欲するもの望むもの
もっと手間取るだろうと思っていたけれど、ここで彼を探すのは案外容易いことだった。
L−5コロニーR−333では、誰に彼を尋ねても、みな同じ場所を示した。
『あの御方なら、龍と共にいる』
カトルは予定よりもずいぶん早く、五飛に出会うことができた。
「君は、あれからなにをしていたの?」
「……なにも」
五飛は答える。龍と呼ばれる、過去は戦争の、現在は平和の象徴として存在を許されているガンダムの足元で、二人は、お互いまだにこりともしていなかった。
「俺は、ただここにいるだけだ」
「じゃあ、僕と同じだね」
そう言って、初めてカトルが笑んだ。
「そう、君はたぶん、ナタクと一緒だと思っていた。その通りだった。……僕も、そう。僕はたぶんウィナー家の当主として忙しい毎日を送ると思っていた。そして、その通りになった。僕も君と同じ。ただ、いるべきここにいるだけ」
それまで龍を見上げていた五飛が。カトルを見る。
「ここにいるだけ……か」
「うん。僕達の自由は、終戦と共に消えてしまった。……なんて言うと、ほかのみんなには怒られてしまいそうだね」
カトルは笑う。五飛は、ふと目線を落とした。
「時間があるようなら、茶の用意をさせよう」
「ありがとう。でも、あまり大袈裟にしないでね。居場所がばれちゃうと、ラシードたちに連れ戻されちゃうから」
「それは俺も同じだ」
言って、五飛も笑んだ。
L−5コロニーR−222では、そろそろ「コロニー間代表者の集い」とかなんとか議題の設けられた会議が始まるはずだったが、ウィナー家と張家の代表者はそこにはいないのだった。
カタリ……とカップを受け皿に戻したカトルは、用意されたお茶に、手もつけずに窓の外を眺めている五飛を呼んだ。
「五飛……?」
五飛は、呼ばれたから振り向く、そんな当然のような仕種でカトルに見向く。
五飛を見て。……同じだ、とカトルは思った。
『五飛』と、先程ナタクを見上げていた彼に声をかけたときと同じだった。
向かい合わせに座るテーブルから、カトルは立ち上がった。五飛はカトルを見ている。カトルは五飛によると、窺うような顔で五飛を覗き込んだ。
「五飛。なにを泣いているの?」
「……なんのことだ」
事実ではないことを問うのに、五飛の眼差しは真っ直ぐだった。もちろんその五飛から、カトルは視線を逸らしたりはしない。
「泣いているよ。……どうして、僕にはわかってしまうんだろうね」
ゆっくりと、カトルの唇が五飛の頬に触れた。もしも本当に涙が流れていたなら、その涙を拭うような、そんな感じだった。
「君は、あのときは、素直に泣ける自由を持っていたのにね」
離れたカトルの微かな体温の残る頬を、五飛は、つ、と指でなぞる。
「僕もだよ、あの頃はよく泣いた。本当に、いろいろなことでね。それがそこにいた一番素直な僕だったんだ。でも……」
「………」
「……でも、今ここにいる僕は、僕じゃない」
「……カトル……」
どうコメントしていいかわからないまま名前を紡いだ五飛の唇に、カトルの唇が、深く重なった。
五飛は……おそらく、予想していた。けれど、拒むことはしなかった。一瞬、瞳を見開いただけだった。
閉じた瞳の奥で、互いに、繋がりたいという欲望だけがぐるぐると渦巻いていく。
平和という名前に縛り付けられて、少しづつ、少しづつ狂っていく体内時計を、壊してしまいたかったのかもしれなかった。
おわれ
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