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一寸先は……いろいろ





    1


 イマドキ、一寸、て何センチですか?
 って感じで。
 とりあえず、その何センチ、か先ではなにが起こるかわからない、わけで。
 こんな夜間学校に、
「隣、空いてますか?」
 と、極秘に、あの、リリーナ・ドーリアンが編入してきたり。
 よりによって、大注目の中、わたしの隣の席にやってきたり。
 いやもう、世の中、なにが起こるのか想像もつかない。
 ……リリーナ・ドーリアンて、アレだよねえ、ついこの間、戦争中、クイーンリリーナ、とかって、テレビ出てたし。戦争、終わって、今は今で外交官で、どこの地区やコロニー行っても大注目で、次の大統領選に出るとか出ないとか。……出るんだっけ? 出ないんだっけ?
 まあ、そんなことはともかく、とにかくクラスメイトで、隣の席で。
 いや、もう、ほんとーに、隣の席、なんだよ。
 ほんとーに、なんだけど……
「ほんとのほんとーに、リリーナ・ドーリアン……さん?」
「ええ、よろしく」
 にっこり言われて、わたし、かたまる。カチカチ。
「え、うあ、はい、よろしく。なんだけど、あの……」
 だから、なんでリリーナ・ドーリアンがこんなところに!?
 と動揺して最後まで言えなかったの、リリーナは簡単に察したみたいで、
「お勉強をしに」
「……お、勉強……」
「あなたも、でしょう?」
「うん……」
「私も同じよ」
「……そう、なの?」
「ええ」
 楽しそうに笑うリリーナの笑顔は無邪気だった。お勉強ができるのが楽しいのか、わたしのしどろもどろっぷりが楽しかったのか、イマイチ計りかねたんだけど。
「あなたは?」
 計りかねてるところに、聞かれて。
「え?」
 リリーナはまだ、椅子にかけないまま、
「私はリリーナ・ドーリアン。あなたは?」
「ああ! はい、名前、はいはい」
 自己紹介だよ。そりゃそうだよ。わたし、ガタガタ立ち上がって名乗る。あ、わたしより背、低いな、とか。色、白いなとか。髪、綺麗だなとか。そんなこと、わたしが思ったみたいに、リリーナもなにか思ってたみたいだった。
 わたしの黒い髪、とか。黒い目、とか、見て。少しわたしを見上げる感じとか、が、なんか、こう……。いや、あの、そんなにじっと見つめられると……。
「あああああの、髪? ばさばさ? そんなに?」
 実は、寝癖、なかなか直んないの気にしてたから、つい、
「髪ね、硬くてヤになっちゃうんだよ。ハネたらハネたまんまで。いっそ思い切って切っちゃおうかな、とか……」
 せっかく伸ばしたんだけど。って、髪、指でくるくるやってたら、
「掛けて?」
 にっこり笑ったリリーナに、椅子に、座るように言われて。
 お母さんが娘にするみたいに、髪、編んでくれた。
 その、髪を、触る手、とか。
 うわ、ヤバい、って思ったら、泣いてた。高校生にもなって、お母さん、思い出したりして。
 もう思い出の中にしかいない人、思い出して泣くの、慰めるみたいに、リリーナはおさげにした三つ網にキス、してくれた。
 慰めるように。
 それから、謝罪する、みたいに。
 戦争の罪をひとりで背負っているような顔をして。
 うん、わたしの両親は戦争に殺された。
 ねえ、でも、わたしの両親は、あなたに、殺されたわけじゃない。
 でも、
 それでも謝罪せずにはいられないように。
 ……謝罪……。
 だって。
 そうして謝罪をしながら、別のなにかを考えているから。
 なにか……誰か?
 とても、愛しそうにして。
 黒い髪に、少し硬い髪に触れて、誰かを思い出してる。
 その、思い出すことにすら、謝罪、するように……。
 謝罪をしながら、それでも思い出さずにはいられないその人は、
「大切な、人?」
 聞いたのはわたし。
 思い出したその人は、きっと、とても、大切な人のはず。
「ええ」
 ためらいのない応えだった。
 その強い眼差しは、いつもテレビで見ているままだった。
 うわあ、本物のリリーナ・ドーリアンなんだなあって、実感した。実感したことに感動して、その大切な人は彼氏ですか? とか、聞くの忘れた。
 ……今度聞こう。とか、思った。


 家に帰って冷静になってみると、やっぱりあのクラスメイトのことは夢だったのかも、とか思ったんだけど、翌日もちゃんといて、ちゃんと、隣の席にいて、
「おお、夢じゃなかった」
 そう言ったら、笑われた。
 もちろん、仕事の関係、とかで週の何日も出てこないようなときもある。でも、ちゃんとクラスメイト、だった。
 例えばほら、数学の答え、出せないでうんうん唸ってたら、優しく教えてくれたり。でもゼッタイ答えだけ教えてくれなくて、ちゃんと公式から教えてくれるあたりが、いかにもって感じだったり。
「いかにもって?」
 とか、真面目に聞き返してくるところも……なんていうか……。
「え、だから、らしい、っていうか、やっぱりイメージ通り、っていうか」
「イメージ? 私の?」
「うん、なんかね、こう、背筋、いつでも真っ直ぐな感じ」
 わたしも思わず、背筋、伸ばして。
「笑顔がね、あ、眼差しも、テレビで見てたのと同じだから、はじめびっくりした。だって、テレビって作るでしょ?」
「作る?」
「アイドルとか、素顔はものすごくわがままとか、イメージ、違う場合が多いじゃん」
 学校の食堂で、なんか似合わないAランチとか、一緒に食べながら。
 あ、そうそう、ランチ、ね。
 実際、時間的にはものすごく「夕食」なんだけど、夜間学校だし、なんだか「ランチ」って言う。
「私は、アイドルじゃないわ」
「うん、でもアイドル」
 わたし、箸、握り締めて力説する。
 リリーナはどうにも自分の立場ってものをわかっていない顔できょとんとするから、
「あのね、わたしが知ってる政治家って、リリーナ・ドーリアンくらいなんだけど」
 つまり、それくらい、今のあなたは注目度高いんです、って暗黙に伝えたら、
「え、大統領の名前くらいは知っているでしょう?」
 って、真面目に聞き返された。
 いや、あの、そーゆう意味じゃなくて。
「リリーナさ、全日制の高校じゃ目だってしょうがないから、こんな夜間学校にこっそり通ってるんだよね? そーゆうとこからもう、けっこう、自分の立場、気にしなよ」
「しているわ」
 静かに、笑う。
 ぎゃあ、うわあ、その笑顔は心からおかしくて笑った笑顔じゃないですね?
「……あの、ごめんなさい」
 思わず謝ると、リリーナの笑顔が変わった。
 慌てふためくわたし、楽しそうで。
 学校にいるのが、楽しそうで。
「楽しそうだねえ」
「ええ、とても」
 囁くように言って、ふいと、もう真っ暗でしかない窓の外を眺める。
 暗闇の、もっと、ずっと向こう。
「ねえ」
 窓の外を見たままのリリーナに、名前を、呼ばれて。なに? と返事をすると、聞かれた。
「あの人も、こんなふうに楽しいのかしら?」
「……あの、人?」
 どの人?
 とか、思ったんだけど。
 あー、例えば、髪の、黒い人、ですか?
 大切な人、ですか?
 とか、そういえば今度聞こう、とか思って聞いてなかったこと思い出しながら。
 あの人、っていうと、あの人、で。
 楽しいって言うのは、やっぱり「あの人」も学園生活中なんデスカ? とか。
 やっぱり「あの人」って、彼氏のことですか? とか。
 ええええ!? 彼氏!? うそ!? マジでぇ!? とか。
 つーか、どんな人なの、教えてよ、わたしの彼氏も紹介しちゃうよ、今度ディズニーランドでダブルデートでもどう? とか。
 色々……いろいろ思ったんだけど。
 遠距離恋愛? 淋しいの?
 って、顔されちゃって、わたし、浮かれ気分どっかいっちゃって。
 だって、どうしていつも、その大切な人を思い出すとき、そんな顔、するの?
「リリーナがね、楽しいよって伝えてあげれば、その人もね、楽しくなると思うよ? リリーナも、その人が楽しいと、楽しいでしょ?」
「そうね」
 窓から目をそらしたリリーナは、わたしのありきたりの言葉に、おざなりじゃなくて頷いてくれたから。感動した。
 うん、その人も、楽しいといいね。
 その人も、リリーナが楽しんでるの、リリーナみたいに心から望んでてくれるといいね、そうしたら、幸せだね。



    2


「うわあ、店長! わたし遅刻!? ギリギリセーフ!?」
 どっちですかぁ!? って飛び込んだ真夜中のコンビニで、
「セーフ、だな」
 背ばっかり高いぬぼーっとした店長、時間、あと一分で遅刻! ってとこでがしょーん、ってタイムカード、押してくれた。
「いやー、店長好きー」
「……嫌なのか、好きなのかどっちだ……」
「好き好き」
 わたし、レジの奥の事務所の奥の更衣室に飛び込みながら、
「おまえ、最近いっつもぎりぎりだなあ」
 店長、べつにどうでもいいけど、って感じで言う。
「あー、うん、勉強、友達が教えてくれるの。これが授業よりわかりやすくてね、つい放課後も長々と」
「奇特な友達ができたな」
「ねー、大好きなのー」
 アルバイトのエプロン結んで更衣室から出ると、店長、なんかがっくりしてた。
「オレは『好き』で、その友達は『大好き』……」
「はいはい、店長が一番でーす」
 ディズニーランド、わたしと店長とリリーナと、リリーナの彼氏サンと、って思わず想像した。……リリーナの彼氏次第で、なんかずいぶんバランス悪くなりそうだな、店長、背、高すぎ。とか思ってたらレジにお客さん来て、想像中断。はい、お仕事お仕事。
「おまえ、昼のバイト、変えるとか変えないとか言ってたの、どーした?」
 お客さん、途絶えた隙に、
「あ、変えた。バイト料、いいし」
 コンビニのバイト、このまま明け方までで。お昼くらいまで寝て、運送会社の事務に入って、そんで学校。日々、繰り返し。
「体、壊すなよ」
「バイトしなきゃ、それこそ壊れちゃうって。食べるもんも買えなくて」
「国の補助金は?」
 戦災孤児には補助金、けっこう出るんだけど。
「……あー、えーと」
 ごにょごにょするわたしに、店長呆れて、
「本か!? 本だな!?」
 小説とか、小説とか、小説とか。
「図書館へ行け、図書館に」
「だって、図書館行く時間がないんだもん」
「おーまーえー」
 あたま、ゲンコツでぐりぐりやられる。……って、端から見たらバカップルだよ。神聖な職場で……。
「あ、お客さん、いらっしゃいませー」
 店長の手、ぺっと払って、仕事再開。
 でも、やる気は満々なんだけど、二十四時間営業の深夜のコンビニ、商品の入替済んでも肝心のお客さん切れちゃって、そうだ、宿題やろう、って数学のノートこっそり広げた。
 広げたノートの、赤い文字は、リリーナの字。丸とバツと、二重線とか、要チェックの公式とか。
 店長、事務所でテレビ見てる。わたしもレジからなんとなく覗く。
 今週のニュース、とかに、もう当たり前みたいにリリーナ、出てる。
 月の居住区訪問は今週の初めだった。三日、学校、休んでた。
 例えば三日休んでも、一週間休んでも、リリーナは勉強にはきちんと着いてくる。授業なんか出なくても、教科書の内容なんて全部頭に入ってるに違いない。でも、疲れてても、そんな素振り見せないで、学校に来る。生放送で会議中のリリーナを見た翌日に、学校で見たりすると、すごく不思議な気分になる。
 なんでそこまでして学校、来る必要あるの?
 なんのために来てるの?
 なにか目的、あるの?
 ……いや、まあ、わたしだって、目的とか、たいそうなもん、あるわけじゃないけど。
 コン。
 ってレジ台叩かれて、お客さんが来てたのに慌てて、いらっしゃいませ、って立ち上がった。
 あ、このお客さん。わたしと年、同じくらいかなあ。そんなこと思いながら、ふと、リリーナのこと思い出したの、なんでだろ。
 こお客さん男の人で、髪、黒くて、少し、硬そうで。それくらいのことで、わたし、リリーナ、思い出す。リリーナの大切な人って、こんな感じの人かなあ?
 お客さん、レジ打つの待ってる間、何気にわたしの数学のノートに目を止めた。
 課題の、わかんないから飛ばしておいた問題、指差して、ポロって、言ったの。
「え?」
 聞き返すともう一度、言ってくれた。問題の、答えを。
 途中の式とかすっ飛ばして答えだけ、言ったから。
「うわあ、頭、いいんですね」
 わたし、慌てて答え、メモった。それでついでに、え、この答えが出るのってどの公式よ? って考え始める。
 赤字の公式、順番に確認してく。
 お客さんは、そんなわたし、黙って見てた。
 てゆーか。
 ノート、見てた。……ノート、って言うか、文字。
 赤い、字。
 リリーナの書いてくれた……。
 そうして、お客さんは、事務所の奥の、テレビのニュース、見る。
 リリーナの……。
 ファン、かな?
「あ、わたしも好きです、リリーナ・ドーリアン」
 実はクラスメイトなんですよー、って言いたいの我慢して、好きってとこだけ強調する。
 お客さんは黒い瞳をほんの少し、細めた……みたいだった。あれ、それは笑ったの? なんか、わかりにくいな、この人。表情ないよ……。
 でも、表情なくても、ちっとも会話のキャッチボールできなくても、不快じゃなかった。なんでだろ? 同じ波長? リリーナ大好き波長、一緒ですか?
 うん、多分わたし、かなりリリーナ大好き顔、してたっぽい。
 お客さんは声に出すの我慢するみたいに笑った。それからシャーペン取り上げられて、ノートに答え、書いてくれた。答え、っていうか、正解の公式、さらさらっと。
 上から三番目にあったリリーナの赤い字と、同じ、公式。
 答えと、公式まで教えてくれたの、表情がむー、ってしてるのは相変わらずだったけど、なんとなく、今回だけ特別サービス、って、心の中でくらいは思ったのかもしれないみたいだった。
「どうもです」
 ぺこりと頭、下げると、でも、そんなことはどうでもいいみたいに、
「終業時刻は?」
 と、聞かれた。
 けっこう、低い声。抑揚のない、声。
「え、あと、ちょうど一時間くらい、ですけど」
 なんでお客さんにこんなこと聞かれるんだ? え、ナンパ? わたし? いやー、一目ボレっすかあ?
 ……って、突っ込むにはかなり勇気のいる表情のお客さんだったので、
「あの、なにか?」
 お客さんは自分の腕時計で時間、確認して。
「その時間、ひとりで帰るな」
 命令形だよ。
「あの……」
「誰か、送ってくれる人間はいないのか」
 わたし、ちらっと店長、見て。
「大丈夫、です。送ってもらいますから」
 とりあえず、適当に言った。
 そう言えばこの人、黙って帰ると思ったから。
 ……なんだろ、実は怪しい人なのかも。
 さっさとレジ済ませて、追い出すみたいに、ありがとうございました、って言う。お客さん、すんなり出てってくれてなんだか一安心。……したんだけど。
「……ぎゃあ」
 出てったお客さん、駐車所に止めてた車からジャケット、出して着た……のが、なんと、そのジャケットが!
「店長! 店長! お願い、わたしバイト終わったら送ってって、家まで」
 ジャケット、プリベンターだった。
 プリベンターの人が「ひとりで帰るな」ってことは、けっこう、危ない状況? この辺で? なんかあったの!? やだよ、そんなとこひとりで帰れないよ。
 つーか、最初からジャケット着てきてよ……。



    3


 翌日登校すると、ちょうど、リリーナ送迎車が門をくぐったところだった。目立たないように普通の車。いや、こんな一般公立高校に車で送迎ってところがすでに目立ってる気もするんだけど、本人が歩いて登校してくるよりはかなりマシ。
「おーい、おはよー」
 聞いてよー、わたし、昨日プリベンターの人に会っちゃったよー。
 って、挨拶、別に芸能界じゃないんだけど、学校に来て「こんばんは」もおかしいから「おはよう」
 車、追いかけて門、ダッシュで走りぬけたところで。
「ぐえ」
 なんか、ラリアート、決まった。わたしに。
 だけど、その瞬間は果たしてわたしになにが起こったのかまるで理解できなくて、ばったり、門のところ倒れて、ゲホって咳き込みながら夕方の空見上げてて。
「貴様ぁ! 紛らわしいマネをするなぁ!」
 って、怒鳴った声は、え、もしかしてわたしに、怒鳴ってんの?
 とか人事みたいに考えてたら、
「大丈夫ですか?」
 夕方の空から、人が、わたしを覗き込んできた。優しそうな顔。……どっかで見た、顔。
 優しそうな顔の人、わたし、起こしてくれながら、
「もう、駄目じゃないか五飛、女性にこんなことして」
「うるさい、だから紛らわしいマネをするなと言っている」
「って、学生さんが学校に来るのは当たり前だろう?」
「あんなに勢いよく登校してくる女が普通なのか!?」
「どう登校しても勝手だと思うよ……」
 ゲホって、咳。わたし、やっとこ起き上がって門の前にぺったり座って。
「大丈夫?」
 かけられた声。あ、リリーナだ。
 リリーナが、わたしの前、わたしと同じにぺったり座り込んだ。
「あー、うん、平気」
 いや、けっこう大丈夫じゃなかったんだけど。大丈夫? って聞かれたら、うん平気、って応えるの、もう反射だった。
「平気、平気。……でも死ぬかと思った」
 わたしの視界に人が三人。リリーナと、優しい顔の人と、ラリアートの人。
 ラリアートの人、腕組んで偉そうにしながら、
「手加減はしている、それくらいで死なん」
「ええ! 手加減されてなかったら死ぬの!?」
 優しい顔の人とリリーナ、神妙に顔、見合わせる。その、神妙度具合がなんとも……死んじゃうかもね……て、感じで……。
 なんか、わけわかんないけど、昨日からいきなり身の回りがデンジャラスゾーンなんですけど……。
 って、あ、そうだ。
 この人たち誰さ、ってことよりも、
「聞いてよリリーナ、わたし、昨日さあプリ……」
 ペンダーの人に合っちゃったんだよ、すごいでしょ。
 昨日のあのドラマ見た? 見たいなノリで口開いて、そんで、そこで、やっと気が付いたんだけど。
 とゆーか、なんで今まで気が付かなかったんだよ、って、誰か突っ込みいれてよ! って、感じで。
「……あれ?」
 優しい顔の人と、ラリアートの人、なんだけど。
 ……………………。
 ふたりとも、着てた。
 ……プリベンターのジャケット……。
「ぎゃああ!?」
 驚いて、失礼にも人差し指差しちゃったよ。
 ラリアートの人は正直に「失礼な奴だ」って顔する。やさしい顔の人は苦笑い。
 わたしは……かなり、死んだ気分。
 プリベンターだよ、プリベンター。CIAとかFBIとか、噂には聞くけど一生関わり合いになることのないと思ってた、てか、本当に存在してんのぉ? とか思ってた……人たちに、なんで二日も続けて会ってんの、わたし。
 なんて考え、優しい顔の人に察してもらっちゃって、
「昨日からちょっと、あってね」
「ちょっと、って?」
「えーと」
 多分、親切に言葉を濁してくれてるんだと思うんだけど。事の真相、正直に話したら、一般人のわたしにはかなりショックだろうから、とか、思ってくれてるんだろうけど。
「えーと、じゃなくて! ちょっとってなに、ちょっとって。ちょっとのことでなーんで、プリベンター!?」
 喚くだけ喚いてすっきりして、
「あ」
 目の前のリリーナ、確認して。
「ああ、そっか」
 すとん、って、そっかリリーナが、いるからだよね、って納得、した。色々な意味で。
 リリーナがここにいるからここで騒ぎが起こっているのか。騒ぎの元にたまたまリリーナがいたから今、こうして大変なことになっているのか。
 どっちか、なんだ。
 でも、じゃあどっち? って、聞けなくて。
 聞くと、騒ぎが大きくなってるのってリリーナのせいじゃん、って、ちょっとでも思っちゃうかも知れなくて。だから、聞けなくて。
 でも、聞けないでいる理由、わかってるみたいに、
「ごめんなさい」
 リリーナに謝られて。
 しょぼんとするリリーナに、わたしもなんだかしょぼんとしたら、
「陰気になるな、そんなところに座ったままでいるな!」
 と、怒鳴られた。……ラリアートの人に。
 え、もしかして励ましてくれてんの? とか、聞いたらまた照れ隠しとかにラリアートお見舞いされそうだったからやめた。
 ラリアートの人……東洋系、の人。昨日会った人も東洋系だったけど、この人はもっとなんていうか、チャイニーズ系。……この人が昨日コンビニに来ても、わたし、リリーナのこと思い出したかなあ。
 って思いながら、きょろきょろする。なんとなく、昨日のプリベンターの人を探す。
 あの人がリリーナの大切な人、って、直感、ていうか、勘、ていうか、適当っていうかなんていうか。
 プリベンターの人と外務次官のカップルかあ。やっぱ護衛、とかで顔見知りになってらぶらぶに? なんて、勝手に想像する。いや、あのプリベンターの人がリリーナの彼氏って、わたしが勝手に思ってみただけなんだけど。もしそうだったら、どんなもんかなあ、って思って。
 ……てゆーか、いやまてよ。
 あのプリベンターの人がリリーナの横に並んだ姿が想像できない……。あの、表情、きっつい人が……。
 ぎゃあ、ディズニーランドも想像できないっ。
 ……違うかも。
 だって、プリベンターの人だし。
 リリーナは、その大切な人のこと、学生さん、みたいに言ってたし。
「あの、大丈夫? 立てますか?」
 優しい顔の人に覗き込まれた。リリーナの彼氏についてうんうん唸ってるの、ラリアートくらったショックと勘違いされて心配される。
「あ、はい、立てます。平気です」
 うん、もうけっこう平気。立ち上がって、ほっとする優しい顔の人と目が合って。
「……あ」
 再度、指差し確認してた。わたしが、優しい顔の、彼を。
「なにか?」
 きょとん、と、小首を傾げられて、わたしも真似して傾げながら。
「もしやカトル……ラバーバ・ウィナー……さん?」
「はい?」
 そうだけどそれがどうしたの? って感じでにっこりする。わたしもつられてにっこりする。……じゃなくて。
「あ、握手、いいですか?」
 って、考えるより先に口が言ってるしっ! えー、だって、あの、ウィナー家の御当主じゃん。テレビ、よく映ってるじゃん。実物だよ、やった、ラッキー。
 握手してくれた手、ぶんぶん振りながら、
「プリベンターって、兼業はありなんですか?」
 御当主とプリベンター、とか。
「学生さんとプリベンター、とか」
「え?」
 ウィナーさん、不意を突かれたみたいにリリーナを見た。これはもう、かなり、うっかり、な感じで。
「……あり、なんだ」
 そんでもって、誰か、が、学生さんでプリベンターなわけだ。
 誰か、って、例えば、うっかり見ちゃったリリーナの……とか。
 わたし、ウィナーさんの手、逃がしてなるものかと掴んだまま。
「じゃあその、学生さんとプリベンターさん兼業の人、髪、黒かったりします? 東洋系で、そんでもって頭いいんだけど、宿題教えてくれるくらいだから優しいんだろーけど、でも表情、かなりなくて怖そうな人だったりします!?」
 質問に、ウィナーさんが答えるよりも先に、がばって、リリーナが立ち上がってた。
 ……わたしの質問、かなりいいセンでしたか、そうですか、って感じで。
 どうも、どんぴしゃ、って感じで。
 それで思い浮かんだ人、ひとりしかいません、って、感じで。
 その、ひとり、が。
「ヒイロも、この任務に着いているの?」
 ウィナーさんに問いかけるリリーナに、わたしは、なぜかのんびりと、あーヒイロっていう人なんだ、とか思ってた。
 ウィナーさん、吐息しながら。
 わたしのこと見て、ふと落とした眼差しを、リリーナを見て、上げた。真っ直ぐに。黙っているように言われていたこと、言う、みたいに。
「彼が、あなたに関わりのある任務に着いていないとでも?」
「……思って、いたわ」
「まさか」
「でも……」
「あなたも外務次官の務めを果たしながら学校に通っているでしょう? ヒイロも同じことをしているだけです」
 リリーナは辺りをざっと見回した。
 でも、いない。
 見つけたい彼は、いない。
 うん、わたしもさっききょろきょろしたけど、いなかったよ。
 それでも、いないとわかっても、リリーナはまだ、見てる。
 なにを想っているのかなんて、人の心の中、勝手に想像したりはしない。勝手に想像して、違ってたら、悪いから。違ってるに、決まってるから。
 心は自分のものでしかなくて、だから。だから……。
 彼が……ヒイロが、リリーナの前に姿を現すことのない理由も、勝手には想像できない。
 わたしにはなにも言えない。
 ウィナーさんも、なにも言わない。
 ラリアートの人は、そんなことには興味もないみたいな顔して、辺りに目を配っていた。……わたしみたいなのがまたリリーナに突っ込もうとしたら、また、ラリアート、お見舞いするんだろうなあ、って、わたし、考えてた。



    4


 教室で、数学のノートを広げて見せた。
 そこにあった筆跡に、リリーナは間違いなく見覚えがあるみたいだった。
 でも、向こうは向こうで……ヒイロはヒイロで、リリーナの筆跡に気がついてたはずだった。おかげで、
「宿題教えてもらっちゃったし、店長に送ってもらえたし」
 あ、でも、せっかくだから。
「ケータイで写真、撮っとけばよかった」
 ぶつぶつ言ってると、リリーナは堪えきれないみたいにくすくす笑った。
 なんか、わたしがね、普通にそう言うのがおかしいみたいだった。ケータイで撮った写真、メールしたのに、とか、そういうの、まあ、今までのリリーナの生活にはなかったんだろうな、とは思うけど。……リリーナが携帯のメールのやりとりしてる、なんてもの、想像はつかないんだけど。
「……って、リリーナ、笑いすぎ」
「ごめんなさい、だって」
「だって、なにさ」
「楽しいことばかりだから」
 とか、わたし見てわーらーうーなー。
「どうせ、私立の学校に通えるようなお嬢様とは違いマス。庶民だしガサツですっ」
「あら」
 リリーナは笑うの我慢するのにノートの字、見ながら、
「あなたもお嬢様でしょう?」
「え、誰が?」
 間髪入れずに返すと、
「女の子はみんなお嬢様よ」
 ……だって。
「それはあの三つ網の人のウケウリですか?」
 わたし、授業開始のチャイムの鳴る、ちょっと前のことを思い出す。
 ラリアートの人と、ウィナーさんと、ヒイロを探すのを諦めたリリーナに、かけられた声、の主。
『校舎に異常はなし。生徒も教師もチェック終了。今回の事件はお嬢さんには関係がなかったモヨウ。なのでどうぞ安心してお勉強に励んでください』
 この人もまたプリベンターの……男の人、なんだけど、わたしより長い髪、背中で三つ網にしてた。うわ、長い髪だなあ、って見てたら目が合って、に、って、人懐こそうに笑った。
「お嬢さんも、どーぞ」
 お嬢さん、って。
「え、わたし?」
「そう、あなた」
「……おお」
「なにか?」
「そんなふうに呼ばれるの初めてだから感動してるところ」
 しかもプリベンターの人とフレンドリーに会話してるこの状況にも感動たり。
 なんてことを思い出した後、わたし、思い出して教室の後ろ、見た。
 背の高いプリベンターの人がひとり。リリーナと同じくらいの注目浴びながら見張り、してる。
 念のため、って残された人。
 チラって見たら、グリーンの目が、キレイだった。ヒイロ……ほどの無表情オーラはないけど、それでもなんとなく近寄り難い雰囲気の人。腕を組んで、この教室の中じゃかーなーりー目立ってる自覚ないみたいに、本人、壁の一部にでもなったみたいに静かに立ってる。
 リリーナ以外の教室の中の生徒には、すこぶる気になる存在なんだけど。リリーナは、別に、あんまり、気にしてないみたい。
 そういうところから、もう違うんだけど。こっちもやっぱり自覚、ないらしい。
「彼氏サンと同じ学校に行く、っていうのはダメなの?」
 リリーナは「彼氏」っていう言葉、なんだかしっくり来ないような顔しながら、実はね、って、
「彼の生活の拠点はコロニーなのよ」
 ここ、地球だから。
「うわ、ちょー遠恋っ」
 しかも彼氏サン、今、とか。コロニーと地球と比べたらものすごく近くにいるはずなのに姿、見せないし。
 かといって、リリーナもわがまま言わない感じだし。
 いったいぜんたいどーゆう関係なんだか、わたしにはかなりわからないんだけど。もー、ねえ、リリーナと彼氏サンの関係も、昨日からの「ちょっと」がどんな事件だったのか、も。まるで世界が違う感じ。
 うん、違うんだろうな。そりゃそーだよね。
 全然違う。
 でも。
「彼氏が学生だから、だからリリーナも学生さんやってるの?」
「同じものが、見たかったの」
「同じ……?」
「ええ。正常に戻った世の中で、本来あるべき姿で見ているはずのものを」
 正常……っていうのは、戦争が終わったってこと? 本来あるべき姿って、学生さん? あれ、じゃあ、戦争中はなにやってたの?
「彼氏サン、軍人さんとかだったの? 志願兵とか? けっこういたみたいだけど」
 わたしにはそんなアヤフヤな知識しかないけど。だからまさかまさかまさかガンダムのパイロットだったなんて思いもしなかったんだけど。そうして、この先も、そうだったと知ることはないんだけど。
 リリーナはわたしの質問に、少しの笑顔を返してくれただけだったから……。
「あ……ごめん」
 聞かれたくないことだったのかな、とか思って。
 謝ったんだけど、リリーナ、俯くから、
「ごーめーんーなーさーいー」
 ちょっと必死になって下から無理矢理覗き込んだら、笑ってた。いつもみたいに、楽しそうに。
 そうして、
「欲しかったわ」
 と、言う。
「え、なにを?」
「もし、あなたが彼の写真を撮っていてくれたなら、その、写真が欲しかったわ」
 ……あ、まだ、そこから笑いを引きずってたのか……。
「うん、じゃー、今度見たら絶対撮るから」
 そんな機会、どうにも一生ない気もしたけど、
「え、って、写真、持ってないの?」
「ええ」
「……まさか、彼氏サンも?」
「多分。だって、私……」
 リリーナ、なにか言いかけたんだけど、わたし、聞かずに、
「えー、ホントにぃ? じゃあ、送りつけちゃえ」
 って、ケータイのカメラでリリーナを激写。
 ……激写、した途端、背後になにやら人の気配。とか思った途端、そのケータイ、背後に来てた人に取り上げられた。
「ええ!?」
 がばって振り向いて、見上げる。グリーンの瞳がきれいな……プリベンターの人、だった。確かに教室の一番後ろにいたはずなのに、いつの間にか、わたしの後ろで、携帯、持ってて。
「リリーナ・ドーリアンの肖像権は法に守られている」
 とか。
「は? ショウゾウ……?」
 えーと、つまり?
「あ、勝手に写真、撮ったらダメだったの?」
 聞くとリリーナが小さく頷いた。ああ、そっか、未成年だし、そういえばリリーナの映像、ニュースでは見るけどワイドショーっぽいテレビじゃ見ないよな、とか。フォーカスな写真も雑誌で見たことないな、とか。
 あれって、そうか、法に守られてるんだ。
 え、だから彼氏サンもむやみにリリーナの写真、持てないの? とか思って。
「理解したなら、データを消去してもらおう」
 それなら返してやる、って感じで携帯、差し出されて、受け取ろうとして。
「もし、消すの、ヤだなあ、とか言ったら?」
「没収させてもらう」
「えー」
 それは、かなり、イヤなんだけど。それでも頭の中、計算してた。携帯を一台。買い直すと出費、痛いけど……。
 わたし、携帯、受け取ろうとした手、引っ込めた。
「没収でいいです」
 消しちゃうの、もったいない気がした。まあ、どうせ没収されたら消されちゃうんだろうけど、
「わたし、消すのヤだし」
 てゆーか、
「あの、没収で、消されちゃ前に、できたら……えーと。ヒイロ、だっけ?」
 リリーナに名前、確認して、
「あなたがヒイロのこと知ってたらで、いいんだけど、その、知ってたら、ちらっと、その写真、見せてください。リリーナ、元気だよって」
 まあ、元気な姿、テレビ見てればわかるんだけど。それは、テレビの中と違うから。
 プリベンターの人、わたしよりリリーナのこと見下ろして、でもそれだけで、あっさり、携帯、没収した。うわあ、容赦なしだなあ、って、思ったけど。
 後でこのこと店長に話したら「おまえはアホか」って言われたけど。とりあえず、新しい携帯を買うのに、バイト、頑張るしかないわけで。


 けど、ところで、あれ? 
 一寸て、何センチ、だっけ?
 何センチ先の未来、わからないんだっけ?
 いやまあ、一ミリ先の未来だって、わからないんだけどさあ。


 何日か経って届いた小包には、携帯電話が二台、入ってた。
 あれ、わたしのケータイ? って思ったけど、違った。もっと新品。でも、メモリとか、そのまんま。なんだこりゃ?
 あ、リリーナの写真だけ、ない。
 ないなあ、って思って、これどーすればいいの? って思ってたら、メモ、入ってた。
『ひとつはリリーナさんに』
 ひとつは、てことは、もうひとつはわたし? もらっていいの?
 ところで送り主誰さ。
 今さら思って、見てみたら。
「は? ウィナーさん?」
 ……なんなんだ?
 わけ、わかんなくてリリーナに相談したら、リリーナ、リリーナの携帯見て、笑ったから。そりゃもう嬉しそうに笑ったから。
「ええ、なに? なに見て笑ってんの!?」
「内緒」
「えー、ちくしょー」
 内緒、って、そのはにかんだ笑顔、かわいいー。かわいくてこれ以上突っ込めなーい。
 でも、かわいくて、わかった。
 写真、だ。
 リリーナの欲しかった、写真。
 ……あなたの大切な人も、元気そうですか?
 あの背の高いグリーンの瞳のプリベンターの人と、ウィナーさんと、リリーナの大切な人と……が、どういう関係なのか、やっぱりわたしには知ったことではないけれど。
「あ、なんか、ディズニーランドも夢じゃない気がしてきた」


 だって、いろいろ、だから。
 世の中、なにが起こるか、誰にもわからないから。



おわり













あとがき
 なんだかおかしな話、パート1、でした。他人から見た彼ら。



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