お昼の12時ちょうど。
テレビの甲子園中継から聞こえてくるサイレンの間だけ、黙祷した。
そんなに長くない。
テレビではすぐに甲子園児たちが野球を再開する。アナウンサーの声が聞こえる。わたしも目を開ける。
周りにいたみんなの目線につられてそっちをみると、なっちゃんがまだ、神妙な顔をして目、閉じてた。
微笑ましくて、みんなで笑った。
なんか、こういうの、可愛い。このときのために必死だった昨日のなっちゃんも、可愛かったけど。
昨日、朝から、待ちに待ってたみたいに。
『立野さん、立野さん、明日、また植田さんとか来ます?』
『お昼に?」
『はい。土曜じゃないですけど、お盆休みですよね?』
なんだか、いつの間にか土曜のお昼は、植田くんとか望月くんとか清水さんとか、集合する、なんて、ことになってて。
『今ね、清水さんとかにもメールしたんですけど、明日、来るなら絶対に12時10分前集合でお願いしますね。絶対の絶対ですよー』
もう必死で。なんだか可愛かった。
当社はお盆も休まず営業。その代わりにお盆が明けたら好きなときに三日間お休みがもらえる。まとめて使うもよし。一日ずつ使うも、よし。
なっちゃんが握り締めてた携帯、ぶるぶる震えた。
一応、仕事中なので。マナーモードのバイブモード。清水さんからの返事、らしい。
『清水さんたち、来るの?』
聞くと、
『あー、えーと……。土曜じゃないから来る気なかったみたいなのに、わたしがメール入れたから、なんか、来てもいいなら来るって……。お盆なのに、お墓参りとかいいのかな?』
じっと、わたしのこと、見られても……。
『来るって事は望月くんも一緒でしょ?』
『えーと、多分』
『じゃあ、お墓参りよりデートしてるほうがいいんじゃないの?』
『なるほど』
納得したなっちゃん。でも、すぐに、難しい顔した。
『どうしたの?』
聞こうとして、どうしてなっちゃん、明日のお昼にこだわるのか、ふと考えて、わたし、去年のこと思い出した。
あ、8月15日だ……。
そう、だったね。
わたしも納得した。夜になって、植田くんに連絡を取った。
植田くん、わたしからの電話には決まって、はいはい、って出る。
『あのね、今度の土曜日は来なくてもいいから、代わりに明日、お昼来て』
植田くん、声のトーン落して、神妙な声で、
『それは、立野、土曜は来んな、ってこと?』
『……そうじゃなくて……』
実は、よく考えなくても、土曜だからって来ていいわけじゃないんだけど。でも部長とかになにか文句を言われたことも、ないんだけど……。
『植田くん、お盆休み長いのにお墓参りサボって釣り行ったって、言ってから』
『だから?』
『だから、ちゃんと10分前に来て、それでちょっとはなっちゃんを見習いなさい』
植田くん、意味が分からなくて、意味がわからないけど、とあからさまな声音で、はいはい、と返事した。
『あ、投げやり』
『だってわけわかんねーもん』
『でも来るんだよね?』
『まあ、なんか、とりあえず、そういう立野には逆らわないことにしてるし』
『そういうって?』
『言いたい事はよくわかんないけど、多分、立野のほうが間違ってないとこ』
絶対、みたいな、信頼。
さらりと口にするから。念のために、
『……間違ってたら?』
『俺には間違ってないことのが多い』
『……そうなんですか』
『そうなんですよ』
わたしの返事、ふーん、て、
『お、気のない返事。照れてんの?』
……当たってる、けど。
『はっきり言われるとヤな感じ……』
植田くん、声に出して笑った。笑いながら、
『そんなところもアイシテる』
笑ってたのに、囁かれて、携帯、投げ出しそうになった。
恋愛、とか。
今までうまくいったことがないのが嘘みたいに、うまくいってるみたいで。しかも相手、植田くん、で。
『立野?』
携帯、投げ出すのはやめて、眺めてたら、声、したから。耳に戻す。そんな仕草のいちいちが、見えてるわけがないのに。
『ちゃんと聞いてる?』
見えてるみたいに、
『……聞いてるよ』
『どんなふうに? どんな顔で?』
見てる、みたいに。
本当は分かってるのに聞いてるみたい、に。
わたし、テーブルの上に置いてある鏡から、目、そらした。でもその鏡から、植田くんに見られてるような気分がした。
『立野、どんな顔してんの?』
遠いのに、声、近くで。すぐそこで見られてるみたいに。
『植田くんこそ、どんな顔してんだか』
必死で言った言葉、
『立野しか見てない顔』
『……なに、それ、どんな……』
『思い出せるだろ』
わたしの言葉なんて、
『今、立野が思い出した顔』
言葉なんて、何の役にも立たないみたいに言われて。思わず見た鏡に写った自分に、顔、赤くなった。
……この顔、多分、今、植田くんが思い出してる私の、顔。
『……やだ、もう……』
お互い自分の部屋で、なにやってるのかって、わたしは、我に返るのに。
電話の向こうでは、ごん、てすごい音、した。
携帯落として、落としたのにびっくりしたみたいな植田くんの声が聞こえて。
『植田くん……?』
返事がない。
電話が切れたわけでもなくて。
『……植田くん?』
返事、ないから、もしもーし、って呼んだら、なんだかがっかりした声がした。
『「もしもーし」はいいから、もっと、名前だけ呼んでて』
『名前?』
『そう。それか、もう一回言って』
『なにを?』
『「やだ、もう」って』
『……え?』
『それ、ヤバい。けっこうキた、下半身に』
『…………ええ!?』
『立野の顔思い出してるときにその声はヤバい』
『やばいって、あの、植田くん?』
『ついでに、立野が俺のこと「植田くん」て呼ぶのその「くん」もヤバい。可愛くて』
『……そう、なの?』
『そうなの。立野は? 俺のどんな声とか言葉がヤバい?』
……わたし、鏡、見る。
『立野?』
『……そうやって』
『ん?』
『わたしだって、そうやって名前呼ばれるの、やばい、よ』
だって、ずっと、そうやって呼んで欲しかった。
ずっと、前から。
植田くんに、わたしを、呼んで欲しかったんだよ。
そんなこと考えるわたしに、植田くん、笑う。
鏡の中のわたし、また、赤くなる。
こうやって植田くんが笑うのは、いつでも、一番、傍にいるとき。……傍よりも、もっと、傍にいるとき。
『立野もヤバいの? どんなふうに?』
赤くなる。血が、逆流するみたいに。
『どんなふうに?』
耳元の声、そのまま、耳元に落ちるから。
わたし、携帯、握り締めた。
『植田くん……』
『はい?』
『……来て、よ』
来て、傍にいて。
傍に、来て。
でも。
『ダメ』
即答、されて。
『いや……来て』
遠いのに近い声じゃなくて。近いから、近い声を聞きたいのに。
『来て……』
『そんな声聞かされたら、行く前にイっちゃうから、勘弁して』
耳元で、笑う。
少しかすれた声。わたしと、同じ。
『逢ってて遅くなるのは仕方ないけど、こんな遅い時間からはダメ。立野のオヤジさん怖いし、俺も、俺の娘にはそんなこと許さないから、だからダメ……返事は?』
『……いや』
『立野』
吐息と一緒に、ほんの少し、低くなった声。
『ほんと、勘弁して。立野じゃなきゃ行ってるから』
……意味、分からなくて黙ったわたしに、
『立野じゃなきゃ、大事にする意味ないし』
……わたし、意味、分かって、黙り込んだら。
『あ、感動した?』
『……した』
わたし、静かに返事、した。
静かに、静かに、息も言葉も仕草も、全部、ひそめてないと、崩れそうだった。
欲しいと思うのは、一緒でしょ。
立っていられないくらいに、そう思うことがあるの、一緒、でしょ?
電話の向こうで、植田くん、息、飲んだ。
軽いノリにしようと思ったの、わたしの返事で、失敗したみたいだった。
わたしのひそめた声を、植田くんが、飲み込んだ。
立野、とわたしを呼んで。
『黙らないで、なんか喋って。できればそのまま色っぽく、ヤバいっぽく』
『え?』
『……悪い、俺、抜いていい?』
『……ぇえ?』
声、ひっくり返って、笑われた。
『立野もシて。俺、その声でイけるから。……立野、どんな格好?』
『Tシャツ、と、スカート』
『スカート?』
『……デニムの』
はいはいって、植田くん、想像が付いたような声、で。
『スカート、脱いで、ベット上がって』
『や……だ、よ』
『なんで? もう濡れてるくせに』
わかってるから、って、言う。
『声でわかる。こんなにそそられるの、濡れてるからに決まってる。……脱いだ? じゃあ触って、確かめて……ほら、濡れてる?』
自分で触るとか、そういうのより、耳元で絶え間なく喋られるの、たまらなかった。
我に返る暇、なくて。引きずり込まれてく感じ、した。
だって、触らなくても、わかる。
『植田く……』
『足、開いて、見せて』
『や、だ……ってば』
わたし、電話してるの、ずっとベットの上、だけど。
まだスカートはいたまま、ひざ、ぎゅっと合わせた。
『やだ……お願い、来て、してよ……』
口から、言葉、出る。
そんなこと言う自分に、眩暈、した。
眩暈……自分に? ……違う。植田くんに。
携帯からは、息、聞こえて。
『そんな、魅力的なこと言われても……』
『……だ、って』
『なに?』
聞かれて、言いたくなくて横、向いたけど。植田くんにはわからない。なに? と、また聞かれて。
わたし、合わせた膝の奥、感じてるのに、もどかしいまま触れない場所、もてあましながら、
『自分でしたこと、ない……から。やだよ……触れない』
は? と植田くん、思わず言って。それからいたずらっ子みたいな笑い方した。わたし、必死に、
『その笑い方、なんか……いや……』
『イヤ、じゃなくて、なら尚更、して』
『無理』
『無理じゃない。下着、下ろして、足開いて、入れて』
あ、間違えた、って、植田くん。
『挿れさせて』
低い声で言われて、ぞっとした。わたし、息、飲んだの、伝わった。
『立野、目の前にいたらいたわってやれないから。押し倒して、愛撫なんてそっちのけで、暴れても、押さえつけてするから』
『……わたし、暴れないよ?』
がこ、って、植田くんまた携帯、落す。
『ホント、俺、限界……ていうか、俺だけが限界?』
『違……っ』
咄嗟に返したら、
『じゃあ、声、聞かせて』
『でも……っ』
『言う通りにすればいいから。イかせるから、俺もイかせて』
植田くんに言われるまま、ベットに横になった。目を、閉じた。
手が、Tシャツ、たくし上げる。
でも、愛撫、より。
濡れたそこに、声で、導かれる。
『スカートのファスナー、横? 前? 外して、手、入れて。そう、下着の中……濡れてる?』
『ん……』
『触って、どう?』
『どう、って……。んっ……いやっ……ん』
『なにがいや?』
『……ん……っ』
濡れてる場所に、指……。
『引きずり込まれる? 俺も、入りそう?』
『……っかんな、い、けど……っ』
『入るから。確かめて』
『……やぁ……ん』
触ってるだけでも、気分、おかしいのに。
『確かめて、指、何本入る?』
わたし、声、飲み込む。
これ以上、
『だめ……ん……でき、ない』
熱くて、初めて触るその場所、進めない。
植田くん、なにか我慢するみたいに、深く、息、吐き出した。吐き出した息、おかしそうに、
『すげ……、処女、犯してるみたい。立野、本当に初めてなんだ』
『な…………』
『……続けて』
『だ……けど……っ』
『それ、立野の指じゃなくて、俺だよ。俺が挿れるから、立野の意思は、関係ないし』
『や……っ!』
いや、そんなの、無理。
そう、思ったのに。
「俺だよ」
植田くんの、声……。
植田くんなら、入ってくる。
ときには、躊躇いもせずに、足、膝の内側を持って開いて、割り込ませたからだ、進めてくる。
逃げたいわけじゃないのに、後退さる腰、押さえられて、
「立野……」
声と、一緒に。
『ぁあっ! ……や、あ、あ……!』
『立野……?』
電話の、声。
電話、だけど、すぐ傍の声。
『入った? そのまま、動かして……』
電話、の、声。
わたしの指、わたしが、締め付ける。
「……っ、立野、締めすぎ」
いつもわたしを抱く、植田くんの、声。
『……動かして』
「……動くよ」
ぎりぎりの場所で、追い立てられる。
『……っんん! あ、あ……や、ん……っ』
『……立野、本当に、ヤバい……かわいい……』
『ん…………ぁっ……植田、く……』
自分の指に弄ばれて、声、あげてた。
自分の、だけど、途中からわからなくなってた。まざまざと、からだの中に植田くんを思い出してた。
深く深く、押し込めるように入り込んできて、その場所を確かめるように出て行きかけて、また、入ってくる。味わうように繰り返して……繰り返して……。
『あ……あ、ぅんっ……んん……っ』
ゆっくりだった動き、もう、我慢できないみたいに早くなる。
立野、って、呼ぶ、
わたしも、我慢、出来ない。
怖い。そう思うくらい、気持ちがいい。
我慢、出来なくて、しがみつく。
植田くんの腕、とか、背中、とか。
……今は、しがみつけなくて、もうとっくに携帯手放して、ベットのシーツ握り締めた。
自分の指の動きで、腰、跳ね上がったの、植田くんに揺らされてる感覚の中で、
『……も……やぁん……!』
『立野……、もう、イける?』
『ん……だ、って、植田く……が』
『俺が……?』
『……あ、ぁん……一緒、に……?』
『……イくから、イって』
離した携帯から、植田くんの声、かすかに聞こえて。
指は、濡れそぼったそこをなぞり上げて。
声だけの植田くん、
『イって。……俺なら、どんなふうに立野をイかせる……?』
『……あ、ぎゅって、して……』
『……それから?』
『奥……まで……。……っんっ、あ……や!』
ふたり、交わった部分が悲鳴を上げるほど、奥まで。突き上げる。
『……だめ……っ! や……、ん……んんっ!』
わたしの口が、悲鳴を上げる。
携帯から、植田くんの荒くなった呼吸、聞こえた。
『どっち?』
8月15日の、12時10分前に。
時間きっちりに来た植田くん、突然聞いてきた。
なにが? と見上げると、傍にいたなっちゃん気にして、耳元で、
『昨日、したの、右手? 左手?』
植田くん、顔、真剣。
わたし、立ち止まって、階段の上からなっちゃんに呼ばれて我に返る。植田くん、にやって笑った。
『……もー』
いいから早く階段上がってよ、と植田くんの背中、押した手、掴まれて。
その指先、植田くん……舐めた。
……指先の、爪の方……じゃなくて、手の平の、指先。
そこに元気よく、
『こんちわー!』
勢いよく事務所のドア、開けたままの格好で望月君がかたまった。わたしもかたまる。
でも、一瞬で。
『く〜、さすが、心の師匠!! 植田サン、やること憎いっす。じゃ、そういうことでごゆっくり』
望月君、わたしと植田くん避けて階段上っていく。
後から付いてきた清水さん、
『……セクハラエロオヤジ健在……』
とか、聞こえるように呟いてた……。植田くん、……オヤジ? ってがっかりする。
がっかりする姿、思わず笑ったら、手、離して、もうなんにもしないよ、という顔しながら、キスしてきた。
『声だけでもイけるけど、やっぱ触ってるほうがいいや』
植田くん、イタズラが上手くいかなかった子供みたいに神妙な顔して、階段、上りはじめた。
……それは、そうだよね。
って思ったのは、とりあえず、会社では内緒。……なにされるかわからないから。
◇
8月15日は終戦記念日。
お昼ちょうどのニュースでは黙祷をする天皇陛下の姿も映し出される。
その時間、なっちゃんは甲子園を見る。
でも、正確には、見ていない。見る余裕なんてないくらい、真剣に、黙祷してる。合掌して……。
「……なあ」
まだ黙祷中のなっちゃんを気遣って、植田くん、小さな声で、
「なっちゃんのアレは、なんか違うんじゃないのか?」
12時ちょうどに、なっちゃんの指示でみんなで黙祷、した。けど。
「なっちゃんのアレはお盆のお墓参りだろ……」
そう。どうもなっちゃんは終戦記念日にする黙祷と、お墓参りのお参りを混同してる、っぽい。
と、去年は思った。
でも実は、混同しているわけじゃない。
「違ってないよ。だって、なっちゃん、黙祷じゃなくてお参りしてるんだもん」
「は?」
「うち、お盆休みがお盆に取れないから遠くのお墓参り、できないから。だから、今してるの。なんかね、今日のこのときなら、お参り、届くような気がするんだって、なんとなく」
去年、そう聞いた。
「3年前におばあちゃんを亡くしてから、そういうの、真剣にするようになったんだって。そういうとこ、だから昨日、なっちゃんを見習いなさいって言ったでしょ」
植田くん、ああ、そうか、って顔して。
清水さんと望月君は、仲良く顔、見合わせた。それからおもむろに合掌する。
はいはい、って、植田くんも合掌、した。
わたしも、合掌。
今年の終戦記念日は、こんな感じの終戦記念日、だった。
追 記
お参りの合掌、終えて。
お昼ご飯、いただきますの合掌して、ふと、思い出したように清水さん、窓の下、見下ろした。
「なにしてんの?」
望月君に、
「さっき、高橋少年を見た気がして、まだいるのかなあって思って」
「高橋? どこの高橋?」
「テニス部の高橋。ぴちぴちの一年生」
「は? 誰? てか、なんで清水チェック入ってんの!?」
「総体でうちの部活、テニス部応援担当だったの。って、望月君、放送席にいたってば」
望月君は放送部。清水さんは吹奏楽部。
「ほら、一年生なのに、ひとりだけ三回戦まで勝ってた子、いたでしょ。期待の新人、そりゃチェック入るって」
「いや、入れなくていいし。……入れないで、お願い」
「もう入れちゃったもん」
「…………」
望月君、しょぼんとしながら、
「……で、そいつがなんだって?」
「だから、さっき見たから」
「どうせ通りすがりじゃん?」
「多分、確実に通りすがり。でも多分、確実に通りすがりでもない気がする」
「……なにそれ」
「羨ましそーな顔、してたから」
「オレの弁当?」
「なんであんたのコンビニ弁当なんか羨ましがるの」
「ええ!? オレがコンビニ弁当なのは清水が作ってくれないからじゃん」
「望月君、痩せ過ぎなんだからカロリー過多のコンビニ弁当で少しは太った方がいいよ」
「え、オレ、細い?」
「細い細い。蹴飛ばしたら折れそう」
「あー、そりゃ、清水に蹴飛ばされたらなあ」
「……あたしだと折れるの?」
「多分」
「…………」
なんだか雲行きが怪しくなってきて、植田くん、こっそりお腹が痛いくらいに笑いながらふたりの間に入った。
「はいはい、清水サンも望月も、とりあえず、話、高橋少年に戻して」
清水さんと望月君、ふたりしてここは仲良く、高橋君の事はもうどうでもいい顔、する。
「いや、俺もどうでもいいんだけど、どうでもよくなさそうな人もいるから」
植田くんが指差した先で、なっちゃん、窓の外、身を乗り出して見てた。
「奈津サン奈津サン?」
望月君が呼ぶと、振り向いたなっちゃん、我に返って、顔、真っ赤にした。
「た……」
なにか言いかけて、でも言えなくて、俯いて。
そろそろと上げた視線でこっそり清水さん、うかがった。
「高橋君、テニス、強いの?」
小さな、声に、
「うお! 高橋とやら、いつの間に奈津サンのココロを手中に収めやがったこのやろう! 羨ましいヤツめ!」
「……あたし的にはコノヤロウはあんただよ」
清水さん、スリッパ脱いだ素足で望月君のわき腹、ぐりぐりする。植田くんが、
「お、清水さん、愛だなあ」
「なんでですか!? いったいこいつのこの所業のどこにアイが!?」
「スリッパ、脱いでくれてるだろ」
「……そんなアイはいらないっす……」
「いや、おまえ、さすがにスリッパのままで蹴飛ばされたら終わりだろ」
「……そんなんで終わりなら、すぐに終わりが来そうな気がする……」
望月君、机に突っ伏して打ちひしがれる。
清水さんは望月君、無視したまま、取り出した手帳の一ページを破ってなっちゃんの手の中に押し込んだ。
「生年月日から身長体重、クラスに出席番号、完璧です。ぜひお納めを。なんなら、得意科目に苦手科目、春の運動能力テストの結果や試験の順位なんかも調べてきますけど?」
「え、あの、じゃなくて、テニス……」
「あ、テニスはですね、なんか、両親と一緒にテニスクラブ入ってるらしいです。えーと、ほら、あの、問屋団地の裏にある」
「え、あの大きな?」
「はい、あの、大きな。でもここ一年くらいらしくて、だから三回戦止まり。来年に期待大」
「そっかあ」
「そうなんですよー」
ふたり、えへ、と笑う。
なっちゃんは、清水さんからもらったメモ帳、少し眺めた後に丁寧にたたんでポケットにしまった。
打ちひしがれてたままの望月君、打ちひしがれてる場合じゃなくなった顔で、清水さん、ぽかんと見た。
「……その情報量……清水、いったい何者……」
植田くんも同じことを言いたそうな顔で、
「侮り難し、女子高生……」
呟いて、
「あれ、そういえばなっちゃん、彼氏は?」
こっそり聞いてくる。わたしの答え、少し肩、すくめただけで、それだけで植田くん、納得したみたいに、
「ああ、それで最近、携帯、気にしてないんだ」
「そうそう」
なっちゃん、前はいつでも彼氏からの連絡を待って携帯電話、握り締めてた。今は、携帯、カバンの中に入れっぱなし。
高橋君、とやらとなっちゃん、で、どこまでいってるんすか? って望月君の歯に衣を着せない質問に、なっちゃん、
「え、どこって、映画館? て、もうひと月くらい前だけど……」
望月君、欲しかった答えと違ったようで、清水さんと一緒にがっかりする。
わたし、植田くんと笑った。
テレビではまだまだ、炎天下、甲子園の真っ最中で。
職場のお昼休みは賑やかで。
賑やかなのはお昼一杯続きそうだけれど、今日のところは、このあたりで……。
おわり
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