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  WARNING 番外編
    
風邪にはやっぱり○○が効く
          (四男のこんな一日)




 これは、
  長男 トロワ・バートン(19)
  次男 ヒイロ・ユイ(17)
  三男 張五飛(14)
  四男 デュオ・マックスウェル(10)
  五男 カトル・ラバ−バ・ウィナー(5)
 の五人の兄弟のお話。

 AC−195年……と呼ばれた時代のあった世界には同じ名前で、同じ年齢だったとかいう人物がいたかもしれないけれど、これは別の物語。
 五人はまるまる一つが孤児院というコロニーで出会った赤の他人なのだけれど、同室者はそこでは兄弟として暮らすことになっている。
 五人はコロニーから留学という名目で地球へとやってくるのだか、実は隠された使命を負っている………が、とりあえず今回の話はそれとはかんけーがない。





「ぶへーっくしゅっっ!!」
 ずびびと鼻をすすりながら、デュオは二階の自分の部屋からキッチンへとおりてくる。
 階段の最後の段で、寒気がするため包まったまま持ってきていた毛布を踏んづけてつまずいてコケてすべり落ちた。鼻からフローリングに突っ込んだ格好のまま、我身に起こったことを冷静に判断する。
 ……オレってかっこ悪ぃ………。
 ここでトロワやらヒイロやら五飛やらの兄三人がデュオの心中を聞いていたなら、こー言ったに違いない。
 やっと自覚したのか。
 ついでに哀れそーな表情もつけてくれたに違いない。淋しい。
 しかも、デュオが家でコケていよーが、鼻水で鼻がつまって苦しんでいよーが、助けてくれるものはない。……淋しい。
 ここ地球のJAP地区には梅雨なるものが存在していた。雨が降り続き、じめじめと洗濯物は乾かず、太陽は何日も顔を出さないし、食べ物は腐りやすい嫌な季節だ。
 こんな季節の中、かびの生えたパンを食べよーが、冷蔵庫に入れておかなかった夕食の残り物を火も通さずに食べよーがピンピンしていたデュオが風邪を引いた。
「トロワー、なんかオレ。頭ぐらぐらするー」
 これは昨夜のこと。
 体の不調を一番にトロワに知らせたのは、たんに彼が長兄だったからである。それでもって、他人に関心がないうえに自分にも関心がなさそうなヒイロや五飛よりはちょっとはマシに弟の面倒を見てくれる、と勝手に判断していたからだった。
 トロワはデュオの額に触れて、ついでに赤くなっている顔も見て一瞬で診察を終える。
「風邪だな」
「は? 風邪?」
「知らないのか。寒気がして頭痛や鼻水、咳、発熱をともなう呼吸器系の病気の総称だ」
「……いや、そうじゃなくてさ……」
「この季節に傘を忘れて濡れて帰ってくるからだ。暖かくして、今日はもう寝ろ」
 と、そんな無表情で言われたら、はいそーします、と従うしかなかった。言われた通り素直にベットに潜り込んで、気がついたら朝だった。とゆーか、もう昼だ。
 セットした記憶のない目覚まし時計にたたき起こされた。午前十一時。
「……なんでこんな時間に鳴るかな」
 目覚まし時計の横にはメモがおいてあった。
『キッチンへ行って薬を飲め』
 トロワの几帳面そうな文字がある。それはつまり、薬の用意をしてくれてある、ということで。
 階段でコケながらももぞもぞとデュオはキッチンにたどり着く。
 家の中は静まり返っている。平日のこんな時間だ、みんな学校に行っている。日頃病気知らずなだけに、たまに病気になったりすると、もうそれだけで体がしんどくって気弱になるのに、さらにこの静けさが気を滅入らせる。
「なんだよー、オレひとりじゃんかー」
 呟きが家に響く。デュオはキョロキョロと落ち着きなく家中を見回した。
 なんだか、この世界に自分一人だけ、のような気がしてきた。
 だってきっと、と思ってしまう。
 風邪を引いたのがチビのカトルだったら、心配して誰か学校を休んででも傍に居てやる。なんなら自分が傍に居てやったっていい。でもじゃーなんで、この自分がこんなに風邪で苦しんでいるときには誰もいてくれないのか。
 ちょっと、カトルになりたい気分になってきた。だって、そう、あれはいつのことだったか。



「おい、デュオ」
「なんだよ、今ちょっと、オレ、パス」
 夕食後、居間のソファにあぐらをかいて、はやりのテレビゲームに勤しんでいたデュオは、声をかけられても振り向こうともしなかった。声をかけた五飛のほうは、すぐに殴り飛ばしてやりたい気分になったけれど、ぐっとこらえて再び声をかける。これは五飛にしては非常に珍しいことだったので、デュオはその心がけに甘んじていれば良かったのだが、
「あと三十秒だけマッタ」
 などとのたまったので、一番風呂を頂き、頭からバスタオルをひっかぶってたまたまそこを通りかかったヒイロは、その後の展開を予想して肩をすくめたものだった。
 案の定、それから三十秒後、居間は一気に騒がしくなった。
 五飛はさらに五秒の猶予を与えてやったのに、デュオはいっこうにゲームのコントローラーを離そうとしない。五飛はゲームの配線を引き千切った。しかも力任せにではなく、あっさりと、いとも簡単に。
「ああああああ! なにすんだよ。ボスキャラ倒したとこだったのに!」
 こともあろうに、敵のライフゲージがまさにゼロになった瞬間の出来事だった。次に待っていたのは、ここまで長時間かけて育ててきたRPGのヒーローとヒロインの感動のラストシーンだったのに、何事か!
「なんかオレに恨みでもあんのかよ!」
「三十五秒も待たせておいて、その態度はなんだ」
「そっちこそ、ラブリーな弟の娯楽奪って、その態度はなんだよお!」
「……どの弟が、なんだと?」
 五飛の額に青筋が浮かんだ。
「そもそも貴様、宿題は済んだのか」
「まだだよ、ゲーム終わったらやろーと思ってたんだろ」
「胸を張って偉そうに言うな。さっさと済ませて、時間割りそろえて風呂に入って、歯を磨いて寝ろ」
 ド○フターズのエンディングか。と突っ込みを入れたくなったそこのあなた、あまり若くありませんね。ふふ………。
 閑話休題。
「だいたい貴様は、そのゲーム一本にいったいどれだけの時間をかければ気が済むんだ。おまえ以外、とっくに終わっているんだぞ」
「オレは楽しんでやってんの! 五飛たちみたいに、セキュリティの解除でもするみたいにムカンドーでやってんじゃないんだよ」
 うがー、と喚いたデュオはファイティングポーズを取る。いい度胸だ、と五飛も構えたところで、あれ? とデュオが首を傾げた。
「……なんだ?」
「あのさ、ゲーム、もしかしてカトルももうクリアしたって?」
 カトルにも先を越されたとなると、それはなんかショックだ。デュオから急に勢いがなくなった。カトル、と聞いて五飛も警戒体勢を解いた。
「そのカトルがどこにいるのか知らないか」
 風呂に一緒に入れてやるつもりだった。
「なんだよ、五飛の用事ってそれかよ。部屋にいるんじゃないの?」
 ああああ、そんなことでオレのゲームは壊されたのかー、と嘆くデュオを、なにがおまえのゲームだ、勝手に自分のものにするな、と五飛が小突く。
「部屋にいないから聞いてるんだ。さっきまで、おまえと遊んでいただろう」
「だから、部屋に戻るって言って出てったんだってば」
 負けじと蹴り返すが、あっさりと避けられる。むうーっとしていると、それまで二人の騒ぎに参加するでなく、まして止めるでもなくただ傍観していただけのヒイロが、コン、と壁を叩いた。二人は注目する。
 ヒイロは、静かにしろ、と人差指を自分の唇に押しつける仕種をする。それからその人差指で、デュオのかけていたソファの後ろを示した。デュオと五飛はそーっと、そこをのぞき込む。
 まさにカトルしか入れないほどの隙間で、いったいどうしてそんなところに入り込んでいるのか、カトルは最近お気に入りの本を抱えて眠っていた。
「なんでこんなとこにいるかな」
 一番近くにいたデュオがカトルを隙間から引っ張り出して抱きかかえる。落とした本を拾ったのは五飛だ。
「風呂より、部屋連れてって寝かせたほうがいいんじゃないか?」
「そうだな」
 三男と四男の意見が珍しく仲良く合ったとき、カトルはぱっちりとめを覚ました。小さくあくびをして、デュオと五飛を交互に見つめた。
「うるさくて、目が覚めたか」
 寄ってきたヒイロがカトルを自分に抱き寄せる。カトルは眠そうな顔をして、寝惚けているのかいないのか、
「ううん、なんだか静かになったから、目が覚めちゃった」
 と言う。
「静かなのは、この家では淋しいでしょう?」
 本を読むにはデュオがゲームをしているくらいの隣がいいし、デュオと五飛が騒いでるところのほうがなにやら安心して眠くなる、とも言う。
 デュオと五飛は納得したようなしないような表情で顔を見合わせ、ヒイロはおかしそうに小さく笑った。後でその話を聞いたトロワは、なるほど、と感心していた。
 なんだかみんな、カトルが大好きだ。



 頭痛が痛い。
 などとデュオが重言した場合、言葉の使い方が適切でない、と五飛あたりが蹴りを入れてくる。でもカトルだったら、なによりもそんなふうにアホな言葉遣いはしないかもしれないけれど、でもでもでももしもそんなことを言ったとしても、どうした大丈夫か? と優しげな疑問形で尋ねてやるに違いない。
「あ、なんかオレ、悲しくなってきちゃった」
 いや、ムナシイ、だろうか。
「うげぇぇぇぇぇー」
 ヤバい。なんだか気持ちも悪くなってきた。くしゃみは止まらないし、頭は痛いし胃がムカムカして気持ち悪いし。
 これはもしかしてただの風邪ではないかもしれない。
 ……心細くなってきた。
「薬、どこだよ……」
 キッチンのテーブルの上に、またメモを発見した。
『食事を取れ』
 これもトロワの字だ。
「………薬じゃないのか?」
 小首を傾げた目線の先、対面カウンターのカウンターの上に、またメモがある。
『空腹に薬を飲むと、胃に悪い』
 下手なのと上手いのと紙一重のような走り書きの文字は五飛だ。続けてなにやら書いてある。
『いもを食え』
「………いも?」
 目に付いた鍋の中身がじゃがいもを柔らかく煮たスープだった。いい匂いがする。
 気持ちが悪かったのは、もしかしらた空腹ゆえのものなのかもしれない気がしてきた。
 鍋のふたに、またメモが貼ってある。
『温めている間に、着替えろ』
 少し角張った文字はヒイロだ。
 デュオは寝ている間に熱のためにかいた汗でシャツが汗ばんでいることに気付いた。書かれた通りに鍋を火にかけると、一度自分の部屋へ戻って手早く着替える。キッチンに戻る頃には、鍋が温まり、シュンシュンと鳴っていた。
 ちょっとだけ、この世界に一人きりじゃないような気がしてきた。
 棚から皿を取り出す。いつも使うスープ皿には、薬とメモが乗っていた。
 かわいらしいけれど、文字のお手本のようにきれいで繊細な字を書くのは、カトルだ。
『ちゃんと食べて、ちゃんと薬を飲んでね。そうしたらまた静かに寝ていて。目が覚める頃には、みんな帰ってるよ』
 おお。目が覚める頃には、風邪もすっかり治ってるような気がしてきた。


 風邪にはやっぱり○○が効く。

  ※ ○○には好きな文字を入れましょう。
  (例 人情、愛情、無情、激情、表情、ルル)






   後日談。


「オレさあ、カトルになりたい、とか思っちゃったぜ。風邪引いたとき、あんま、心細くて」
「なんでぼくなの?」
「んー、すんごいさ、優しくしてもらいたい気分だったから、たぶん」
「兄さんたちは、基本的にはみんな優しいよ。デュオも含めてね」
「てゆーか、基本的にみんな、カトルには特別に限りなく果てしなく優しい気がする」
「手間かけないと、いざというとき足手まといになるのはぼくだから、かな」
「あー、それ、絶対違う。なんかこー、オーラがさ、優しくしてあげたーくなーるオーラなんだぜ」
「じゃあ、おまえからは虐待してくれオーラでも出ているんだろうな」
「うお、トロワ、いきなり出てきてひでーこと言うなあ……て、実はそうなわけ?」
「どうだろうな」
「ああああ、またそーやってどうでもいいって言い方する。んで、実際にどうでもいいや、とか思ってんだろ」
「さあ、どうだろうな」
「……遠く見ないで、お願い」


「でもね、みんなちゃんとデュオが大好きだよ」
「あー、そのものすごく絶妙にフォローっぽいフォローも、カトルに言われると嬉しく身に染みるなあ」
「デモね、みんなちゃんとデュオが大好きだよ」
「……トロワ、嘘くさっ」
「そうか」
「……そうだよ」
「デモネ、ミンナチャ……」
「五飛、言いたくないこと無理に言わなくていい」
「なんだ、そうなのか」
「気持ち悪いだろ」
「それもそうだ」
「いや……、そうはっきり言われると傷つくって言うかさ」
「デュオ」
「なんだよ、ヒイロ」
「おまえはなにか勘違いをしている」
「え、なにが?」
「小さいものに優しくするのは当たり前だ」
「ふーん。て、オレもっとちーちゃいとき、優しくされたっけ?」
「したした」
「あ、またトロワ嘘くさ!」
「なんだ貴様、俺タチノアノ優シイ行為ヲ覚エテナイノカ」
「五飛、なんかメモ読んでるし。あっ、それトロワの字だ!」
「残念だな」
「なにがだよ、ヒイロ」
「おまえがおまえの幼い頃を覚えていないのはおまえの勝手だが、おれたちは幼い頃のおまえを今のカトルと同じように慈しんでやってきた」
「ホント? マジメに?」
「おまえが覚えていないだけだ。そう、おまえが。おまえにカトル並の記憶力があったなら良かったな」
「……そっか、オレにもカトル並の記憶力が………って、ぜってー嘘臭い! だいたいヒイロにしては台詞長すぎ! 慈しむとかヒイロ言わないだろ。あああ! メモ見てるじゃんか。トロワの字だー!」



おわり



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