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『サマーキャンプのお手伝いをしてくれるボランティア大募集! 大勢の子供たちと一緒に、素敵な夏を過ごしませんか?』




   アカの他人の夏休み





 ぴろん、と渡されたチラシにプリベンターの制服姿の五飛は眉をひそめた。
「なんだ、これは」
「なんだ、じゃないでしょ。あなた、たかだが二週間の夏休みに、そんなに長期間なにをして過ごせというんだ、とか文句言ってたじゃない」
 上司らしく立派な椅子にかけるサリィは、卓上のカレンダーを示した。夏真っ盛りだろうと、社屋では完璧に空調がコントロールされている。涼しい場所で涼しい顔で、サリィは五飛をのぞき込んだ。
「今ではプリベンターもそんなに人手不足というわけでもないのよ。国から資金の出されている組織なんだし、福利厚生だって他では類を見ないほどしっかりしているの。とゆーか、しっかりさせておかないといけないの。なのにあなたとき来たらたった二週間しか夏休みの申請をしていないのよ。たった二週間よ。最低でも三週間は取ってもらわないといけないのに、いったいどーなってるんだ、って総務から文句を言われるのはわたしなのよ。あなたのことだからその二週間の間でも、暇があったら『暇だ仕事をくれ』とかいって会社に顔を出しかねないわ。そんなのは絶対ダメよ。いい? この二週間はなにがあってもこの社屋に足を踏み入れないこと、そのためにこの近所にいないこと。このサマーキャンプはちょうど二週間あるわ。申し込みは済ませてあるから、きっかりきっちりいってらっしゃい。たまにはにっこり笑って見せて、くれぐれも子供たちに嫌われて追い出されたりしないようにね。以上、明日から二週間、はい、頑張って。制服をクリーニングに出すことは忘れないでね」
 反論の隙なく一気にくしたてたサリィから渡されたチラシには、明日の集合場所に集合時間、必要な持ち物にボランティアとしての心得まで明記されていた。
「買い物が必要なら、さっそく今日の午後から休んでもらってかまわないわよ」
 なんならキャンプに疲れてもう一週間休みを延ばしてもらってもぜんぜんかまわないわよ、とサリィは付け加える。
 勤勉な東洋人には長すぎる休暇は苦痛でしかないが、まあいい、と五飛は吐息した。物は考えようだ。
「明日からの二週間も仕事だと思えばいいわけだな」
 勝手に納得すると、ちなみに午後からの休みなどいらん、と付け加えて自分の席に戻っていった。
「ちょっと待ちなさい、五飛! あなたそれは仕事じゃないわよ。休暇よ、エンジョイするのよ、わかってるの!?」
 叫ぶ上司の声など五飛には理解する気もない。……ぜんぜんわかっていない。やれやれ、とサリィは深ーい溜め息をついた。



 その頃トロワも、五飛と同じように、逆らうに逆らえない女性からそのチラシを押しつけられていた。
「サマーキャンプ?」
「そう、サマーキャンプよ」
 疑問のセリフをそのまま返されてしまって閉口する。欲しかったのは、これをどーしろというのか、その説明だった。今日もキャスリンはナイスバディで、人好きのする笑顔を絶やさない。
「夏の興業の真っ最中で、こんなものに参加している暇などないはずだが?」
「そう、暇はないわ。でも、子供たちは楽しみにしているの」
 サーカスの一行はかなりの大所帯だ。当然、中には子連れの芸人もいる。夏は稼ぎどきで忙しい。子供たちはそれを理解してはいるけれど、なにしろ夏だ。遊びたい。
 子供たちは移動が多いせいでその土地でできた友人とまたゆっくり会う、などということもできない。いつの頃からか、そんな友人たちと同じサマーキャンプを申し込む、という手法を覚えた。これで少なくとも二週間は、ゆっくり友人と過ごすことができる。
「でもここからキャンプ場まではずいぶん遠いの。あなたはボランティアで参加するついでに子供たちを送っていってね」
「……子供たちがついで、なのか?」
 ついでにボランティアしてこい、という理屈ならわからないでもないが。
「そうよ。子供たちがついで、よ」
 キャスリンは道徳上あまり堂々と言わないほうがいいようなことを堂々と口にしてみせる。トロワは小首を傾げた。
「別にそんな理屈をつけられなくても、子供たちを送っていくくらいかまわない」
「んもう、だから子供たちはつ・い・で、なんだったら。本当はね、あなたも二週間楽しんできなさいね、ってこと。こんな平和な夏はもしかしてあなたにとっては初めてでしょう? あなたくらいの歳の子はたいてい学生で、夏になれば長期のお休みがあって、キャンプやボランティアに精を出すものよ」
「いや、しかし仕事が」
「あのね、これは団長やみんなからのあなたへの休暇っていうプレゼントなの。ちゃんと楽しんでらっしゃい」
 いつのまに用意されたのか、チラシに書かれた持ち物一式すでに用意されて持たされてしまっては、キャンプの手伝いという二週間が休暇になるのかどうかはともかく、嫌とも言えない。ついでに、休みをもらって本来ならこちらこそ礼を言わなければならない立場なのだろうに、子供たちの親からいちいち、わざわざごめんなさいね、面倒かもしれないけど子共をよろしく頼むよ、とくれぐれも言いつかってしまっては、いまさら自分一人だけ行かない、などと言い出すわけにもいかなかった。



 ヒイロはそのチラシを、学校の掲示板で発見した。
 終戦後、きちんと編入試験を受けてきちんと合格して、きちんとバイトもしながらきちんと学費も納めているヒイロは、学校はもうとっくに夏休みに入っているというのにきちんと補習まで受けていた。成績が悪かったので受ける補習ではない。成績がいいものが特別に受けることのできる講義だった。
 講義も休みの半ばにさしかかると数が減ってくる。講師だって休みたい。
 ヒイロはプリベンターには仮登録の身だった。なにか大事があれば呼び出されることになっているが、そうそう事件もない。いつ呼び出されてもいいようにバイトは短期のものが多かった。今はバイトもない。そんな、ちょうどヒイロにとって暇なときに、そのチラシを見つけた。
 こういうタイミングでこういうものを見つけたということは、つまりそういうことなのだろう。
 ヒイロはチラシを剥がすと、教科書の間に突っ込んだ。



「さて、と」
 サインし終えた書類をまとめるとカトルは大きく伸びをした。
「じゃあ、二週間留守にしますが、あとのことはお願いします」
 時間になったので現れた秘書に笑顔付きで軽く頭を下げると、秘書長は快く、かしこまりました、と深々と頭を下げた。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
 かしこまって言われて、カトルは笑顔の種類を変えた。初めはこの会社の責任者としての笑顔だったけれど、今は少し、申し訳なさそうな、歳相応の笑顔になる。
「やだな、僕は遊びに行くんだよ」
 仕事に真面目な秘書長も、そうでしたね、と笑顔を柔らかくした。
「どうぞ、楽しんでいらしてください」
「うん、ありがとう」
 遊びに行く、とカトルは言うけれど、今回に限っては仕事と五分五分だということを秘書長は心得ていた。カトルでなければ、自分が行く必要などない、と言い捨てかもしれない。企業としては、企画し、出資した事業だ。企業のトップといえども、すでによそに委託した企画に口を出すことはあまりいい行為ではなかった。ではあとは任せた、と大きく構えていればいいのである。けれどカトルはわざわざ現場に行くと言う。
『違うよ、興味があるから参加したいと思っただけ。こんな経験したことないしね、僕個人が、休暇を使って遊び気分で行こうと思っただけなんだよ』
 本人はそんなことを言っていた。むろん、それを止める権利も奨励する権利も、秘書長にはなかった。社員としては、一同が、二週間後にまた元気な社長の姿が見ることができればそれで良かった。



 一度自宅へ戻るためにカトルが会社を後にした頃、デュオはちょうど家を出るところだった。
「……なんだかなあ」
 最終決定だと送られてきたファックスを眺めてひとり唸る。
「どうしたの?」
 通りかかったヒルデに文面をのぞき込まれて、どうよこれ、と意見を求めた。
「同窓会じゃないっつーの」
「デュオが連絡取ったんじゃないの? ボランティアの人数が足りなくて困ってるってこぼしてたじゃない」
「なーんでわざわざこんなアクの強い奴らにかわいい子供たちの面倒頼むんだよ、オレが」
「突発事故には素早く対処してくれそうで安心じゃない」
「こちとら責任者なんだぜ、事故があってたまるか」
「じゃあ、同窓会だと思ってあんたも楽しんできたら? 社長も、いち個人としてボランティアするって言ってるんでしょ?」
「だからオレ、責任者なんだってば」
 やだなあ、今急に行きたくなくなったなあ、と誰も聞いてくれないグチなんかをこぼしてみた。
「ほら、さっさと行ってきなさい!」
 ヒルデに蹴飛ばされての旅立ちで、この後の展開もいまいち不安な予感のするデュオだった。
 ………で。
 不安な予感と言うものはえてして外れないものなのである。
 チラシ記載の集合場所に戦時中の任務よろしく集合時間に遅れることなく集まったボランティア追加メンバーの面々は想像の通りで。
「………あれ?」
 偶然もあるもんだねえ、とカトルはきょとんとする。
「このメンバーだって、デュオ知ってた?」
「ついさっき、出かけに知りましたとも、社長」
 なんだか泣きたい気分でデュオはカトルの肩を叩いた。ちなみに、再会して感動して泣きたいわけではない。
 並んだ順は、デュオの横にカトル。カトルの横にヒイロ。ヒイロの横にリリーナ、ドロシー、五飛、トロワと続く。
「……なーんで、お嬢さんまで」
「少なくとも、街中よりは静かだと思って」
 次期大統領候補はにっこり笑った。出馬当初は候補者はリリーナ一人だった。このまま信任投票かと思われたところ、最近対抗馬が現れ、政界は一気に騒がしくなった。選挙まではまだまだ時間がある。その長丁場のうちの二週間くらいは、せめて静かにしてみたいようだった。
 この大事な次期に雲隠れするとは不信を買いかねない大胆な行為に思えたけれど、反対するものはこの場にはいなかった。リリーナにとってはこのくらいの突発的な行動はまだおとなしいものだ、と思ったからかもしれない。それにこれだけのメンバーがそろっている、なにかあったときにも余程安心だった。
 俺たちがいなくてなにかあったらどうしたつもりだ。などとさすがのヒイロもここで突っ込みは入れない。現に、ヒイロたちはここにいるのだから。
 ちなみにドロシーに関しては、
「リリーナ様を避暑にお誘いしたら、すでにこちらを申し込んでいたのよ」
 なのでドロシーも申し込んでみた。ということらしい。
「なんかこのキャンプ、無敵な気がするね」
 カトルはのほほーんと感想を口にする。その脇でデュオががっくりしながら呟いた。
「そりゃ、戦争が始まっても生き残れるさ」
 こうして、戦時中の主用人物のうちの若者が、奇しくもここに集結したのだった。



 キャンプといっても果てしなく山奥で世界から隔離されたように過ごすわけではない。公営の施設で、きれいなロッジもあるし、風呂もプールも食堂も部屋もきれいなものだ。それでも何日かはテントを張って生活したりする。小さな子供も多い、力仕事はほとんどボランティアの連中に一任されることになる。
「……甘い」
 手際よくテントを張りながら、この二週間についてそんな認識を下したのは五飛だった。
 テントを張っているのは、素晴らしく美しくよく手入れされた芝生の上だった。小石一つ落ちていない。これなら子供たちが怪我をすることはない。飯ごう炊飯をする場所もしかりで、きちんと屋根もあるし、わざわざ川原から石を拾ってきて窯を作る必要もない。
「まーまー、子供たちにとっちゃ、遊びの一つなんだし、怪我人でも出たら親からのクレームもうるさいし、こんなもんで仕方ないんじゃねーの?」
 テントの紐を引っ張るデュオを、五飛は一瞥する。
「貴様がカトルのところの下請け企業だそうだな」
「たまたまね、ちょこっとバイトしてたとこで子供キャンプの仕事受けたんだよ。そしたら企画発案がカトルんとこだったの」
「俺たちはボランティアで無償だが食事は出るが、子供の親からは金を取るわけか」
「……つったって、カトルんとこからの寄付と合わせてもとんとんだぜ。施設の使用料なんかもあるし。寄付はほとんどボランティア連中の経費だしな。だからって施設が暴利をむさぼってるわけじゃないし、もうかってるところなんてないんだぜ。でもいいんだよ、子供たちが安全に楽しめればさ。そのための寄付で、そのためのボランティアだろ」
「……甘い」
 五飛の同じセリフは、けれど先ほどものほど刺々しくはなかった。
「ところで普通、夏休みにはどれくらいの休みがあるんだ?」
 ふと疑問を口にしたのはトロワだった。学生だったことがないのできちんとした知識で認識していない。
「三カ月弱だ」
 現役の学生のヒイロが淡々と答える。
「三カ月だな」
 小さな頃は教会から学校に通っていたデュオも思い出しながら口にする。おのおのの答えに間違いはなかったので、五飛もカトルも肩をすくめただけだった。足元では子供たちが、おにーちゃんそんなことも知らないの? と哀れそうな目をする。
 三カ月、と答えを得たトロワは、けれどなにやら真剣に考え込んだ。
「なにか疑問でもありまして?」
 ドロシーに促されて開きかけた口を、不意に、トロワは閉じてしまった。言うべきことではないと判断したのだろう。が、勝手にそう判断したのはトロワだけで、その他一同は続きが気になる。トロワは渋々口を開いた。
「いや、三カ月も休みがあっても、今の子供たちは食べていけるのか、と思っただけだ」
 働かなければ食べていけなかった。延いては生きていけなかった。経験から実感のこもった重いセリフに、一同は言葉を失う。トロワお兄ちゃんの言っていること、訳がわかんない、と首を傾げる子供たちの中で、リリーナだけが、微笑んだ。
「子供たちが安心して生きていける、こんな時代を望んだのはあなたたちで、こんな時代を手に入れたのは、あなたたちです」
「おれたちはきっかけに過ぎない」
 誰もが、そんなヒイロの意見に賛成だった。リリーナだけが、反対をした。
「きっかけがすべてです。それがなければ、今も昔のままだった。私はいつも皆さんに、感謝しています」
 統一した世界を一つの国と呼ぶ時代になった。いずれはこの国の大統領になろうという彼女は、柔らかく笑った。



「ところで集団キャンプって、体験したことある奴いるのか?」
 オレは昔あるぜ、とデュオは胸を張った。
「シスターの料理のうまさは野外でも変わらなかったなあ。おまえらは?」
「せいぜい野宿だろう」
 五飛は地球に下りてからのことを思い出す。それ以前にはキャンプなどしたことない。そもそもおぼっちゃまなのだ。地球に下りるまでは、屋根のあるところ以外で眠ったことがない。学校でもそんな行事はなかった。
「そうだな、野宿程度だろう」
 トロワも五飛に同意する。
「僕はない、かなあ」
 テントの下で眠ったことはあるが、やはり地球に下りてからのことで、しかも天涯のようなテントを張ってくれたのはラシードたちだった。自分はその中で優雅にお茶を飲んでいた記憶しかない。自分でテントを張るのは今日が初めてだった。
 リリーナもドロシーもカトルに以下同文である。それゆえに、庶民くさかろうがなんだろうがこういった生活は物珍しくて楽しめる。
「おれは、一度だけある」
 ヒイロのセリフは意外だった。
「飯ごう炊飯とかしたの?」
 した、とこっくり頷いてカトルに答える。デュオが調子に乗ってきた。
「夜ろくに寝ないで女の子の前じゃできないよーな話したりしたんだろ。今でもそいつらと会うと思い出して語り合っちゃったりするんじゃないか?」
「いや、それはない」
 ヒイロはどこか遠くを見た。
「生き残ったのはおれひとりだからな」
 しーん。
「……おまえ、それどんなキャンプだよ」
「内戦の激しいコロニーに放り込まれた、名付けて……」
 生き残りを賭けたサバイバルキャンプ。と言おうとしたところを顔面から五飛に蹴飛ばされて言えなくなった。もちろん正面からヒイロだっておとなしく蹴飛ばされたりしない。ひょいと避ける。五飛だってなにも本気で蹴飛ばそうと思ったわけではない。まあ、反射神経が近頃の平和で鈍っていてまともにケリを食らったとしても、それはそれで知ったことではなかったが。
「子供の前でそれ以上言うな」
 しかも暗いわけでもなく辛いわけでもなく、過去あったことを淡々と口にするヒイロを五飛は非難する。子供たちはきょとんとして自分たちの話を聞いているのだ。聞かれている以上は、面白半分で伝えていい話しではないし、伝える気があるのならば、正面から向き合ってもっと真剣に話すべきだ。
「……了解した」
 ヒイロはテント張りを再開する。トロワがデュオの肩をぽんと叩いた。
「おまえはこれから危うい話題は振るな」
 デュオはいやーな顔で振り返った。危うい話題などこれっぽっちも振った覚えがない。本来ならわきあいあいと盛り上がる話題ではなかったか。まともなのはオレひとりじゃんかよ、と思いながらトロワの肩をポンポンと叩き返した。
「わーかったよ、特におまえとヒイロにゃ振らねーよ」



 キャンプファイヤー用の薪を抱えていたカトルは、その薪を置くとやにわに腕捲りをして目の前の木に登り始めた。
 よっこいしょ、と背伸びをして届いた手頃な枝を引き寄せると、鉄棒でもする要領でひょいとその枝に乗り、身軽にどんどん登っていく。
 呆然としたのは傍らにいたデュオだった。
「……カトル?」
 おまえなにやってんの? と尋ねようと思って見上げたら、その木の天辺に子供が一人、ぶら下がっていた。登ったはいいけれど下りられなくなってしまったのだろう。
 木を見上げているデュオを発見した、他のボランティアの面々が駆け寄ってくる。リリーナを中心にした女性陣だった。ちなみにドロシーは食料を配達に来た業者の対応をしていていない。
 木の上の子供を発見して女性陣たちは騒ぐが、デュオとリリーナは平然としたものだった。カトルなら自分でできないような無茶はしない。下手に手を出さないほうがかえって安全だ。
 案の定、カトルは迅速に子供を救出して下りてきた。デュオは恐かったと泣く子供をあやす。カトルは無傷で帰還、と思ったけれど腕を少し引っかけたらしい。小さな傷をリリーナに発見されて手当を受ける。
「大丈夫だよ、このくらい。でもこういうとき、ヒイロたちだったら傷ひとつ作らないんだろうなって思うよ」
「でもヒイロなら、きっともっと無茶をするわ」
「うん、その無茶加減は、おそらく僕には想像つかないくらいなんだろうね」
 クスクスと笑いあう二人を遠巻きに見ていた女性陣は、ただよってくるその朗らかな雰囲気になにやらを勝手に誤解した。
 カトルとリリーナはデキている!?



「うそぉ、だってリリーナっていうと、あのリリーナよねえ??」
「どのリリーナよ?」
「なに言ってんのよ、大統領候補のリリーナ・ドーリアンじゃない。あんたテレビ見てる? まじめに今まで気が付いてなかったわけぇ?」
「なんで大統領候補がこんなとこ来てんのよ!?」
「そんなことより、カトルよ。カトル・ラバーバ・ウィナー。なんでもこのキャンプの企画して寄付したっていう大きな会社の社長らしいじゃない」
「らしい、じゃなくて確かな情報よ」
「ちょっと、そんなことどこで調べてくるのよ」
「ねえ、その場合って玉の輿? それとも逆玉?」
「彼女のいない男の子いないの?」
「デュオ・マックスウェルはこのキャンプの責任者よ。今までもいくつも、こういう仕事きちんとこなしてるキレものだって。本人軽いバイトのつもりらしいけど、大企業からいくつも声かかってるってよ」
「現役プリベンターがいるって話じゃない」
「それは張五飛!」
「うそ、プリベンターって、今じゃ入社……入隊っていうの? 知力も体力も兼ね揃えてないとダメだって、試験、ハイレベルなのよ。エリートじゃない」
「エリートと言えば、ヒイロ・ユイは○○ハイスクールの特待生だって聞いたわ。そこの特待生って、司法試験とか一発で受かっちゃうひと多いらしいわよ」
「ねえ、私、あのトロワ・バートンって、どっかでみたことあるの」
「わたしもそれ、ずっと思ってた! もしかしてサーカスじゃない?」
「サーカス?」
「ほら、すごく身の軽いピエロくん」
「ほんと?? 公演の後いつも女の子に囲まれてて近付けないのくやしーって、追っかけしてるあたしの友達がいつも言ってるあのピエロ!?」
 夜も更けた一室で、果たして狭い部屋の中にいったい何人の女の子たちが集まって話をしているのか。……それは誰にもわからない。ちなみに、もとはなんの話をしていたのか、彼女達も訳が分からなくなっていることだろう。



「うー」
 と背後で喚かれて、五飛は渋々振り返った。キャンプは何日か過ぎていた。その何日かのうちのいつの頃からか、その少女はいつでも五飛の後をてくてく着いて歩いてくる。
「……もしかしてそれは俺の名前か。それとも呻いているだけなのか」
 うー、ではどっちなのか五飛にはわからない。
「なまえ」
「………」
 少女には「五飛」と言う発音が難しいらしい。
「うー?」
「なんだ」
 また呼ばれたので返事をした。すると少女はにっこり笑って、満足したのかどこに走っていってしまった。なんなんだ? 五飛にはまったくさっぱり訳がわからないが、通りかかったリリーナにはすぐにわかった。
「何日か前に、あの子がいじめられているのを助けたでしょう? あなたはあの子のヒーローね」
「……なんだそれは」
 五飛のとってはいじめられているところを助けるのは当たり前のことで、賞賛されることだとは思っていなかった。しかも少女一人に少年がよってたかっていたのだ。少女のかわいさゆえに少年たちがちょっかいを出していた、などいうことは露ともわかっていない五飛に手加減はなかった。
「あの子ね、あなたの傍にいると笑っているのよ。きっと安心できるからなのね」
 少女にだって、いじめられていた理由など分からない。
「なるほどな」
 努力をせず弱いものが強いものの背に隠れて傘に着るのは許せないが、どうしても弱いものが強いものを頼るのはしかたのないことだった。五飛だって、小さな少女に向かってまで、弱いものに正義はない、などと言うつもりはない。と、ここまでのことを考えて「なるほどな」ということになったのだけれど。
 違う。それは基本的には間違っていないけれど、でも女心から言わせてもらえば違うのよ五飛。と、リリーナはそんなことを考えた。考えてみたものの、どうやって伝えたらいいのかわからない。もし伝わったとしたら、五飛はどんな反応をするだろうか?
 あの子はあなたが好きなのよ。
 ヒイロのように表情ひとつ変えないのかもしれない。意外に、顔を赤くしたりするかもしれない。そんなことを考えて、リリーナはおかしくなって笑い出した。
「なにがおかしい」
「いいえ、ごめんなさい」
 謝りつつもまだ笑う。
『信じられないくらい平和だなあ』
 そんな二人を見ていたデュオが、そう呟いたとか呟いていないとか……。



 その夜のキャンプファイヤーの出しものはトロワ班の担当だった。芸達者な班長に恵まれて、班員たちは班長直伝のマジックを披露する。シルクハットから飛び出した鳩が一羽、ドロシーの肩に止まった。
「失礼、お嬢さん」
 鳩が誰かの肩に止まるのも筋書きの一つだ。トロワ班長に仕込まれたセリフを芝居じみて言いながら、マジシャン姿の少年がドロシーに深々と頭を下げた。
 これまた仕込まれた鳩は、マジシャン少年が捕まえようとする手からするりと逃げ出す。鳩はドロシーの肩を右に左にと逃げていたけれど、やがてマジシャン少年が呪文を唱えると鳩は金縛りにあったように動かなくなり、あっけなく捕まってしまった。
 マジシャン少年は鳩をふん捕まえると、再びドロシーにお辞儀をした。
「大変失礼いたしました。鳩も魅せられた美しい人」
 ドロシーの手の甲にキスをして戻っていく。なかなかしっかり仕込まれているものだ。
「隣にかけてもいいですか、美しい人」
 マジシャン少年を見送るドロシーの背中に声がかかる。見向けばクスクスと笑うカトルが立っていた。
「みんな芸達者だね」
「本当ね。おせじでも気分がいいわ」
「そう?」
 よかったね、と隣にかけたカトルが笑う。
「初め、君がこういう行事に参加することに驚いたけど、とても楽しそうでよかった」
 ストレートのジーパンにTシャツ姿のドロシーなど、めったに見られるものではない。
「あなたも、木登りを披露したそうね。珍しいあなたの勇姿話も聞くことができて、楽しいわ」
「それは、僕が木登りすることが珍しいってこと? それとも僕の勇姿が珍しいってこと?」
「さあ、どちらかしら」
「ほーんと、どっちだろうね」
「あなたの木登りが、よ」
「そう?」
「ええ、そうよ」
 本当よ、と笑うドロシーの横顔が、キャンプファイヤーの灯にきれいに浮かぶ。カトルはドロシーを見ていた視線を、キャンプファイヤーに向けた。
「本当、と言えばね、ドロシー」
「なにかしら?」
「おせじでなくても、君はきれいだよ」
「あら、ありがとう」
「どういたしまして」
 二人して、キャンプファイヤーの炎を眺めた。



「ずっと、ここにいるつもり?」
 キャンプファイヤーを遠くに眺める場所で、小首を傾げたリリーナにヒイロは初め、あまり好意的ではない表情を向けた。
「暗い場所を、一人で歩くな」
「あなたが、暗い場所にいるせいよ」
 そう言われて、どう返事をしろと言うのか。
「あなたはキャンプファイヤーのある日はいつも、こんなふうに遠くから炎を眺めているわね」
 リリーナに、相変わらずヒイロは返事をしない。みんなから離れていたほうが辺りの状況を把握しやすい、とか、実は炎が恐いとか、なんでもいい、なんでも話してくれればいいと、思うのだけれど。
「そう言えば、ねえ、ヒイロ、あなたハイスクールの特待生なんですってね。将来有望なんだそうよ」
「……なんだそれは」
「このキャンプに参加してから、女の子たちとね、いつもそんな話をしているの」
「楽しそうだな」
「ええ」
 頷いたリリーナは、遠くでキャンプファイヤーの炎が風に揺らぐのを眺めながら、
「楽しいわ。こんなふうに安心して楽しめることが、とても楽しいの」
 そうか、と言いたげな顔でヒイロは頷くだけだった。やれやれ、とリリーナはいつだったか五飛について歩いていた少女を思い出す。
「ヒイロ」
 ヒイロの胸倉を掴んで、そんなことをされて驚いた顔をするヒイロをのぞき込んだ。
「今あなたが思ったことは、勘違いよ」
「勘違い?」
「ええ、そう。私が安心しているのはここに危険がないからではないわ。あなたが強いからではないわ。……あなたが、私の傍にいるからよ」
 その意味を理解したのか、ヒイロは面食らった顔をする。その顔が赤く見えたのは炎のせいだったのかどうなのか、ヒイロ以外には誰にもわからない。



 キャンプファイヤーの灯のもと、またもボランティア女性陣は集っていた。
「ちょっと、誰よ、ヒイロがお買い得だっていったのは。なんだかリリーナとラブラブじゃない」
「え、ヒイロくん団体行動苦手そうだもん、リリーナが乱さないように注意してただけじゃないの?」
「ラブラブって言ったら、ドロシーとカトルじゃないの?」
「あの二人は家柄が近いからもともとよく顔を合わせてるのよ。そうれがそう見えるだけよ」
「家柄ってなに? あたしたちとなんか違うの?」
「ああ、わたしデュオが『戸締まり気をつけるんだぞ』ってなんか優しげに電話してるとこ見たわ」
「電話ならトロワだって、『こっちのことは心配ない』とか、なんだか普段じゃ決して見られない優しい顔で誰かに報告してるの聞いちゃった」
「五飛は!?」
「いっつも小さな女の子がついて歩いてるじゃない」
「違うわよ、美人の上司から定期連絡入ってるの知らないの!?」
 会話はいつまでも続く。
 まだ何日か残っているキャンプの間、彼女たちの話題がどんなふうに変わっていくかは、誰にもわからない。

 ……そう、誰にもわからない。


おわれ













あとがき
 ちょうど、エンドレスワルツの後、くらいの話でしょうか。
  夏休みの設定などは、聞きかじりのアメリカ生活なので定かではありません。しかもAC時代の話なんで(笑)どこかの学生はこんな生活をしているのね、と適当に思っていただければ……。



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