるずる引っ張られて、ついでに蹴られてベットから落とされた。
「痛ーい! ひどーい!」
「ひどいのはどっちだよ」
「真己くんじゃん」
「珠美だよ」
「なんでさっ」
 ベットの上の真己くん、じっとり見上げたら、
「……見るな」
「えー、見るのもなしー?」
 あたしの不満の声、真己くん横向いて無視して、
「とりあえず、今日の分の宿題、やっちゃえよ」
「とりあえず?」
 なんか、念のために聞いたら、
「終わったら、さっさと帰れ」
 不機嫌でふくれっつらで、
「え、なんで急に怒ってんの?」
 ふくらんだほっぺつまんだら、真己くん、びくってなんか電気とかに触られたみたいに、あたしの手、はね除けた。
「え」
 思い切り、されて。そんなふうにされるの、実はあんまりなくて、あたし、びっくりしてるうちに、はね除けたと思った手、また掴まれて。うわあ、またついでに蹴飛ばされる、って反射的に身構えたのに、真己くん、蹴飛ばしたりしなくて、ただ、手、掴んでた。
 片手で掴んでたの、そのうちに両手になって、手の……っていうか腕の、骨とか肉とか皮とか、確かめるみたいにふにふに触る。
「真己くん?」
 ちょっと、あの、なんか、真己くんの雰囲気怖いままで、腕、とか、触るって言うか、なでなでされて、
「うわあ!」
 ぞぞって気持ち悪いの、新手の嫌がらせかと思って、腕、ぶんぶん振ったんだけど、真己くん離れなくて、
「……やっぱさあ」
 離れるどころか、すごい力で、
「さっき、しないって言ったけど、やっていい? 珠美、ぜんぜん分かってないし」
「……へ?」
 なにを? なにをやるの? あたしがなにを分かってないの? って、よく分かってない頭の中、腕の内側の柔らかいところ、真己くん、親指の爪食い込んで、痛くて真己くんに引き戻される。
 引き戻されて、正面から真己くん見ちゃって、どうしてか、目、そらしたら、
「なんでそらすの?」
 さっきは見るなって言ったくせに、
「見てて」
 腕、引かれて。
「おれだけ見てたら、すぐに終わるから」
 引かれて、引き寄せられたと思ったら、肩、すごい力で押された。
 ベットの上、あたし、真己くんに押さえ込まれて、真己くん、あたしの顔見て、笑った。茶色い目、いつもと違って、ここは笑っておいた方がいいからとりあえず笑っとくか、って感じで。そんなの、ぜんぜん、真己くんじゃないみたいな笑い方で。
「さすがの珠美も、さすがになにされようとしてるか、分かった?」
「なにって……」
「ここ、ベットの上で、おれが男で、珠美が女ね」
 分かる? ってもう一回、聞かれた。
 ……………………ここ、ベットの上で…………。
「……あの……」
「あ、やっと分かった顔した」
「え、いや、あの……っ!」
 分かった顔、てことは。
「あの……冗談……だよね?」
 ……だって、まさか、ねえ。って、どうしても「まさかねえ」って思いたいあたしの顔見て、気持ち察して、
「冗談じゃなくて」
 真己くんまた笑う。やっぱり、ヘンな、笑顔で……。
 あたし、ベットに押し倒したまま、
「やらせてよ?」
「……真己く……」
「嫌なら、いつもみたいに母さん、呼べば?」
 顔、一応、笑ってるのに、すごい力で、ほんとにすごい力で、
 肩、押されたまま。
 腕、掴まれたまま。
 真己くんの顔、近付いてくる。
「……真己く、ん……?」
「なに?」
 なに? ってなんでもないことみたいに言ったくちびるが。
 ……あ……あの……っ!!
 うわ。
「んっ、真己く……」
 キス、された。真己くんに……!
 ええ!!? って心の叫び、ここはひとつちゃんと叫びたかったんだけど、叫べない。だから、あの、口、ふさがれてて……っ。
 あたし、びっくりで。
「あ、珠美これが初めて?」
 って聞かれて、初めて? って言われたらそりゃもちろん初めてだったんで首振り人形みたいに頷いたら、
「よかった」
 とか、真己くん嬉しそうに言ったりして、また、キスしてきた。
 ……あたし、びっくり、継続中で。
 今まで、ほんの今まで、ほんの一瞬も想像もしたことのなかったことされてるのにとにかくびっくりで、目、とか開いたままで、……真己くん、閉じてる。まつ毛、見える……。
 じゃなくてっ。
「……んーっ」
 キス、長い。長いよー。ああ!? もしかしてギネスに挑戦!? とかじゃなくて。
 あの、いい加減にっっっとか思ってたら真己くん、口、離れて、ぷは、って息、吸ったところにまた、
「っ……んんっ!」
 くちびる、押し付けてくる。そんで、真己くんの手、手が……っ。胸、触った。
 …………………………え、ええ!?
 触ってる、ほんとに、ちょっと、あの……っ。
 ブラのワイヤーのとこから、ぐいって持ち上げるみたいに……うわあ!
 ま、
「き……くん……!?」
 やっと言葉になった声、が、なんか……。
 なんか、口の中、入ってきたのに飲み込まれた。なんかって、そりゃ、べろ、しかなくて。
 ぬるって、滑り込むように入ってきて。
「……やっ!」
 あたし、ぞっとして、暴れた。
 やだ……やだやだ!
 あたし、めちゃめちゃに暴れて、真己くん蹴飛ばして、
「……珠美……」
「やだ!」
 うわあ、やだってば、なんかとにかく……っ。
 真己くん、あたしが蹴飛ばしたとこ痛いはずなのに、痛いのなんてどうでもいいような呆然とした顔してて、あたし、くちびる……っていうか、口の中、
「気持ち……悪……っ」
 口元、手で押さえて、でも、押さえても気持ち悪くて。
 真己くん、呆然としてた顔、なんだかびっくりした顔にした。
 え、なんで真己くんがびっくり?
 真己くん、あたしから目、そらすから、あたしもなんとなく目、そらして、そこにさっきの鏡あって、あたし映って……うわ、泣いてたよ。
 って、ええ!? あたしが泣いてんの!?
 あたし、自分でびっくりして、でも、気持ち悪くて、だって、あんな感触、感想、気持ち悪いしか出てこなくて。
 あたし、口元、押さえたままで。真己くんがちょっと動いたのにびくってしたら、びくっとしたあたしに、真己くんはっきり怒った顔して、足元に転がしてたフデバコ、思い切り蹴飛ばした。
 がしゃ! って
 うわあああ……。
 派手な音、して。その後は、しん、として。
 しんとした中で真己くん、あたしのノートと、それからなんだか机の引き出しから出したノート、一緒にしてあたしに押し付けた。え、なんのノート? とか思ってぱらぱら見たら……それ、夏休みの宿題、終わってるノートだった。……はい!? ええ!? 終わってるの!? もう!? うわ、早っ!! って、終わってるのになんでまた宿題してたの!? 
 って、もーなんか色々、なにのどこに重点置いて頭使えばいいのかぐるぐるしてきてたら。
 真己くん、ノートなんてどーでもいいみたいに言った。
「珠美、おれのこと、好きなんじゃないの?」
 好き、なんじゃないの?
 って。
 ノートにちょっと気、取られてたとこに、不意打ちで言われた。
 ふ……不意打ち! うわ。
 うわ、ってがば、って思わず真己くん見ちゃって。
 待って、ストップ、ストップ! たいむー! うわー、いやー、あたし、口元から顔中隠したい気分で俯いた。
 だって、これ、この顔見られたら、あの……っ!
 …………ばれちゃう、よ。
 ほんと、ばれちゃうから、って、かなり泣きたい気分で思って、でも、あたし、そういえばもう泣いてて。
 好き、って。
 好き。それは好き、だけど。
「珠美、おれのこと好きって言ったよね」
 言った。それは言いました。だから、こくこく頷いた、ら。真己くん、やっぱり怒ったまま、
「なのになんで女子校とか言ってんの?」
「…………にょ?」
 ……女子校の、じょ、って言いたかったの、口押さえたままだったから、ヘンになったの、真己くん笑わなくて、
「おれたち、長い付き合いで、いつも一緒なんじゃないの?」
 あたし、こくこくこくこく頷くの、真己くんが、睨んだ。泣きそうな、顔して。
「なんだよ、じゃあ一緒にいろよ高校も!」
 でもだって、それ、かなり無理……ってあたし言いたいの、聞く気もないみたいに、
「おれ、珠美が好きだよ」
 好き、って、また言う。
「珠美が好きだよ」
「……あの」
 あたし、ちょっと、真剣に、もーやだー、とか思った。
 だって、やだよ、こんなの。そう思って思い切って、
「好きって、それ、あたしも……」
 口元押さえるのやめたら、抱えてたノート一緒に落として、慌てて拾おうとしたの、真己くん、どうでもいいみたいに、
「その好きじゃない」
 って、言った。
「……え?」
「意味が、どーせ、全然違うんだろ」
 あたし、ノート、拾い上げる前に真己くん、あたしの横、どすどすって音立てて歩いて通り過ぎて、部屋、出て行った。かと思ったら戻ってきて、自分のノート持ってまた出てく。
 意味って……。だから好きって、それ、だからほんとーにあたしもなんだけど……あれ?
「真己くん……」
「その涼しー場所、珠美に提供するから、よく考えろ」
「でも、あのね」
「おれの気持ち、よく考えろよ!」
 振り向かないで言って、階段バタバタ下りて、あの、提供って、真己くんはどこ行くの? とか思ってたら、隣のあたしの家、真己くんの声、こんにちはーって響いて、それで……あの……あたし、真己くんの部屋のカーテンと窓、開けて斜め向こうの窓見てたら、真己くん、なんでもない顔してあたしの部屋入って、机、座り込んで、なんか、勝手にあたしの教科書とか開いて勉強し始めた。
 え……あの……。
「ま、真己くーん?」
 あたしの部屋暑いから、窓開いたまんまで、声、聞こえてるはずなのに無視されて。
「まーきーくーんー」
 とりあえずしつこく呼んだら、真己くん、振り向いて、あかんべ、した。
 ……うわ、あかんべって、あの、べろ、が……。
 気持ち悪いの思い出して、あたし、慌ててまた口元押さえたら、今度こそ真己くん、つーんて向こう向いて、もう絶対に振り向いてくれなかった。
 これはもしかして久しぶりに……。
「いやーん、おばさーん、真己くんがねー」
 真己くんの部屋、あたし、ノートとか散らかしたまま飛び出して、階段の下のおばさん呼んだら、おばさん、ひょいって顔、出した。手に、なにやら見慣れた柄の布と紺色の布、持ってて……って、ああ! それ、あたしのパジャマと制服!
 おばさん、楽しそうに階段、軽快に上ってきて、でも間近であたしの顔見て、
「え、珠美ちゃん泣いてるの!? 今回のはそんなに酷い喧嘩だったの!?」
 喧嘩、って言った。
 ……そっか、やっぱり、喧嘩、かなあ……。
 喧嘩、すると、真己くんのおばさん真己くんに、珠美ちゃんいじめちゃだめよ、って怒るから、怒られるのいやで、真己くん、あたしの部屋に閉じこもる。あたしも、真己くんみたいにいい子とどうして喧嘩するの、ってママに怒られるから、だから、真己くんの部屋に、逃げちゃうんだけど。
 おばさん、真己くんの部屋覗きこんで、いつもキレイな真己くんの部屋、ノートとかフデバコの中身とか散らかったまんまの惨状に、あらまあって肩すくめた。
「ずいぶん久しぶりで、大爆発、って感じねえ」
「……ねー」
 っておばさん見上げたら、おばさん、やっぱりそうだったパジャマと制服、真己くんのベットの上に置いてくれながら、
「おばさん、珠美ちゃんと久しぶりにご飯一緒に食べれるわ、って喜んじゃった。……けど、あの子も、女の子泣かせるなんていったいどんな喧嘩したの? 珠美ちゃん、酷いことされなかった?」
 おばさん、真己くんと同じ茶色い目で覗き込む。
 ……茶色い、目、だったから。うわ。
 酷いこと、って、あたし、真己くん思い出したの、よりによって気持ち悪かったシーンで。もう反射で口元、両手で押さえた。
 おばさん、じーっとあたし見て、口押さえるあたし、真己くんにされたこと言いたくないんだ、って勘違いして、
「たーまーみーちゃーん?」
 怒らないから言いなさーい、ってすでにもう結構真己くん怒る気満々に言うから、あの、別に真己くん悪いわけじゃなくって、って思って、
「あの、べろ、入ってきたの気持ち悪かっただけで……えーと」
 それだけですぅ、暴力とかの酷い事はそんなにされてないですぅ、って言うつもりだったんだけど。言う前に、おばさん、二階の床、抜いちゃいそうな重い声で、
「まーきー」
 って、唸った。
「あの子、いつの間にそんな技を……」
 は? 技? とかあたし思ったの、おばさんポンポンって肩たたいてなだめて、にっこり優しく、
「で、他には? なにもされてない?」
「え、あー、されてないです」
 キスとか、胸触られたりとかなんて、ぜんぜん。って、あたし、言ってないのに。うっかり、ベット、とか見ちゃって。そんで慌てて自分の胸、押さえたりしたら、
「……あら、そう」
 おばさん、ふかーいため息ついて、部屋の中、ぐるっと見回した。それからおもむろに、目を止めた机の一番下の引き出し、がって開いて、奥の方からどんぴしゃ、って感じで見つけ出した箱、
「あ」
 って、中身ばら撒いて、慌てて拾って、おばさん、慌てた自分になんかがっくりした。でもがっくりしたのも束の間で、なにかにはっとしてあたし見て、
「まさか珠美ちゃん、真己とすでに……!?」
 あたし、首かしげて、
「その箱、なあに?」
「……わかんないなら、まあ、大丈夫ね」
 言いながら、箱、
「没収」
 ってエプロンのポケットに突っ込んだ。
「……待って、没収しちゃったらかえってマズイかしら!?」
 とかあたしに意見求めるみたいに見て、でも、あたしきょとんとしてて、おばさん、また深ーい溜め息、した。
「あの子、彼女、いたわよねえ?」
「いる、です」
「……珠美ちゃんには未使用。でも箱は使用済み……」
 おばさん、小さくぶつぶつ言うから、
「なあに?」
 って聞いたら、おばさん、なんだか色々笑って誤魔化しながら、テキパキと真己くんの着替え用意し始めた。真己くんの制服もやっぱり持っていく。あー、明日はあたし、真己くんちから学校、補習、行くのかあ、それも久しぶりだなあ。
「じゃあ珠美ちゃん、真己の部屋は好き勝手にしていいからね」
 おばさん、夕食で来たら呼ぶから、って付け足してそそくさ部屋を出て行った。あたし、また窓から自分ち見る。おばさん、うちのピンポン押して、出てきたママに真己くんの着替え渡すだけかと思ったら、あたしの家、上がりこんで、あっという間にあたしの部屋で、なんだよ、とか言ったみたいに振り返った真己くんの頭、ぺし、ってはたいた。それから問答無用で真己くんのほっぺ、げんこつでぐりぐりする。
 うわ、痛い痛い。って、見てるあたしが痛そうな顔したの、真己くん、窓の向こうからちらって横目で見て、でも、あたしと目が合ったのに、合ってないみたいに、する、から。
「……真己くん?」
 真己くん、あたし、無視する。
「真己くん!」
 おばさんだけ、振り返る。
 真己くんは、無視、する。
 無視、されて、あたし、カーテン、閉めた。もー無意識に閉めてた。ジャッ、って、勢いよく。
 ……あれ、なんで閉めたんだろ? とか、後で思ったくらい、無意識、だった。
 …………………あれ、なんで閉めたんだろ?
 とか、後で思ったの、おばさんのおいしーご飯食べて、お腹ぽんぽんで、だってせっかくだからあれもこれも食べてね、とか言われておいしーから食べちゃって、腹ごなしにめずらしくお勉強とか、して。だって、他にすることないし。真己くんの部屋、漫画とかないんだよ。推理小説マニアなんだよ。時刻表とか使うやつ。小説の棚に時刻表置いてあるし……マニアだよねー。
 あたし、真己くんの部屋の中、ぐるって見て、目、止まったの、カーテンで。
 あれ? あたし、いつカーテン閉めたっけ?
 あたしの部屋、いっつもカーテン開けっ放し。だから、閉める習慣、ない。
 あれえ?
 って首傾げてたら、ドア、ノックされて、真己くんのおじさんが顔、出した。
「珠美ちゃん、珠美ちゃん、おじさんとゲームしないかい」
 なんか、パズルゲームのソフト、見せてくれながら。
「真己はあいつは強くていかん」
 おじさん、勝てないのしょぼんとする。あたしは、おじさんが真己くんの名前口にして、またカーテン見てた。なんか、カーテンばっか見てるのイヤで、
「やる。えーでもあたしもパズルゲームなかなかやるよぉ? あー、真己くんには勝ったことないけどさあ」
 真己くんの部屋、電気消して、出た。
 おじさんとの対戦勝率は五分五分で、よしもう一回戦だ、とか言ってたら、珠美ちゃん、お風呂どうぞ、っておばさんに言われて入って、ほかほかあつあつでぷはー、って戻った真己くんの部屋、真っ暗で。
 電気、消したんだからそりゃ真っ暗、なんだけど。
 ……明かり……が。
 カーテンの向こう、明るくって、どきってした。
 髪の毛長いの、頭の上でくるくるに止めて、バスタオル首に引っ掛けて、真己くんのベットに上がりこんだ。
 カーテンの向こうで明るいの、あたしの、部屋、だ。
 ちょっと、覗いたら、真己くん、いつもあたしがしてるみたいに、カーテンしなくて、窓開けっ放しで、真己くんもお風呂上りなのか髪、濡れてる感じで、あたしの机に向こう、向いて座ってた。勉強……じゃなくて、漫画、読んでる。だってあたしの部屋、漫画しかないし。
 えー、なに読んでるのかな? オススメはね、本棚の上から三段目の右端のね……って思ってたら、ふいに真己くん、顔、あげて。
 こっち、見た。
「うわあっ」
 あたし、なんでか、カーテン閉めて、隠れてた。そんでなぜかさらに慌てて部屋の電気つけた。
 部屋、明るくなって、カーテンの向こう、あたしの部屋の明かり、見えなくなる。そんでちょっとほっとした。
 お昼から真己くんの部屋に置きっぱなしだったドライヤーで髪、乾かして、そしたらもうやることなくて。
 ……寝よ。
 あたし、真己くんのベットで、真己くんのタオルケット、ごそごそかぶった。
 ……なんか、真己くんの匂い、する。
「……うー」
 がばって起きて、起きてもしょうがなくてまた寝る。
「あ、電気」
 付けっぱなしだ、と思ってまた起きる。でも、消すと、真己くんがいるあたしの部屋、明るくて。
 あたし結局、電気、いつもみたいに付けっ放しで寝た。
 ……寝る。よし、寝るぞ。
 とか思うほど、寝れなくて。
 だって。
 お腹、まだなんか一杯だし。おじさんとのゲームの勝敗ついてないし。
 だって。
「……真己くんが」
 あたし、唇、触った。
 ……真己くんが、キス、したし。
「真己くんが……っ」
 あたし、胸、触った。
 真己くんが……っ! 胸、触ったし!
「真己のえろえろ大魔王ーーーー!」
 まくら、壁に向って投げ付けた。一応、人の部屋だから壁のなんにもないとこ狙って、まくら、ぼとって床に落ちる。
 まくら、ぼとって、へにょ、って半分折れたみたいになってて。そのままで。あたし、べっとからずりずり降りて、拾い上げた枕、抱き締めた。
『おれ、珠美が好きだよ』
 真己くんの声、聞こえて、あたし、きょろきょろ部屋、見回した。
「……ああ、そーですか」
 そーなんですか。
 真己くんの声に返事して……まくら、抱き締める。
 ……あたし、枕、抱えたまま、ベットに上って、カーテンの前に座った。
「……あの」
 ねえ、あのね、ママ。
 あたし、女子高、行きたくないよ?
「……真己くんが、好きだよ?」
 あたし……さあ、
「あたし、真己くんが好きだよ」
 だから本当は、
「真己くんと同じ高校、行きたいです」
 カーテンに向ってぶつぶつ言う。
「……ねー、もーねー、そーなんだよー」
 そうゆーことなんだよー、って、言ってみたら、ちょっとすっきりした。そういうの、ぜんぜん無理なことだけど、なんだよー、言うくらいただじゃんかー。とか開き直って思った途端、ぶはあ、って大きなあくび、出て、枕、抱えたまま、ベットにごろんて寝転んだ。
 寝れなかったはずなのに、もうそっこうで寝てて、朝、その格好のままおばさんに起こされた。その時点でいつもより起きるの遅くって、おばさん、起こしてくれたの真己くん時間で。
 そりゃ、真己くんなら用意、早いかもだけど、あたし、髪、縛ったりとかご飯食べたりするのとか遅くて、いってきますー、ってあわあわ慌てて真己くんち飛び出して、駆け込みで教室に入ったらちょうどチャイム鳴った。うわあ、ギリギリセーフ。
 あたし、息、ぜいぜいしながら席に着く。斜め前の席の真己くん、もうとっくに登校してました、って顔で、補習用の問題集広げて、それだけ見てた。いつもなら「おはよう」って言ってくれるのに、言ってくれない。
「あの、真己くん……」
 呼んだ、けど。先生が教室に入ってきたのに気を取られて、あたしには気がつかなかったみたい、だった。



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