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clinometer





 それぞれの想いの先が、一つになる。彼らが求めるものを目指すために、障害となるものはいったいなにか。彼らにはもう、わかっていた。
 自分のためではなくて。自分以外の誰かのために。自分以外の多くの人々のために。それは無意識に。
 彼らは宇宙という名の闇の中に集い。
 −perce・million− そう呼ばれる真白の船で、 
『百万の平和』の中から、一つの未来を探し出す。



 その少女の名前を、誰もが知っていた。少女は一時女王と呼ばれる地位に立ち、さらにその名を人々に知らしめた。
 リリーナ・ピースクラフト。常に平和を呼びかける少女だった。けれど、ロームフェラ財団の代表たる女王の座を追われた彼女の行方を、彼は知らなかった。



 初めて彼が顔を上げたのは、その名を聞いたときだった。
「……リリーナが?」
 ヒイロ・ユイ。彼の反応に、デュオ・マックスウェルはものすごく珍しいものを見た気分になった。
「ああ、リーブラでヒルデが出会ったそうだ」
 いつもなら、こりゃおもしろいや、と、うるさい、と言われるまで突っ込みを入れ続けるデュオだけれど、今はその情報源であるヒルデ・シュバイカーという少女の様態が思わしくないために、口調は神妙だった。あんまり神妙で、ヒイロのほうもなんだか珍しいものを見たような気分になったりした。
 ……まあ、とにかく。
 勇敢にもたった一人で潜入したリーブラからデータを抜き出してきた少女は、医務室に入った。とりあえず、心配はないだろう。
「僕達も、少し休みましょう」
 カトル・ラバーバ・ウィナー。白金の髪の少年は柔らかな口調で、悔やむように医務室の扉に見入っていたデュオの肩をたたいた。
 トロワ・バートン、張五飛、そしてヒイロの三人はカトルの言葉を受けて、示し合わせその場を後にする。傷付いた少女の行動を勇気ととるか、無謀ととるか、少年たちは口にはしない。想いは、それぞれだった。なんにしろ、敵の仕掛ける消耗戦を前に、貴重な時間の使い方は躰を休めること以外にはない。
 ……わかっている。そんなことは、わかっているけれど。デュオは、その場を動かない。ただ、医務室の扉を隔てた、そこにいるはずの少女だけを想う。
 赫に、染まるのは。赫の、傷を作るのは。柔らかな肌を持つ少女の仕事ではない。こんなことを言えば彼女は、自分を女だからと差別するな、そう言うだろうか。ああ……きっと言うはずだった。
「デュオ……彼女のことは専門家にまかせましょう。それが医師の仕事です」
「仕事? ……戦うことは、おれたちの仕事だよなあ?」
 視線はそのまま。静かな呟きに、はい、カトルは頷いた。デュオは、その返事に満足した。トン、と手の平で扉をたたく。強くたたく必要はなかった。ただ、伝えたいだけだった。
 彼女の目が覚めるときには、すべての戦いの幕が下りているように。もう、彼女が戦いの中に入らなくてもいいように。そのときの自分の運命がどこにあるのかなんて、どうでもよかった。祈りはいつも、自分以外の、誰かのために……。
「デュオ、ヒルデはここにいます。心配しないで」
「ああ……」
 そうだな。デュオは首肯した。
 ここ、に、いない人間を想うものもいる。家族でも友人でも、誰でもいい。自分の存在を知っていてくれる誰かを、すべて守りたい。
 それが自分たちには可能なのだと、そう思いたい。そのために得た力が、ガンダムなのだと。この、手の平なのだと。
「おれは、死ぬのはごめんだ」
 噛み締めるような言葉を、カトルは聞いた。
 死ぬのはごめんだ。でも、死を恐いと感じたことはない。それが少年たちの最大のウィークポイントであることを見抜くのは少年たちではない。「死なないで」と、優しく声をかける彼女達の笑顔。……それ以外の任務なら、完璧にこなせる自信があるのに。
『死なないで。』
 彼女達は、なぜ、願うのか。命令ではない。少年たちは、そんなものに触れたことはない。
「あいつは、どうかな」
 誰よりも死に急ごうとする彼は、彼女の居場所を知って、そしてどうするのか。
「こりゃあ見ものだな」
 ふっ、と笑ったデュオに対して、不謹慎だとカトルは口にしなかった。カトルにも、興味があった。



 真黒の闇だけを映す窓を眺めていた。
 ヒイロ・ユイ。コードネームでそう呼ばれる彼は、自分だけが知る本当の名を口の中で呟いた。そうしてみて、くっ、と笑った。しっくりこない。たとえば、本当の自分を知る誰かがその名で呼んだとして、自分は振り向くだろうか。
 ……振り向くかもしれない。振り向かないかも……しれない。
 ……窓の外は、闇ばかり。星が光るのは地球と呼ばれる星の上だけ。地球の光を反射しているだけ。ここからは、自ら光を放つ恒星が、微かに見えるだけだった。ただひたすら、同じ景色の繰り返し。それを、眺めている。
『ヒイロ……』
 誰かに、呼ばれたような気がしてヒイロは振り返った。気のせいだ、と振り返る前には気がついていた。でも、振り返っていた。
 彼に与えられた小さな部屋の中で。彼以外に誰もいない、部屋の中で。
 意志の強そうな、よく通る声。
 世界中の人々に平和を呼びかけるのと同じ声で、自分を呼ぶ。平和を慈しむのと同じ声で、平和を望むのと、同じ、声で。平和を愛するのと……同じ……。
「………っ」
 ヒイロは握り締めた手の平を、窓に叩き付けた。鈍い音がして、防弾の硝子には勝てなくて、手の平の皮が弾けて割れた。ぱっくりと口を開いたそこから、赫が、流れ出す。
 なにと、同じだって? 彼女の、声の、なにが……。
 その言葉を再び心の中で呟こうとしたら、ぞくりと、なにかが込み上がってきた。呟くな。繰り返すな。その言葉は、おまえには必要ない。……そんなことを、いまさら思い知らされる。心が、拒否する。痛みも、感じないほどに……。
 悲しい? 違う。違う。そう、違う、それで……いい……。
「おーい、ヒイロ?」
 大声に、ヒイロは反射的に見向いていた。
 …………………不意を、突かれた。
 本当に呼ばれて、ヒイロは驚いて、窓にもたれた。
「……なんだなんだ?」
 ヒイロの驚いた姿に一緒になって驚いたのは、デュオ・マックスウェルくん十五歳。身長一五六センチメートル、体重四十三キロ、くそっ軽いな、じゃなくて……あー、えーと……。
「なんの、用だ」
 窓から背を離して、ヒイロはすぐにまったくいつもの表情だった。デュオはばりばりと頭をかく。
「おまえ、今おれの出現に驚いてなかった?」
「……なんの用だ」
 なんだか睨み殺されそうな雰囲気に、デュオはやれやれと肩を竦めた。デュオはヒルデの赫に取り乱したりしたけれど、ヒイロは彼女の居場所を知っても、そこで彼女なりに戦っていると知っても、変わらないのか。……そんなはずは、ないと思ったのだけれど……。
「飯よ、飯。食堂にはお腹すかせて心楽しく、皆さんお誘い合わせのうえでってね。腹が減っては戦はできぬ、どーせ食うなら腹八分目、ってね」
 なんだか違う。
「………」
 ヒイロは応えずに、背を向けるとまた、闇を眺めた。そのときヒイロの指先から落ちた赫に、デュオが気付いた。
「なんだ、怪我してんのか?」
 部屋の主の断わりもなくずかずかと入り込んで、デュオはヒイロの腕をひょいと取る。ポケットから取り出したしわくちゃの、元ハンカチらしい布切れを、その手に
巻いてやった。
「………………」
 ヒイロは無言でそれを眺める。かえってバイ菌が入りそうな気がしたけれど、無下に取って捨てる気にはならなかった。……こういうことを無意識でしてしまう人間の、なんと多いことか……。たしか初めてこういう行為を受けたのは……。
「……おまえに撃たれたときだな」
「へ?」
「…………」
 なんでもない。ヒイロはふいと横を向いた。……あのとき、あの女は、躊躇いもせずに自分の真白のハンカチを引き裂いて、他人の傷口に巻き付けた。細い指先が震えるのを必死に耐えて、気丈にも、銃を向けるデュオとの間に割って入った。青いドレスと長い髪を、海風になびかせて……。
 ……髪が……。
「さ、行こうぜ。……ヒイロ?」
 いざ食堂へれっつごお。ぐるんと躰の向きを変えたデュオの三つ網を、ヒイロが掴んだ。くん、と頭を引っ張られて……。
 なにを思ったのか、ヒイロはその髪に口接けていた。
「デュオ。……おまえでいい」



 怪しげ、かつ、意味不明のヒイロ言葉の真意を知りたかった。
「あの、その意味、教えてくれます?」
「ああ」
 こりゃまた素直にお返事がきたので、デュオは手近にあった固い椅子にちょこんと座り込んだ。
「なーにがおれでいいって?」
 傾げたその首筋に、顔を埋められた。押しつけられた唇の、生暖かい感触にデュオは目を見張った。
「………おい……?」
 見開いた視界一杯に広がるのは、ヒイロの髪。ダークブラウン。
「おいおいおいおい………っ」
 なにごとかわからずに、デュオはヒイロを押し退ける。力なら対等だろうか。ヒイロはどんと突き放され、デュオはその反動で椅子から転げ落ち、尻餅をつくはめになった。転がった椅子が、硬い音を立てた。
 なんだか知らないけれど、ものすごくすごい目にあった気がして、みっともなく座り込んだままのデュオ。けれど、ヒイロの手が伸びてきて、さすがに振り払った。
「なんのつもりだ」
 真剣な表情で。傷付けられたのは自尊心。どーせそーゆうことをされるなら女の子がいい。いや、そうじゃなくて、そういうことをするなら、女の子相手がいい。いや、だからそうじゃなくて……。
「……」
 ヒイロは応えずに、再び手を伸ばした。掴んだ三つ網をほどきにかかる。器用だと思っていたが、あんがい不器用に髪をほぐしていく様を、なかば呆然とデュオは眺めていた。……なにを考えているのか、この無口で無愛想な男は……。
 やがてすっかりほどけた髪を見て、ヒイロはなにやら考え込んだ。
「………うねうね」
「は?」
 謎な言葉に、デュオは間抜けづらで応える。ヒイロの視線は、デュオの長い髪から外れない。外れないまま、デュオと一緒になって座り込んで。
「これは、真っ直ぐにならないのか?」
 どうしてほどいた髪の毛がうねうねになるのかわからない。そんな顔でのぞき込まれて、デュオは呆れた。
「ヒイロ……おまえ、まさか……」
「……まあ、いい」
 他人の言うことなど聞いちゃいない。ヒイロは愛しげに長い髪を梳いて弄ぶ。ぞわりと鳥肌が立って、デュオは叫んだ。
「まあいい、じゃないだろ、まあいい、じゃっ」
 がばりと立ち上がって、自分より目線の低くなったヒイロを見下ろした。
「ただ髪が長いというおまえの好みだけで、おれをお嬢さんの代わりに仕立てるなっ。鳥肌が立つだろ。欲求不満なら自分で処理しろ。おれを巻き込んでくれるなっ」
「…………」
 座ったままヒイロはデュオを見上げていたけれど。しばらくして目を落とした。ぽんと手をたたく。……自分で? なるほど、その手があったか。
「……悪かった」
 謝罪して同じく立ち上がったヒイロの肩に、デュオの肩がぶつかった。……その不思議な違和感に、デュオは思わずヒイロの腕を掴んだ。
「なんだ?」
「あー、いや……」
 慌てて離したけれど。なんだろう……。わからない。でも、読み取れた。そこにある、一つのもの。
 欲求とか、欲望とか、もっと、もう少し、その奥にあるもの。
 それに、気がついてしまって。やれやれとデュオはヒイロを呼び止めた。
「わかった、悪かった。自分でどーにかしろなんてむなしいことは言わないから。来いよ。もー好きに使ってちょうだい」
 デュオは自分自身をおどけたように指差した。
「いいのか?」
 ……欲望とか、欲求とか。すべて押さえ込んだ真白の船の中。今日突然、わざと思い出そうとしなかった名を聞いた。忘れて、いたかった。思い出せば、手に入れたくなる。それがわかっていた。
「まあ、今日のおれはほら、慰めてもらいたいっぽいでしょ、やっぱり」
 我ながらなにを言っているのかわからないけれど。……まあ、いい。
 手に負えないそれを、無理に買い慣らそうとは思わない。押し込めて、殺してしまおうとは思わない。出してしまえばいい。真白の想いを。どろりとした、液体に似た、悲鳴を。



 なんの飾り気もない、しわくちゃのシーツ。擦れ合う音。軽い、吐息。
 唇が、首筋から肌を這う。不可解な悦楽に、漏れそうになる声を飲み込んでいたのは、デュオ。まさかその行為に感じるなんて夢にも思っていなくて、揺れる意識の中で驚愕していた。体重をかけてくるこいつが上手なのか、もしかして自分がそういう体質なのか。なんだか、どっちも嫌だ。
「……ヒイロ……あの……」
 ちょっとタンマ。こんなはずじゃなかった。満たされるのはヒイロだけでいいはずだった。いや、本音を言えば、夢中になるヒイロを観察でもしてやるつもりで、後々それをネタになにかゆすってやろうか、なんて考えていたりしたりしたわけで……。だから、あの……。ええい、声だけは上げるものかと自分に誓った矢先。
 掴み上げられたそこに、デュオは低い悲鳴を上げた。後はもうほとんど反射的というか、本能というか。デュオの足はヒイロの顔面を蹴ったくっていた。
「やさしくしろ」
 ……そーじゃない。優しくされてどーする。いや、でも、ヒイロにとっては予行演習なわけで……。
 ヒイロは足の裏で蹴られた顔を手の平で押さえていた。鼻が痛い。だいたい、どうしろと言うのか。……どう、したかったのか。自分だけ欲望を満たすのは、すごく簡単な気がしたのだけれど……。まさか、デュオがこういった反応をしてくれるとは思っていなかったのだ。
 少しづつ、荒くなっていくデュオの息遣いに、耳を奪われそうになった。……奪われるところだった。蹴飛ばされなければ……。
 ……優しくしろ? だからどーやって? もっとこう、具体的に……。
「ヒイロおまえ、おれが誰だかわかってる?」
「………」
 デュオに、背中の下に広がる髪の一房を突きつけられて。
「うねうねで悪いけどな。我慢しとけ」
 長い、髪。握り締めて。ずきんっ。奥で鳴ったような気がして、ヒイロは胸を押さえた。そしてすぐに、脳裏に浮かんできたその姿をかき消す。明るいブラウンの、長いさらさらの髪。野に咲くスミレと同じ色をした瞳。……かき消す。記憶ではなくて。想いはここにしかない。ただここにある想いを、流し出してしまいたいだけだから。
「どうしたヒイロ。怖じ気づいたか?」
 ま、どうでもいいか。最終的にそう結論を出したデュオの指先が、からかうようにヒイロの額を突いた。その手を取って、ヒイロは手の平に口接ける。そのまま、出会った視線を、二人とも外さなかった。お互い、少し微笑んだようだった。
 始めて、傍に寄せた顔。口接けて。瞳を、閉じた。



 ただ守りたいと思う相手を想うだけでは、欲望の一つも満たせない躰の仕組みを、疎ましく思ったことはなかった。誰かを抱きしめて、誰かに抱きしめられて、それだけでもう、少し気が楽になるから。
 息を荒げて、汗が、流れて。最後のその瞬間に。想いなどとっくに浄化されて。自分だけが、そこに達することだけを考えている。周りのすべてを、気にかけられなくなる瞬間がある。
 その瞬間だけがあれば、欲望はいつも満たされているけれど。手に、掴める肌がほしかった。手を、掴んでくれる指が欲しかった。……同じ、だと。オレもおまえと同じ、だと。囁いてくれる言葉が、欲しかった。
 そうすれば、行けてしまう。
 そんなふうに、この躰は創られている。
 お互いの吐息が、相手を浸食していく。絡まった手も、足も、濡れて、繋がれて。
 もう、自分の声じゃない。
 もう、自分の感覚じゃない。
 下肢から喉を突き上げるなにかに、揺られて。痛みも、快楽も、混ざり合って、ごちゃごちゃで。ゆらゆら、どこにいるのかわからない感覚。二人して、上り詰めて、そこに、たどり着く。
「………っ」
 沈み込む重さに耐えかねて、無言の悲鳴を上げたのはデュオだった。掴んでいたヒイロの腕に、爪が、食い込む。痛みに、ヒイロは瞳をひそめたけれど。
 かまってられない。相手のことなんて。いたわってなんて、やれない。
 もう、どうでもよかった。
 想いとか。思いとか。意いとか。
 そういうものから突き放されて。かけ離れた場所で、ただ、躰の求める欲を、満たしたくて。
 互いに、頭の中が真っ白になるくらいに。
 やがて、渇きは、癒されるから。
「……腹、減ったなあ」
 まるで女のように喘ぐ自分の声を聞きたくなくて、半ばやけくそに、デュオは呟いた。



 性的欲求は食欲に勝らない。はずだった。……たまには世の中、常識通りに行かないこともある……ということで……。
「まったく、どこいっちまったんだヒイロは」
 ヒイロ以外のガンダムのパイロットがそれぞれに集っていた部屋の中。ヒイロは十中八九リーブラに潜入したのだろう、という答えが出て。あいつならやる、だの、挨拶くらいしてやれ、だの、好き勝手なせりふが出揃ったところで。
「っかー、おまえたち、ヒイロのことを信じてんだなあ」
 デュオは、まあいいけどね、と傍に居たカトルにもたれた。きっと大丈夫ですよ。振り向いて、カトルは少し微笑む。その笑顔だけを見ていると、なんとなく大丈夫かもしれない、という気もしてこないでもなかったけれど。
 ……ふと、思う。リーブラとか、ゼクス・マーキスとか(ミリアルド・ピースクラフトか?)、そういったものを前にして、いったいヒイロはどうするのだろうか。無口、無愛想、に付け加えて、無鉄砲だ、と言ったこともあったけれど。誰よりもたった一人の少女のために、ヒイロは単身で乗り込んだ。
『あいつ以外なら、誰でもよかった』
 ことが済んだ後、ヒイロはそんなことを言っていた。つまり相手はデュオだろうと誰だろうとかまわなかったということだった。……そんなことはいまさらデュオだってどうでもいいことなのだけれど。では、ヒイロはリーブラで彼女に出逢って、どうするのか。
 ちょっと真剣になって考えてみたけれど、答えは一つしか浮かんでこなかった。
 ……あいっかわらず、無愛想なんだろうよ。



 リーブラ内部。探し当てた扉が開く。その部屋の中で、彼女は、真黒の宇宙を眺めていた。
「私はお兄様以外に話すことはありません。これ以上私に関わらないでください」
 背を向けたまま、リリーナはこちらを向こうとはしなかった。相手も確かめずに、誰彼かまわずにこう言い続けてきたのだろうか。この中で、たった一人で。
『おまえがここにいると、ノインたちの志気が鈍る』
 そう言おうとして開こうとした口を、ヒイロは噤んだ。……この扉が開くまで、彼女の姿を見たら自分はいったいどういう反応をするのか、我ながら興味があった。なのに。今の自分は、ひどく穏やかだった。
 なぜだろう、消え失せてしまうのだ。彼女の前では、汚い欲求、すべてが。今、自分の中にあるのは臨戦の気持ちだけで……。
 ヒイロが口を開く。リリーナは驚いて見向いた。
「ヒイロ……」
 彼女の表情。一目で、なにを考えているのか読み取れる。微笑みが灯って、その名を誰よりも愛しげに呟くもの。
 ……ヒイロは眉一つ動かさずに……。目を背けるように、ここを後にすることをリリーナに告げた。
 リリーナは、まだ自分にはここでやらなければならないことがあると言う。ゼクスを……兄を説得する、と。意志の強い瞳で、真っ直ぐに。
 リリーナは……変わっていく。以前よりも、また、強くなる。だからこそ彼女の前では、自分も戦わなければ、という思い以外のすべてが、凍りつく。
 ……それでいい。
 それ以外のことなど、端から必要ない。
 ヒイロは床を蹴った。ふわりと躰は宙に浮いて、リリーナもその後を着いてくる。ヒイロは、それを確認するためにわざわざ振り返ったりはしなかった。



 戦局は、いよいよ終結へと向かう……。



おわり



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