〜 アカリ 1 〜



 「好き」って、本当に「好き」の好き? どういう意味の「好き」?


     ◇

 セミがミンミンジージーうるさい八月のちょっと過ぎた頃。
 宿題の『セイテンノヘキレキ』ってどんな意味だろ、とか思って辞書引っ張り出したんだけど、どーにも暑くて引っ張り出したとこでぐったりしてたら、部屋のドアコンコンってノックが響いた。あたしの返事なんて待たないでドア開いたママが、
「珠美(たまみ)」
「はい?」
「真己(まき)くんが呼んでたわよ」
「ほんと? もう帰ってきたの?」
 あたし勢いよく、開けっ放しにしてた窓から身を乗り出して、お隣のちょっと斜め向こうの窓、覗いた。カーテン、相変わらず閉まったまんまで人の気配、ないみたいで、あれ、ほんとに帰ってる? って視線、ママに送ったら、
「ママがあなたに嘘ついてなんの得があるの」
「そう、だよねえ」
「真己くん、部活が早く終わったからって、わざわざ声をかけていってくれたのよ。今日はいつでも来ていいって珠美に伝えて、って」
「あ、じゃあ、お風呂とか入ってるのかな」
 斜向かいの部屋にはまだ人の気配、ない。
「そうでしょ、きっと。真っ黒だったから。男の子って大変ね」
 あたし、机の上に広げてただけの夏休みの宿題、ぱたぱたまとめて抱えた。
「真己くんサッカー部だし、汗まみれ泥まみれで、お日様に焼かれて真っ黒なんだよ。ほら、中学最後の夏だし」
「珠美はその最後の夏、部活、やめたんだから、その分お勉強ぐらいもっと頑張ってちょうだいね」
「えと、はい。今から頑張ってきます」
「真己くんによくお礼言うのよ。あなた、部活ばっかりやってる真己くんにも、お勉強、全然追いつけなくてお勉強、教えてもらってばっかりで。受験、大丈夫なの? ちゃんと高校に行く気があるの?」
「ある、です」
 ママとこの話するの、苦手で、
「じゃ、じゃあ、あの、お隣さんに行ってきますー」
 ママの横、こそこそって抜けて、階段駆け下りて玄関までダッシュした。振り返ったらママ、見えなくて、大きく息、吐き出して、サンダルつっかけて、そうやって呼んでいいのかってくらいのアプローチ抜けて、お隣さんまで一歩、二歩、三歩……えーと、……何歩だっけ? 
 あたし、自分の家まで戻ってもう一回数え直す。
 一歩、二歩、……大股で五歩くらい。近ーい。
 真己くんちのピンポンも押さずにかちゃかちゃって小さな門扉勝手に開けて、またちゃんと閉めようとしたところに、声、かけられた。
「……あの」
 って、控えめだったけど、なんか絶対あたしのこと逃がしてなるか、って感じで、
「はい?」
 人んちの玄関で人んちのこと訪ねて来た人に返事するのもどうかなあ、って思いながら、
「あ、あたしここの家の人じゃないので、おばさん、呼んできましょーか?」
 一応、言ってみたけど、言いながら、あーこれはおばさんじゃなくて、
「真……じゃない、山西くん、呼んだほうがいい、ですか?」
 って、確認してみた。
 だって、その子、えと、確か、そう、1組の駒田サン、だったから。
 真っ直ぐなさらさらの髪がさらさらしてて、賢そうな目がくりんってあたし見る。
「……相沢さんでしょ?」
 駒田さん、あたしを確認する。
「山西くんと幼馴染の相沢さん、でしょ?」
「そーです」
 生まれた時からお隣さんの幼馴染の相沢珠美です。
「ふーん」
 てあたしのこと上から下まで確認して、駒田さん、手紙をあたしに押し付けた。
「山西くんに渡して」
「……えーと」
 あたし、また? って思いながら見慣れたそーゆうの、じっと見た。
 真己くん、面倒がってケイタイ持たないからメアドとかなくって、だから、手紙、で。
 ら、らぶれたー、って、あたしはもらったことないからあたしがもらうのには全然慣れてないけど、えと、あの、真己くんに来るのは、ねえ、見慣れてて。
「あの、自分で渡そうよ、こーゆうのは」
「相沢さんが渡してよ」
「なんでー?」
 駒田さん、そんなの当たり前でしょう!? って勝気な顔で、
「だって、相沢さんに橋渡してもらうと、山西くん、付き合ってくれる確立高くなるじゃない」
「……ええ!?」
「けっこう有名だよ」
 そ、そんなの知らなーい。
「で、でででも真己くん、ほら、今、彼女いるし。確率高くなるって言われてもさあ……」
 あたし、人前では山西くん、て呼んでるのうっかり忘れて真己くんって呼んじゃったの、気のせいか駒田さんに睨まれながら、
「知ってる。3組の黒柳さんでしょ?」
「うん、そー、3組の……」
 黒柳さんの前が5組の石川さんで、その前が2年生の天野さん、って子で……その前は……誰だっけ。あたしは多すぎて覚えられなかったんだけど、駒田さんは全部覚えてるって顔で、
「手紙にちゃんと、黒柳さんの次でいいって書いておいたから平気」
 平気って、あの……。
「じゃあ、よろしくね」
「って、あの!!」
 手紙、自分で渡してよー、ってひらひら振ったけど、駒田さん、走って角、曲がって行っちゃった。
 やだーもー、自分で渡そうよー、って心の叫び聞こえたみたいに、
「……何やってんの? 人んちの玄関先で大声出して」
 やっぱりお風呂に入ってたらしい真己くんが、頭からタオルかぶって玄関から顔、出した。ジーンズにTシャツ……のTシャツ、髪からぽたぽた落ちてくる水で、
「濡れてる濡れてるっ。ああ! 床も濡れてる! もーだめじゃーん」
「あー?」
 真己くん、自分の歩いて来たとこ、のんびり振り返る。
「ほんとだ、珠美が拭いといて」
「……はーい」
 ちょっと……かなりムカツクのムーな提案だったけど、宿題教えてもらうし、まあいいかー、と思って、
「おばさーん、雑巾貸してー」
 って、あたしが言うの、真己くん、違うだろ、って。
「え、なにが?」
「拭くの、床じゃなくて」
「どこ?」
「おれの頭」
「……もー、おばさーん、真己くんが甘えんぼですー」
「甘えんぼだもん」
「しかもそんな自分を自覚してますー、タチ悪いですー」
 真己くん、あたしの荷物引っ手繰るから、しょうがなくてあたし、真己くんの頭、がしがし拭いた。
「もー、こんなに濡れたままでー。風邪ひいても知らないよー? 夏風邪ひくバカは恥ずかしーんだよー?」
「おれバカじゃないもん」
「うわ、そーだった」
 賢かった。ものすごく。
「でもやっぱりひいたら困るから気を付けてよねー」
「困る? 珠美が? おれの心配?」
「そー」
「そんなに心配? もしかして、おれらぶ?」
「なに言ってんのー。宿題見せてもらえなくなるじゃーん。風邪ひいたらうつるのヤだから近付けないしー」
「……あ、そう」
 真己くん、あたしより15センチも高い頭、あたしが拭きやすいように下げたままで。
 玄関先で。
「あら珠美ちゃん、いつもごめんね」
 真己くんのおばさんが、いらっしゃい、っていつものにこにこ笑顔くれた。
「いつまでもふたりしてそんな暑いところにいないで、お部屋にいったら? あ、ドライヤー持って行く?」
 って、洗面台から持ってきてくれたドライヤー、真己くんの荷物に追加した。ついでにスナック菓子と500ミリリットルのペットボトル二本、追加して、真己くん、大荷物でぶつぶつ言いながら階段上がっていく。あたしはタオルだけ持って着いて行く。
 真己くんの部屋、クーラー効いてて、
「やー、やっぱ夏はクーラーいるよねー。うち、どーにも子供部屋に付けてくれないんだもん、暑さでへろへろだよー」
 真己くんさっそくペットボトル、一気に半分くらい飲んだ。
「珠美の部屋にクーラー入れたら、珠美ママが心配でしょーがないからだろ」
「なんの心配?」
「腹出して寝てんだもん、夏風邪ひきっぱなしのご近所の夏風邪バカ大賞が珠美に決定しちゃうじゃん」
「……しないもん。お腹出してないもん」
「出てる出てる、丸見え」
 真己くん、ひょいって窓の向こう指差す。あたし、真己くんのベット踏み付けて、閉めっぱなしのカーテン開けた。
「うわあ!」
 ……あたしの部屋のあたしのベットが丸見えだった。
「うそーなんでぇ!? 前からこーだった!?」
「なんかこの間ちょっとベットの位置ずらしたら、なんかそーゆうことに。珠美、明かりつけたまま寝るし、恥ずかしーくらい丸見え」
「言ってよー、そーゆーことはさあ。自分だけカーテンちゃんとしてて生息不明なのに、花の女子中学生の生着替え見放題なんてずるいー」
「……ずるいのかよ」
「えー、だって真己くんの生着替えあたし見れないじゃん」
「見たいの?」
「真己くんの生着替え写真、高く売れそう。たくさん、山ほど」
 真己くん、ちょっと呆れて、
「おれ、見えても、珠美のは売れないじゃん」
「だよねー」
「……自覚あるんだ」
「あるよ。真己くんみたいにモテないもん。モテ度と写真の売上は比例するでしょ。……って、比例、だって。すぐこーゆう言葉が出てくるのって受験生っぽいかな?」
「……どーかな」
 どーでもいいや、って顔。真己くん、ぽた、って髪から雫落ちて。
「あ、ドライヤーしてあげる」
 あたし、コンセントベットの隅の方にあったはず、って探してたら、真己くんに短パンの裾、べろって引っ張られた。
「ぎゃー」
 ぱぱぱぱ、
「ぱんつ、見えちゃうじゃんかぁ」
「見えてない」
「もー引っ張んないでよ」
「……珠美さあ」
「なにさあ」
 見つけたコンセントにドライヤー差して、ぶおーってスイッチ入れる。
「その短パンにTシャツ姿も、生着替えも、見えてる面積考えたら大差ないじゃん」
「……えー?」
 ドライヤーの音でよく聞こえなくて、
「なにー?」
 あたしベットに座って、床にペタンって座ってる真己くんの頭、乾かすのに集中する。
「あ、つむじ」
 ぎゅって押したら、真己くん、ちょっと睨むのに振り向いて、真己くんの髪乾かしてるあたしの手、ちょっと見て、それからやっぱり短パン見て、
「クーラー、寒くないの?」
「えー?」
 だからドライヤーでよく聞こえないんだけど。そのうちに真己くん、あたしに通じないの諦めたみたいに、ふいって、正面向いた。で、そこでやっと、手紙、見つける。
 真己くんが手紙見つけて、あたしも思い出した。ドライヤー、ぽいって放り投げて、
「その手紙、駒田さんだよ、コマダサン。ほら、夏休み前のテストで学年三番だった人」
 真己くんは一番。いつでも一番。あたしは、えーと、真己くん×105。駒田 さん×35。
「珠美の友達?」
「全然違うよ。さっき初めて喋っちゃったよ」
「その割には駒田サン通じゃん……って、ああ、三位、って、珠美ママ情報?」
「そー」
 ママ、お勉強できる人のチェックを欠かさない。今回は誰々さん何位だったのに珠美はまた百番台なのね、って、言われ続ければ常に10位くらいに入ってる人は覚えちゃう。って、いくらママ情報があったって、あたしの順番が上がるわけでもゼンゼンないんだけど。
「その駒田がなんで珠美にこんなの渡してんの?」
「なんかね、おまじない、かな?」
「おまじない?」
 真己くん、胡散臭そうな顔する。
「あたしが仲介するとね、成功率が高いんだって。そうなの?」
 真己くん、胡散臭そうな顔、少し、嫌そうにゆがめた。
「あ、その顔、いい男が台無し」
「おれ、いい男?」
「うー、多分」
「なんだよ、多分、て」
「あたし見慣れてるから別にどーでもいいんだけど、とにかくなぜだか真己くんモテモテだから。そういう顔、いい男なのかなあ、って思って」
「……顔だけみたいな言い方だな……」
「とりあえず顔、なんじゃないの? じゃなかったらよく知らない人とお付き合いできないと思うけど……。あ、でもいい男、っていうか、少年? だよねえ。真己くんはまだ」
「美少年?」
「ええ!? そこまでは言ってないよ。なんで自分で言うかな」
「だって珠美が少しもほめてくれないもん」
「真己くんも、あたし、ほめてくれないもん」
「……ほめるとこないモン」
「……だよねえ」
 あたし、勝手に真己くんの机の引き出し漁って、探し出した鏡、覗き込む。特徴……とかいっても、みつ編みのおさげ、ずるずる長いくらいで。これ、あくまでも特徴、で。犯罪とかしたら捕まりやすそうな感じ。……だから特徴、じゃなくて、取り柄はどこだ、って一生懸命探してじっと鏡、覗いてたら、真己くんにひょいって鏡取り上げられた。
 ベット、あたしの横に座り込んで、背中でもたれながら、
「あ、このやろう、珠美!」
「え、なに?」
「髪、跳ねてる。おまえ、もーちょっと考えて乾かせよ」
 見たら、うはは、跳ねてる。びよん、て。
「……うはは、って笑うな」
「えー、だって、おもしろーい」
 跳ねてる髪つまもうとしたら、背中でそのままぐいってやられた。体育のストレッチみたいに! あたし、体かたいのに!
「痛い、いーたーいー! おばさーん、真己くんがいじめるー」
 って叫んでも、叫んでおばさんに助け求めるのいつものことだから、おばさん、来たりしないんだけど。
「すーぐチクる」
 真己くん、鏡、覗き込みながら、髪、跳ねてるの直らなくって、
「カッコ悪……」
 呟いて、しみじみ、おっさんみたいに、
「こんななのに、なーんでおれ、モテるのかなあ」
「あ、さり気に自分自慢してるよ……」
 後ろ向いたら、背中合わせの真己くん鏡越しに顔、見えた。
 見えた顔、目、合って、あたし笑ったら真己くんもちょっと笑った。真己くん、笑うと茶色い目が細くなる。あたしが笑ったから調子合わせてくれて笑うわけじゃなくて、ちゃんと笑ってくれる。そういうの、なんか嬉しくて。
「でも真己くんならねー、自分自慢くらいおっけー、ぜんぜんおっけー」
「なんだよ、急に」
「だって、うちのママ、真己くん好きだもん。部活も頑張れて、お勉強も頑張れて、可愛い彼女もいて。笑顔が適当じゃなくて、よくできたいい子ね、って。いい子は、いい子だから自分自慢ぐらいしてもいいよね」
「……いい子、って……」
「あたし、そういうことママに言われることないから、真己くんすごいよねー、あのママがほめちゃうんだよ。あたし、真己くんになれたらいいのにって、どんだけ思ったことか」
 真己くん、鏡からあたし、見た。
「……珠美、それ、口癖だよな」
 茶色い目がちょっと真剣で、あたしが笑った。
「思ってるだけ、思ってるだけー。なれるわけないじゃーん」
「……そりゃそだろ」
 真己くん、ああびっくりした、って顔で、鏡、また自分の顔覗いて、なんとか、意地で、髪が跳ねてるの直しながら、
「んで、その駒田って、どうだった? 珠美、いいと思った?」
「んー、さらさら髪の美人さんだった。あたしが男の子だったら、らっきー」
「ふーん」
「て、自分で考えなよー。黒柳さん、いるじゃん」
「黒柳の次でいいって書いてあるけど」
 真己くん、手紙、開けて読みながら、
「黒柳さんと別れる予定でもあるの?」
「珠美が駒田のがいいなら駒田でもいいや」
「なんじゃそりゃ」
 突っ込み、べしって入れて、もたれかかってくるの重くて避けたら、真己くん、ぱったりベットに倒れ込んだ。顔、覗き込んだら、おもしろそーに笑ってた。
「んもー、好きな人のことでしょ、ちゃんと考えなよ」
「……好きだけど」
「ほら、好きなんでしょ」
「つーか、おれじゃなくて、黒柳とかがおれのこと好きなんじゃん」
「えー? 真己くんは?」
 聞きながら、でも、けっこうあたし、真己くんの恋愛なんてどーでもよくて、そうだ、宿題宿題、ってペットボトルとお菓子どかして、ノート広げた。
 背後の真己くん、まだ寝転んだ気配のまま、
「珠美は?」
「なにがあ?」
「好きなやついないの? 駒田みたいに、誰かの後でもいいから付き合って、ってくらい好きなやつ」
 あたし、真己くんに振り返った。
 ……あ、やばい。今、まったく無意識に振り返っちゃったよ。真己くん、恐るべし。
 とか思ってるの気付いたみたいな顔で、
「いるの?」
 もう一回、聞かれた。
 好きな人、いるの?
 目、合って。あたし、慌てて、勉強しながら、
「……いないです」
「なんで敬語?」
「なんとなく」
「顔、赤いですよ」
「ええ!?」
 真己くんの鏡、引っ手繰ったら、その鏡覗き込む前に、真己くんに、
「なんだ、いるんじゃん」
 あたし、ぼっとり落とした鏡、慌てて拾って、
「いないもん」
「はいはい」
「いーなーいーもーーーん」
「わかったわかった」
 真己くん、ぜんぜんわかってない言い方で言って、そのついでに、チラって見えたあたしのノートに変な顔した。
「そこ、違う」
 真己くん、ベットに寝転がったまま横着に手だけ伸ばして、あたしの肩越しにシャーペン取り上げて、違ってる答えにバツ印付けた。……肩越し、っていうか、背中越しって言うか、真己くんとにかくあたしの背後から、ぶらーんってぶら下がっておんぶお化けみたいで、
「重い、重いー」
 あたし嫌がるの、真己くんおもしろがって離れない。離れないまま、
「おれは?」
 って言われた。
「なにが?」
「珠美、好きなやついないって言ったけど、おれは好きじゃないの?」
「あ、真己くんは好き。それは好き」
 真己くん、やっとあたしから離れて、にゃはは、ってなんか、よくわからない笑い方した。
「珠美、即答」
 おかしくってしょうがない、って感じで、けたけた笑う。
「えー、そこ、笑うとこー?」
「だって、おれは好きなんだ?」
「そりゃ好きさー」
「おれになりたいくらい?」
 真己くんの声、ちょっと変わったのあたし気が付かないまま、
「そーだよ、ってば」
 真己くんずーっと笑ってるのにあたしふくれて、なんかよくわかんないからいーや、って開き直ってシャーペンかちゃかちゃしながら答えて。でもそこで、あれ、ちょっと待てよって、がばって振り向いた。
「真己くんもあたし、好きだよね?」
 重要! ここは重要でしょ!?
 なのに真己くん、急に笑うのやめて、作ったみたいに面倒そうに、
「……珠美になりたいと思った事はないけど」
「それはそーだろーけどー。……じゃなくって、えー、そうじゃなくて、長い付き合いじゃん、いつも一緒じゃーん」
 これでキライとか言われたらなんかショックー、とかあたし、思ってるのに、真己くん、じっとあたし見て、ちょっとそらした目で窓の外、見た。さっきまであんなに笑ってたくせに、
「うわ、ちょっと、そこ、考え込むとこと違うから」
 いやーん、おばさーん、真己くんがいじめるー、って叫ぼうとしたら、真己くん、あたし見て、真っ直ぐ、見て、
「好きだよ」
 って言った。
「珠美、好きだよ」
 って、二回も言われても、いまいちなんだかあたしの気分、微妙で、って、微妙ってどう微妙? とか言われてもここではノーコメント、なんだけど。でも、どうにも、
「ちゃんと好き? ほんとのほんとに?」
 あたし、真己くんに確認とってた。
「……ちゃんと、ほんとに」
 真己くん、なんか、乾いたみたいにあはは、って笑いたいの我慢したみたいな顔した。でも、あたし、真っ直ぐ見るから、言った事は嘘、とかじゃなくて。
「だよねー、あー、びっくりした。ここであたし、片想いだったら泣いちゃうよー」
「……珠美はうちの母さんも好きだろ」
「好き好き。おじさんも好きー。きっとおばさんとおじさんも、あたし好きだもーん。両思いだもん。真己くんだってうちのママが美人って言って好きじゃん。ほら、両思い。なのに真己くん、あたしだけ好きじゃないのかと思っちゃったよ。やだもー、びっくりさせたお詫びにこの問題、教えて」
 開いたノート差し出したら、真己くん、窓の外見てため息ついて、ため息ついたのごまかすみたいにあたしのほっぺ、つまんで引っ張った。
「痛い、いーたーいー」
「教えてください、だろ」
「おーしーえーてーくーだーさーいー」
 いやー、痛いー。
「黒柳さんや駒田さんだったら、こんな痛いことしないくせにー」
 真己くん、違う痛いことならしたけどな、ってなんかやけくそみたいに言った後、
「珠美と同じ扱いなんてするわけないだろ」
「だよね、みんな頭いいしね、そう、頭、いいんだよ、なんでか真己くんの彼女ってさあ。……って、他の痛いことってなに?」
「……そこは突っ込まなくいい」
「なんで?」
 聞いても真己くん無視して、さっきあたしが聞いた問題の数式、ノートに書き始める。
「えー教えてよー。もー、おばさあーん、あのねー、真己くんがねえー!」
 おばさんに助け求めて喚こうとしたの、口、塞がれた。乱暴に、手で。
 息、息ができませーん! あたし、もがもがするの、真己くんまた無視して、
「珠美にはしないからどーでもいいじゃん」
「……もがが?」
 え、あたしにはしないの?
「しないよ」
「もが?」
 なんで?
「つーか、痛いってゆーか、最初痛いの我慢できれば、後は気持ちいいみたいだけど」
「もがもがー」
 なにそれー。
 真己くん、ひとりで喋ってるのわけわかんなくて、わけわかんないですーってもがもがしてたら、
「ここまで言ってわかんないなら、珠美、子供で、ちゃんと言ってもわかんないだろーから言わない」
 飽きた、ってあたし離して、真己くんも宿題のノート開いた。
「子供、って、真己くんと同じ年ですー」
「……年はね」
「年以外になにがあるの?」
「……だから、言ってもわかんないから、もーいいから、勉強しろよ」
「えー」
「しないなら、暑い自分の部屋に帰れ」
「……する。マジメにします」



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